心の整理は、お部屋の整理から
心の整理をするときは、
まずは、お部屋の片づけをしてみよう。
散らかったお部屋の中で、
自分の将来のことなど、考えられないよ。
少しずつ片付けて、
要らないものは、リサイクルかゴミ箱へ。
お部屋に溜まっていた自分にとって要らないもの。
キレイに片付けられると、心もスッキリしていく。
スッキリとキレイになったお部屋で、
ゆっくりお茶を飲みながら、時を過ごしてみよう。
精神的に落ち着きを取り戻したあなたは、
以前より将来に向かって歩き出しているよ。
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心の整理をするときは、
まずは、お部屋の片づけをしてみよう。
散らかったお部屋の中で、
自分の将来のことなど、考えられないよ。
少しずつ片付けて、
要らないものは、リサイクルかゴミ箱へ。
お部屋に溜まっていた自分にとって要らないもの。
キレイに片付けられると、心もスッキリしていく。
スッキリとキレイになったお部屋で、
ゆっくりお茶を飲みながら、時を過ごしてみよう。
精神的に落ち着きを取り戻したあなたは、
以前より将来に向かって歩き出しているよ。
物事が進むような兆しを見せながら、
最終的には、決まらないことが多い。
以前から決めていた事柄や日程は、
難なくスケジュール通りに運ぶが、
5月に決めたことは、流れる可能性が高い。
2008年5月は、
以前に決めたものを実行することと、
市場調査に力を入れることに、重きをおき、
新しい決定事項は、来月以降に決めることが望ましいだろう。
決定するまでの時間があるので、
色んな角度からリサーチできる。
大きな問題ほど、リサーチする時間や労力は大変だろうが、
5月は、スムーズに動く。
決定したり、発表したりすることを、来月以降にすること。
健康面では、
精神的に浮き沈みの差が激しいとき。
1つひとつの目標を、自分で決め、
クリアしていくことで、達成感を得てみよう。
小さな細々としたことから、始めていくことで、
精神的にも、肉体的にも、無理のない生活を送ることができるだろう。
11年ほどのブランクを得て、「クルム 伊達 公子」選手が、
テニス カンガルーカップ国際女子オープンに挑む。
一度はテニスと距離を置き、
テニス以外の自分を見つめ直した伊達選手
何のしがらみもなく、
自由にラケットを持つ伊達選手を見ていると、
とても楽しそうで、輝いている。
やりたいと思うことを素直に表現している姿は、
こちらから見ていて、とても気持ちがいい。
現役若手選手への刺激、
私を踏み台にして、世界へ羽ばたいて欲しいという切なる願い、
そして心からテニスが好きだという思い。
人は、年齢や体力を理由に、
夢をあきらめようとするが、
それ以前に、気力がなえてしまったからに過ぎない。
年齢…生きていれば、年老いていく。
体力…どんなに鍛えていても、いずれ下がってしまう。
その現実を素直に受け入れ、
等身大の自分と向き合うことで、
今の自分なりの行動ができてくるだろう。
気力は、年齢や体力とは、無関係。
気力があれば、どんなことにも、対応していける。
逆に気力がなければ、何も手をつけられない。
何も大それたことではない。
日常生活の中で、楽しいと思えることを、見つけてみよう。
最近、対面式カウンセリングをしていて、
よく指導霊や守護霊やのことについて、聞かれます。
今日は、「指導霊:しどうれい」について、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろしたいと思います。
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指導霊
読んで字のごとく、指導する霊
私たちの感覚で言うと、専門の先生というイメージが近い。
人間と霊の違いは、肉体があるか否かの違い。
絵画・書道・茶道・華道や陶芸、詩や音楽制作するなど、芸術的な分野や、
野球・サッカー・テニス・気功・太極拳などのスポーツの分野、
鍼灸・指圧・整体などの東洋医学や、西洋医学などの分野のほか、
メイクアップやヘアーメイク、洋服のデザイナーなど美の分野、
舞台を演出したり、俳優として表現したりという芸能の分野、
料理を作ったり、飲食したり、そうじ、コミュニケーションを保つなど日常的な分野など、
他人より秀でていることをしている人には、
ほとんど指導霊がついていて、教えてくれている。
指導霊は、色んな人間につき、必要に応じて指導してくれる。
本人が体得したり、逆にヤル気がなくなったとき、指導霊は離れていく。
1度に何人もの指導霊がつくときや、1人もつかないときもある。
本人の気持ち次第で、専門分野の指導霊は、ついたり、離れたり。
すべて本人の気持ち次第である。
霊は、肉体がない分、躊躇することはない。
人間のように、情けがないので、対応が早い。
私たち人間は、肉体がある分、情けがあり、躊躇する。
これを葛藤するといい、自分の中で、悩み、考え、成長していく。
