この時期になると、
昔、母が言っていた言葉を思い出す。
「お雛様を早く片付けなくっちゃ。お嫁に行くのが遅くなっちゃう。」
実家にあった雛人形は、
亡き祖父が初孫のためにと買ってくれた七段飾りの立派もの。
何でも京都の良いものらしい。
次女の私は祖父が亡くなってから生まれたので、祖父のことは知らない。
祖父が生きていたら、実家のお雛様が2つになっていたかは、今は知る由もない。
その実家が3年ほど前、引越しするにあたり、
家にある荷物の整理をすることになり、私たちきょうだいも、帰省した。
そのとき、それは起こった。
睡魔に襲われそうになっていたとき、ヒタヒタヒタと歩く足音。
私の枕元で、その音は止まった。
二本足で歩いているのだが、
その音から想像される足幅があまりにも狭く、人間とは思えない。
「ここを離れるから、何か伝えることがあるんだなあ」と思いつつ、眠気に勝てず、
「ごめん、明日の夜に聞くから、今日は寝させて。」と手を合わせた。
次の日の夜、寝る前に姉を呼び、
昨夜のことを話し、聞いてみようということになった。
声が頭の中に響く。
「私たちは、あなたたちが去っていくにあたり、何のわだかまりもない。
色んな状況の変化により、変わっていくのを受け止めている。
でも1つお願いがある。左腕がおかしいので、見てほしい…。」
お雛様からの言葉であった。
姉と私は独立して家を出たが、お雛様を持って行けず、
そのまま押入れに入れっぱなしになっていたのだ。
子供の頃は、綺麗に飾ってもらい、お祝いする年もあったが、
私たちも成長し、ひな祭りを祝うことも、少なくなっていった。
我が家に来てから、何十年もの大半を、
暗い押入れに閉じ込められていたお雛様たち。
姉も私も家の狭さから飾ることができず、そのまま実家に置いていたが、
今回、実家の引越しにあたり、会館に寄付することになっていた。
姉にお雛様の言葉伝え、2人でお雛様たちに、
「今までありがとう、そして今度は毎年飾ってもらってね」と祈った。
次の朝、私たちは東京に戻ることになっていた。
母にそのことを話し、寄付する前に、時間があったら中を見て欲しいと告げた。
東京に戻り、実家に電話をしたら、母が電話口で慌てていた。
私たちが帰ってすぐに、雛人形の箱を開けたらしい。
お雛様の左腕が、少し裂けてしまっていたのだ。
左腕は、兄が綺麗に修理してくれた。
母は、お雛様やお内裏様など全員を箱から出し、
風を通し、綺麗な人形の顔をずっと眺めていたそうだ。
今年も寄付をしたその会館で、誇らしげに飾られているお雛様たち。
たくさんの人たちに見つめられ、とても満足してくれていることだろう。
時を前後して、兄が、姉と私に、夫婦雛をプレゼントしてくれていた。
それぞれの雰囲気にピッタリ合ったお雛様とお内裏様。
私は毎年、兄からの貰った雛人形を、飾っている。
そして母の口癖であった言葉、いつしか私も口癖になっている。
「お雛様を早く片付けなくっちゃ。お嫁に行くのが遅くなっちゃう。」
私の後ろで、
「またお嫁に行く気?」と主人が目を丸くしていた。