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明日は、「守護霊:しゅごれい」について
れいめい拳で、スピリチュアルメッセージを下ろしたいと思います。
自分に守護霊がいるか否かを聞く質問は、ばかばかしい。
肉体を持っているか否かで、人と霊を区別するだけ。
自分を守ってくれている人や霊が
いないと感じる人は、まずいないだろう。
人は、誰かに守られ、
自分もまた、誰かを守っている。
子供やペットのような無力に見える存在であっても、
自分の側にいてくれるだけで、生きていく力を得る人も少なくないだろう。
人は守り、守られている。
守護霊がいない人は、誰一人としていない。
ただ、ずっとべったり側にいるわけではなく、
身の危険を感じるときや、必要なときに、瞬時に来る。
肉体がない分、その移動も速い。
よく守護霊の中に、
亡くなった祖先がいることもあるだろう。
生きている私たちでも、知っている人を守ろうとするのだから、
亡くなった人たちも、同じように守ろうとするだろう。
また、知人や親をふと思ったとき、
向こうから連絡が入ったりすることを経験した人も少なくはないだろう。
霊とて同じ存在。
故人をふと思い出したときは、
生前故人が好きだった食べ物や飲み物をお供えし、
後で、自分でいただいてみよう。
仏壇などなくても、形式にこだわる必要はない。
何事も、「心」なのである。
○回忌やお盆、お彼岸などは、
故人との約束の儀式の日。
人と霊は、肉体を持っているか否かだけの違いであり、
普段は、お互いの生活ややっていることがある。
それぞれが決められた日に、無理なく会う約束であり、
お互いの存在を尊重している。
守護霊に守ってもらうのではなく、
守護霊が守っている。
あなたも今、生きながら、誰かを守っているように。
それは損得勘定ではなく、ただ守りたいだけ。
守護霊との付き合い方は、
お互いの存在を認め合い、
依存したり、有り難がったりするのではなく、
礼を重んじ、尊重しながら、生きていくこと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明日は、「主護霊:しゅごれい」について
れいめい拳で、スピリチュアルメッセージを下ろしたいと思います。
人は今、それぞれの魂を持ち、
それぞれの考えで生きている。
私たちの魂が、核となって分かれるずっと昔、
1つの大きな意識体であった。
大きな意識体は、自身が成長するために、
たくさんの核を作り、それぞれに意識を持たせた。
肉体の中に、その核(魂)が宿り、
私たちは、生まれた。
私たちは、1つの大きな意識体であった。
学びあうために、個々に分かれ、刺激しあっている。
あなたの周りにいる、好きな人と苦手な人は、
あなたにとって、学ぶための相手。
その人たちから、何かを学び、成長していく。
やがて、肉体を離れたとき、
中間世に戻り、主護霊たちと共に、
今生きてきた人生を振り返る。
自分が行なった行為に対する相手の心を感じ、
反省と感動を受け、次をどうするか、自分で決めていく。
また生まれ変わるのもよし。
中間世に留まり、主護霊たちと共に、皆を助けるのもよし。
主護霊たちが見守る中、自分で決めていく。
私たちも、主護霊たちも、大いなる意識体の一部。
ある程度の人数を率い、全員が成長するために、
主護霊たちは、方向を指し示し、見守っている。
主護霊として、中間世で見守っている霊や、
肉体を持って、人として身近に皆と過ごしている霊、
主護霊の役割は、色んなパターンがあり、
それをも、自分たちで選んでいる。
いつも大いなる意識体とつながり、
ブレない自分でいること。
肉体を持つ私たちが、心がけていくことである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いかがでしたか。
3日及ぶ「指導霊・守護霊・主護霊」についての
スピリチュアルメッセージ。
明日は、それぞれの付き合い方について
れいめい拳で、スピリチュアルメッセージを下ろしたいと思います。
いかがでしたか。
3日に及ぶ「指導霊・守護霊・主護霊」についてのスピリチュアルメッセージ
指導霊は、
いつも私たちの身近にいて、私たちを見守ってくれる。
私たちがこれをやりたいと取り組んでいるときは、
力を貸してくれるが、
情熱が醒めてしまったときには、
たちどころにいなくなってしまう。
なぜなら、指導する意味がなくなってしまったから。
守護霊は、
私たちの身に危険や難題が生じたとき、
すぐさま私たちを守り、難題の解決に力を貸してくれる。
しかし、いつも側にいるわけではない。
主護霊は、
「主」という名がつくとおり、
とても大きな大局的な立場で、
大勢の人たちを見守っている。
私もあなたも見守られている1人である。
霊たちは、肉体を持っていない分、
速やかに移動することができるが、
その分、私たちのように、
感情に支配され肉体的な行動を取ることができない。
私たちと霊たちとは、持ちつ持たれつの関係にある。
それをつなぐものは、確かに血縁や宗教性はあるのだろうが、
それよりも強い力は、あなたの意志の力である。
あなたが何かに感動し、
この世の中で何を学び、何を成し遂げたいのか、
それを共に行なうのが、肉体を持たない霊たちなのである。
あなたの感動は、彼らにとっての感動であり、
あなたの発する勇気や愛情は、
彼らの存在にとっても、誇りとするところである。
あなたは今、たとえ1人で孤独を感じていようとも、
あなたを見守る存在は、
常にあなたの身の回りにいる。
それは、肉体を持つものでもあり、
持たないものでもある。
何も恐れる必要はない。
今生きているこの学びのひと時を
大切に行動するのみである。
生まれ変わりを認める人、認めない人、
指導霊や守護霊、主護霊などの霊たちの存在を認める人、認めない人、
色んな考えがあるだろう。
あなたがそれをどう受け止めるか、それもあなた次第である。
夜中、茨城県沖を震源とした地震があった。
いつか大きな地震が来ると、色んなテレビでやっている。
大きな地震がやってくるのは、よく知っているが、
非難セットを用意しているわけでもない。
高いところにおいてあるカップやお皿、
気になって、下に下ろしてみた。
快適に暮らしているこの空間を見回してみると、
一瞬のうちに、崩れ去ってしまうかもしれない不安がよぎる。
どうなっていくか、誰も知らない。
でも、何かの対策を、
少しずつでもしておいた方がいいかもしれない。
後悔は先にたたず。
今思ったことを、やっておいた方がいい。
地震対策だけに限らず、
今という瞬間を、大切に生きる。
このブログの1行目を見ていた現在は、
もう過去になっている。
何かを感じ、少しずつでも、歩き始めてみよう。
今朝、名古屋の地下鉄 駅構内で
昇りエスカレーターが、急停止し、
10名のけが人が出たニュースを見た。
昇りで良かった。
降りだったら、もっとけが人が続出していただろう。
エレベーターが止まったり、
自動ドアが、開かなかったり、
便利になれば、なるほど、
故障したときのギャップが激しい。
今は、ほとんどの人が携帯電話を持ち、
待ち合わせも楽になった。
買い忘れも、誰かの携帯をつかまえると、買ってきてもらえる。
最近はパソコンで文章を打つので、
漢字が思うように出てこなかったり。
便利になればなるほど、
人間としての緊張感が、薄らいでいく。
色んな発明をしている人は、素晴らしい。
でも、それを使う私たちが、退化している気がする。
相手を傷つけまいとして、
曖昧な言葉で、距離を遠ざけたとしても、
いずれはっきり断る必要が出てくることがある。
断る・断られることは、
どちらの立場であっても、
あまり嬉しいものではない。
でも、曖昧にしていると、
それに費やす時間が、もったいない。
遠まわしに断って、分かってくれる人、分かってくれない人。
色んな人がいるから、断り方も、色々あるだろう。
勉強だと思って、うまい断り方を、
相手の立場に立って考えてみよう。
相手が受け取りやすい言葉やタイミングがあるはず。
また、他の人が断っている言葉や間合いを見て、
自分に合いそうなときは、覚えておこう。
キツイ言葉を、はっきり言わなくても、
断り方は、あるはず。
相手のことや品物の悪口を言うのではなく、
「申し訳ありませんが、自分には、合わないようなので」と、
自分のことをやんわり言ってみよう。
もちろん、それを言う前に、
伝える相手には、感謝の念を抱きながら、
「ありがとうございます」の言葉をそえて。
それに係わる時間が長ければ長いほど、お互いイライラも増し、
キツイ言葉で、相手を傷つけてしまいがち。
誰かが代わってうまく断ってくれても、
自分の人生の中で、また同じようなことが起きる。
いつも誰かが代わって断ってくれるとは、限らない。
逃げてばかりいては、いずれ自分が困ることになる。
誰かに相談して、アドバイスを受けるのは、いい。
でも、必ず自分が断ること。
真摯な態度が、相手の心をも動かす。
何事も、早め早めの対応が、
人間関係をより良くする。
今日は母の日
子供の頃を思い出してみると、
お手伝い券を作って渡したりした気がする。
少し大きくなると、
手渡しするのが恥ずかしくて、
お花屋さんに届けてもらったり…。
いつも側にいると、
中々有難みが分からなかったりするが、
今こうして離れて暮らしていると、
言えなかった優しい言葉もかけられる。
人間って、少しあまのじゃく。
何か品物を贈るのも、喜ばれるが、
「元気?」の電話は、もっと喜ばれる。
今からでも遅くない。
離れて暮らしている人は、電話をかけてみよう。
一緒に住んでいる人は、
「ありがとう」と言えなかったら、
お母さんが好きそうな和菓子やケーキなどを買って、
「一緒に食べよう」と誘ってみよう。
「今日は私のおごり」なんて言いながら、
夕食に誘ってもいいかも。
もしお亡くなりになられていたら、
心の中で、「私は元気だよ」と語りかけてみよう。
何をしても、心からの行為は、相手の心に響く。
どんなに喧嘩をしていたとしても、
いつかは分かり合える。
母と子の絆は、消えることはない。
太陽の光が恋しい今日この頃、
毎日曇り空を眺めている。
日焼けは好きじゃないが、
パーっと青空が広がっていると、
心がスッキリしたりする。
太陽の存在って、偉大。
人の心って、
複雑なところと単純なところが、
入り混じっているみたい。
ちょっとした言葉で、嬉しくなったり、
ちょっとしたことで、イライラしたり。
太陽の光を、自分の身体の中に入れ、
内側から自分自身が輝いているイメージをしてみて。
さっきまでイライラしていたあなたが、
どっしりと落ち着いて、とてもいい雰囲気になってくるよ。
体調が悪いときは、
あまり無理をする必要はないけど、
気分的にちょっと…というぐらいのマイナスなら、
太陽の光をイメージするだけで、リフレッシュするよ。
やり方は簡単。
頭のてっぺんから、黄金の光が入っていって、
頭~顔~首~胸~お腹~足~足の裏まで、
光で満たされるイメージを持つ。
1回の光でイメージが持続できなければ、
何回でも光を入れればいい。
足の裏まで満たされれば、
今度は、おヘソのちょっと下にある丹田に両手を当て、
数分間目を閉じて、リラックスしてみよう。
気が巡っているので、眠くなって正解。
時間が許すなら、少し寝てもいいかも。
数分経過したら、
少し伸びをして、日常生活に戻っていこう。
会社や学校の中で、
とびきり輝いて見える人がいると、
自分と比べて、がっかりしたり。
人は、どうしても他人と比べて、
自分の場所を確認したがるクセがあるが、
そんなクセは、そろそろ捨てたほうがいい。
自分は自分。
どうしようもなく情けない人間だったとしても、
あなたがいることで、周りが成り立っていることがある。
それは、あなたには見えないことであっても、
そして周りの人たちも、まったく感じていないことであっても。
人は、幸せになるために、自分で選んで生まれてきている。
今の自分がこの場所にいるのは、
両親のせいでも、環境のせいでもない。
あなたがここにいることで、
周りの人が必要だと感じることがあるはず。
自分を卑下することなく、
その瞬間を精一杯生きてみよう。
ダラダラと惰性で生きているほど、
もったいないことはない。
自分が考えたことを、きっちり行動していると、
自分の中の中心ができてくる。
進んで行動することができてくると、
自分自身がとても好きになり、
楽しく、やりがいも出てくる。
いつしか、自信がつき、
やがて、あなたは輝き始めるだろう。
大それたことを考える必要はない。
今、目の前にある問題を、1つひとつ片付けていくだけ。
皆それぞれには、生きていく価値がある。
生まれてきた役割がある。
日常生活の忙しさで、それを見失わないように、
今を精一杯生きてみよう。
5月12日に起きた中国・四川大地震
いまだに、生き埋めになっている人たちが助けられないでいる。
地震のエネルギーを阪神淡路大震災と比較すると、32倍も大きいらしい。
建物のもろさもさることながら、大変な地震だったことがわかる。
直下型大地震の震源は、
四川省の省都・成都から北西約150キロのアバ・チベット族チャン族自治州ブン川県。
この地は、
今年3月チベット騒乱が波及したチベット族が多い地域と重なっている。
チベット問題を解決するためにも、
中国政府は救援・復旧作業と並行して
ダライ・ラマ14世側との対話を継続するよう望まずにいられない。
1秒でも早く救助・支援できれば、
1人の人の命が助かっていく。
被災者の一刻も早い救出と災害復旧に向け、
中国政府は国際的な人的支援を受け入れ、
色んな試練を乗り切っていくことになるだろう。
震災でお亡くなりになられた方々に、哀悼の意をお伝えいたしますとともに、
雨の中、まだ生き埋めになっている方々や救出作業をなさっている方々に、
慈愛のエネルギーをお送りいたします。
このブログをご覧の皆さまも、
自分の家族を想うように、慈愛のエネルギーをお送りいただければ、幸いです。
中国・四川大地震から、3日目となる今日、
生き埋め被災者の救命率は、
地震発生から72時間を境に極端に下がると言われている。
中国政府は、
国際的に食料や物資の支援を受け入れているが、
いまだ人的支援を受け入れていない。
1人でも多くの人の命を助けることが、
世界中で、今一番望まれていることである。
中国政府が、
他国の人を、震源地近くに立ち入らせたくない理由があるのだろうが、
そんなことより、まず救助ではないのだろうか。
こんなに大きな震災を受け、
他国からの援助を受けても、中国のメンツはつぶれることはない。
人の命が係っている中、どう対応していくのか、世界中が見ている。
中国政府がどんなに隠しても、その端々から視線を感じることだろう。
まだ生き埋めになっているたくさんの方々
もう少ししたら、助け出されるから、
希望を捨てずに待っていてほしい。
息苦しく、痛いところもあるだろう。
でも、もう少し。
ここまで待ったのだから、後もう少し。
人の声や物音が聞こえるまで、体力を温存しておいて、
何かの気配が聞こえたら、声か音を出して、自分の存在をアピールしよう。
後もう少しの辛抱。
私たちは、
遠い日本の国から、あなたたちが救出されるのを祈っています。
喉の渇きを癒す水と、暖かい毛布が、あなたを待っています。
また、救助をしている武装警察や人民解放軍の方々
人を助ける行為は、仕事ではなく、魂からの行動。
助けられた喜びや感謝、
反対に亡くなったときの喪失感、
色んなことを、この数日間で目にすることだろう。
人として生きることが、どんなに大切かを我が身で体験し、
たくさんの感動を得ることで、魂が揺さぶられていくだろう。
あなたたちは、この体験をするために今、救助活動をしている。
それは、人としての成長を意味しているだろう。
私たちは、この日本から、あなたたちの救助活動を見守っています。
そして、助けが欲しいときは、すぐにHELPしてください。
あなたたちも、感情を持った人間であり、
その現場でいたたまれない思いをすることでしょう。
自分たちだけで頑張りすぎないで。
その苦しみは、皆で分かち合うことができます。
そのことを、分かっていて欲しいのです。
震災で大変な目に遭っている方々や救出作業をしている方々、そして中国政府
この震災に携わっているたくさんの人たちに、
慈愛のエネルギーをお送りいたします。
私たちは、敵ではありません。
色んな問題が見え隠れしている今、
この震災をどう対応していくか、地球全体で見守っています。
今までの自分の人生を振り返ってみる。
結果を見るのではなく、なぜそれを選んだのか。
いくつかの人生の岐路での選択を書き出していくと、
自分が求めていたものや、クセが見えてくる。
過去の出来事は、自分の中ですでに美化されているだろうが、
それもよし。
この人生の主人公は、自分なのだから、
独りよがりに生きてきても、仕方のないこと。
でも選択するときのクセがわかると、
これから先の未来にあるだろう選択のとき、参考になってくる。
そのクセが、良いか悪いかは別にして、
そう選んでしまうのは、自分のクセだと冷静になれる。
そして冷静な自分がいると、
違う選択もイメージできたりして…。
人は冷静であれば、ある程度の許容範囲が広がる。
「~でなければならない」と凝り固まらず、柔軟に対応できる。
たまには立ち止まって、自分の人生を振り返ってみるのも、
将来につながっていく作業の1つ。
自分という人間が、独りよがりでなく、
調和しあって、
生きていく術を見つけ出せるチャンスなのかもしれない。
浅草寺縁起によると、
628年3月18日、
隅田川で漁労に精を出していた2兄弟
檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)が、
漁網の中に、小さな仏像が入り、持ち帰った。
土地の文化人である土師真仲知(はじのあたえなかとも)に、
その仏像を見てもらったところ、
「尊い聖観音像であり、
自分も帰依するほどの深い仏像である」とのこと。
2人にその功徳を説き、
自邸に同舎を構えて寺とし、
3人とも、厚く聖観世音をおまつりするようになったと云われている。
これが浅草寺の起源であり、
「三社大権現」の尊称で奉られていたが、
現在は「浅草神社」と呼ばれている。
祭神は、
土師真中知命(はじのまつちのみこと)
檜前浜成命(ひのくまのはまなりのみこと)
檜前竹成命(ひのくまのたけなりのみこと)の
三神を座主神とし、
徳川家康と大国主命とを、合祀している。
三社祭、今年は5月16・17・18日
気の合う仲間たちと過ごす時間は、
とても有意義である。
何を話したとか、何かをしたわけではない。
魂同士が喜んでいる。
笑顔で始まり、笑顔で終わる。
今日は心から、「ありがとう」
いつまでも若々しく暮らしていたい。
誰もがそう願っている。
どんなにお化粧や洋服で外側を綺麗にしても、
心が疲れていては、若々しくは見えない。
内側から輝いてくるような心の動きが必要になってくる。
人は、楽しいと思うことをやっているときは、
まったくストレスを感じない。
どんなことでもいい。
自分は、どんなことをすると楽しかったか、
どんなことをすると嬉しかったか、書き出してみよう。
人はやりがいを持つと、内側から輝いてくる。
誰かの役に立っていると実感すると、
魂が喜び始める。
肉体は、生まれてから年老いていくに従い、
少しずつメンテナンスが必要になってくるが、
心まで年老いてくる必要はない。
自分が今浮かんでいるアイディアは、
自分中心のことなのか、
全体の流れに沿って浮かんでいることなのか、
いつもそのことを頭に入れて、行動していこう。
皆、それぞれ自分が主人公の人生を送っている。
お互いの人生に絡み合い、譲歩することもあるだろう。
決定する時に、私利私欲を優先してしまうと、
物事が大きく伸びていかない。
今の流れ
自分のアイディア
これから広がっていく未来
全体を見渡して、考えていこう。
目先の収入は、大切だけど、
それ以上に大切なことを見逃していないか。
焦りすぎて、視野が狭くなっていないか。
人生には、色んな選択がある。
あなたがどれを選んでも、間違っていることはない。
でも、せっかくここまで来たのに、
あえて、苦労する道を選んでいないか。
丹田に気を落として、冷静になってみると、
色んな選択の中から、大きな流れの渦が見えてくるはず。
決めるのは、もちろんあなたである。
大きな流れに乗って、物事を考えていこう。
人は、他人と比べるクセがある。
でも、それぞれの役割があるから、
どちらが優れているかなんて、言えない。
どんな言葉にも、
どんな行動にも、
その人となりの想いが入っている。
それぞれの役割
人が大勢で行動すればするほど、
その役割は、きちんと分かってくる。
今のあなたが、どうしようもなく情けなくても、
あなたの生きていく価値は、絶対にある。
落ち込んでいるとき、
楽しいとき
色んなときがあるけど、
いつも表面にあるのは、あなたが優先していること。
そして根本にあるのは、あなたが本当に望んでいること。
この表面と根本が、少しでも近づけるよう、
毎日の生活の中で、心がけていこう。
人と比べることはない。
あなたは、あなたでいい。
今日は、「りん」さんからコメントを頂いた件について、
れいめい拳で、スピリチュアルカウンセリングをしましたので、
皆さまにお届けしたいと思います。
コメントの要約は、以下の通りです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
両親が残した多額の借金を、
ダブルワークをしながら、返済している私。
派遣先の組織変更があり、
6月末で、その職を失ってしまいます。
ブログに書いてある通り、
確かに目先の収入に捕らわれてはいけないのですが、
今の私に必要なことは、
方向性ではなく生活が守れるか、どうか。
わびしいですが、これが現実であり私が課せられている現実です。
私は7月1日から、職につけるのでしょうか。
今までの人生の流れには、
家族がバラバラになった過去や母の認知症など
さまざまな苦難がありました。
この意味も何なのかと思ってしまいます。
この先、未来に自分が結婚をし、
家族をもてるということが、できるのかどうかも
不安になることもあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わびしいことは、何もありません
毎日の生活が守れるかどうかは、とても大切なこと。
自分に必要なことは、方向性ではないと書いてありますが、
「後2年半ある毎月の借金を返済する」ことが、
今のあなたの方向性だと思います。
その中で、自分が自分らしく働けるものを、見つけ出すのが、一番です。
どんな職場でも勤められればいいわけではありません。
あなたの能力にあった、そして無理のない仕事を見つけることが、今はベストです。
ダブルワークをしているとのこと。
6月末に失う職は、その1つであり、もう1つは失っていないのでしょうか。
そうだと仮定して、もう1つの職を見つけるためのアドバイスをします。
(1)自分自身のことを、まず考えてみましょう。
人と接することが好きですか。
独りでコツコツと仕事をするタイプですか。
それともマイペースですか。
周りを巻き込んで、仕事をするタイプですか。
仲間とワイワイするのが好きですか。などなど。
自分の性格はどのようなタイプなのか、考えてみましょう。
(2)そして、自分自身のライフスタイルについても振り返ってみましょう。
色んな雇用形式があります。
あなたが、今自分の生活の中で一番大切にしたいことによって、
どんな雇用形式が当てはまるのかも、変わってきます。
雇用形式には、ざっと書き出してみてもこんなにあります。
・正社員(長期雇用を前提とし、雇用期間に定めがない)
・契約社員(契約期間や条件が定められ、その範囲内で働く)
・派遣社員(派遣会社に登録して、仕事内容や時間などの条件を出せる)
・紹介予定派遣(最大6ヶ月の派遣期間終了後、両者の合意の元、
正式に正社員などに雇用される)
・パートやアルバイト(勤務時間が短く、自分のライフスタイルを重視している)などなど。
また、個人事業主など、個人が事業を営んでいる人もあります。
今のあなたは、後2年半ある借金を、返していくことが、一番大切なことですね。
雇用が途切れることなく、一定の収入を得ることが、ポイントになってきます。
でも、借金返済後の2年半後、あなたはどうするのでしょうか。
この借金がなければ、やりたかったことは、あるでしょう。
その将来を鑑みながら、どの雇用形式がいいのか、考えてみましょう。
(3)そして、あなたの得意とする仕事の分野を、箇条書きで書き出してみましょう。
どこで働くにしても、
あなた自身が、どうアピールするかで、仕事が見つかるか否かが、分かれていきます
資格はもちろんのこと、
今までの経験や年数、
その他、これからやっていきたいことなど。
どこでも働ける。
でも、長続きしないのでは、この時間が無駄になります。
自分が最大限輝けるように、
自分自身を見つめなおし、表現していってください。
7月1日まで、後1ヶ月弱あります。
5月中に(1)自分自身を見つめなおし、
(2)雇用形式を考え、
(3)自分の得意とする分野を考えてみましょう。
7月1日までに、どんな職が見つかるかどうかは、
この1ヶ月のあなた自身で、変わっていくでしょう。
私はアドバイザーであり、
決定するのは、「りん」さんご自身です。
あなたの望む方向性に対して、
そうなるためのアドバイスをいたしましたが、
方向性を決定することは、できません。
あなたは、どんなことをして、行きたいのでしょう。
何を望んでいるのでしょう。
生活するために、仕方なく仕事をするのではなく、
将来のあなたにつながるような仕事を探すことをオススメします。
ご家族がバラバラになったことや、お母さまが認知症になられたことなど、
詳しいご家族のお名前もわかりませんし、
また、この内容を公開することは、個人的なこともあり、
差し控えさせていただきます。
ご家族の人数分、それぞれの人の思惑もあり、
お互いがお互いを尊重し合ってコミュニケーションを取っていれば、
もしかしたら、違う結果になっていたかもしれませんし、
あなただけが、悪いわけではありません。
どうぞ、ご自身を責めないようにしてください。
お母さまが認知症では、大変なご苦労だとご心痛いたします。
なおさら、ご自分の毎日を、考え直す時期だと思われます。
将来のご結婚のことも、今の自分自身を見つめなおし、
心が落ち着いた頃に、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。
今の借金を返すだけの毎日から、
将来を見据えて、借金を返す毎日になっていかれることを
心よりお祈り申し上げます。
日響 娃
昨年の今日、私たちは真実を求め、1つの表現から離れました。
離れたことを知らず、お昼間にこのメッセージを書きました。
「真実のとき」
いつも自分自身と向き合っていること。
周りの波が、その時の自分と違っていても、
自分をごまかして、染まらないこと。
そんな時は、あまり表面に出さず、
周りとの調和を保ちながら、過ごしてみる。
自分の考えが、変わるかもしれない。
周りの考えが、変わるかもしれない。
時間をおくことで、
お互いが、ちょうど良いタイミングで、
望まれたものを、表現できるようになる。
真実はひとつ。
良い・悪いの判断ではない。
だけど、その表現方法は、無限大にある。
時を待ち、環境が整うのを待つ。
真実のときは、やがて訪れる。
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本当に、良い・悪いの判断ではなく、
自分をごまかさず、向き合っていれば、
少しずつでも、自分の望むものが広がっていく…
そんな気がします。
色んな悩みを抱えている人がいるでしょうが、
その悩みにどっぷり浸かることなく、
客観的に自分を見つめなおしていければ、
きっと変わっていく…。
自分を信じて、過ごしてみてください。
今という瞬間に、このブログを書いていること、
そして、皆さんがこれをご覧くださっていること、
お互いがお互いを補って、過ごしているんだなあと思います。
「今という瞬間に、ありがとう」
勉強でも、仕事でも、日常生活の中でも、
大したことのない疑問は、たくさんあるだろう。
人に聞くのは恥ずかしいし、
わざわざ調べるのも億劫だしと、
そのままにしていることも多いだろう。
「くだらないことなんだけど…」と
周りの人に、軽く聞いてみてはどうだろうか。
案外、そんな疑問を皆、隠し持っているかも。
納得できる答えが見つかったり、
本当にくだらないと笑いあったりして、
自分自身が解放されていくだろう。
何事も自分ひとりで閉じこもらないようにして、
周りの人と、仲良く接していけるように、心がけていこう。
何のために、生まれてきたのだろう。
何のために、生きているのだろう。
日常生活の合間に、ふとよぎる疑問
お互いが刺激しあって、魂が成長している。
皆それぞれが幸せだと感じられるよう、
この瞬間を生きている。
表現方法は、みんな違えども、
生まれてきた魂の尊さに、違いはない。
想いはひとつ。
皆それぞれが、幸せだと感じられるよう、
今のこの瞬間を生きている。
どんなに些細なことであっても、
継続することは、素晴らしい。
不器用であっても、
上達が遅くても、
ずっとやり続けてきたというその人となりが、
評価されていく。
今はうまく行かなくても、
いずれ変わっていく。
自分を信じて、やり続けていくことが、
とても大切である。
そのことに成功するか否かは、
何事もタイミングが左右する。
もし迷っているのなら、
何を迷っているのかを冷静に見つめてみること。
過去の失敗や
未知のことに対しての不安など、
迷いの要因は、色々とあるだろう。
行動を起こすか、起こさないかを迷っているのなら、
今のまま、行動を起こさないと、自分はどうなるのかを
シミュレーションしてみよう。
今のままでいいの?
それともやはり、行動を起こした方がいいの?
シミュレーションをして、未来を見通していこう。
どんなに正しいと思っていても、
他の角度から、その物事を見てみると、
ちょっと違っていたり。
思い込みは、誤解を招く。
自分の意見も、
色んな角度から検証してみると、
独りよがりなところがあるかも。
良い・悪いで、決め付けるのではなく、
物事は、色んな角度から見ていくクセをつけてみよう。
きっと楽しい「とき」を過ごすことができていくよ。
みんな誰だって、正しいと思ったことを言い、行動している。
そこにちょっとした勘違いや思い込みなどで、
間違ってしまうことがある。
上司や部下がミスを犯し、
その間違いを指摘したとき、
逆ギレされたり、反論されたりしたことは、ないだろうか。
もちろん、相手が間違ったのだから、相手が悪いのだが、
指摘したときのあなたの態度がどうだったか、
それも重要なポイントである。
間違いを指摘するときは、
怒ったり、小バカにしたりという感情的な態度をせず、
「ちょっと分からないのですが、教えてもらえますか」と
冷静に、相談するような態度で、
何かが違っていることを、相手に伝えてみよう。
相手も「あれっ、ミスったかな」と
自分の資料に、素直に目を通すだろう。
「ここが違っている!」と感情を入れてあからさまに指摘してしまうと、
相手のプライドを傷つけ、
逆ギレするか、ヤル気を失ってしまうかだろう。
人間、誰だって間違うことはある。
相手も自分もそういう同じところを持っていると、許していこう。
自分のミスを指摘され、
「ありがとう、気がついてくれて」と、
感謝できる人は、何人いるだろうか。
もしあなたが間違いを指摘され、
怒られたり、小バカにされながらでも、
心からそんな態度が取れるようになれば、
徐々に相手の態度も変わってくるだろう。
間違いだけが、悪いわけではない。
それをしないような習慣をつけることを、
本人が気付かない限り、
どんな事柄であっても、ミスをし続けるだろう。
深い意識で、相手を見つめていけば、
あなたも怒ったり、小バカにしたりできなくなっていき、
間違いをうまく指摘したり、されたりする態度が、備わっていく。
言葉の1つひとつには、
色んな力が込められている。
日常何気なく使っているだろうが、
否定的な言葉は、否定的な考えを増幅させ、
身体を蝕んでいく。
できることなら、ポジティブな言葉を使っていこう。
使っていくことで、考え方もポジティブになり、
周りへの影響も変わっていく。
昔の人は、言霊(ことだま)と呼び、
言葉の1つひとつを大切に使ってきた。
自分の想いを表現するために、
紙などに書き、何度も読み返して、表現していた。
発達しすぎた伝達方法
今は、電話やFAX、メール、インターネットと、
すぐに自分の想いを表現することができる。
言葉には、色々な意味があり、
力が込められている。
言葉が、独り歩きしないよう、
1つひとつを大切に、使っていこう。
人の手の温もりほど、心安らぐものはない。
心が不安定なときは、
片方の手のひらを、胸の中心か、丹田に置き、
もう片方の手のひらを、背中に置いて、
身体をサンドしてみよう。
手のひらからの温もりが、
ゆっくり身体に入ってくるだろう。
心が不安定な子供や家族、友人がいたら、
背中や肩などに、手のひらを置き、
温もりを伝えていこう。
「大丈夫だよ」
「安心して」
「ありがとう」
言葉に出さなくても、
手のひらから、気持ちは伝わる。
やがて、安らいだ心の波動は、
自分を中心にゆっくりと周りに伝わっていくだろう。


