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2009年03月 アーカイブ

2009年03月01日

スピリチュアルメッセージ:2009年3月の運勢

気持ちが焦っているが、
変化があまりなく、
空回りしてしまうだろう。

だいたいの人にとって、
年度末の3月。

何事も終わりよければ、すべて良し。

宿題を来月に持っていかないように、
今月で終わることは、今月中に終わってしまおう。

季節の春は、もうすぐ。
だけど、景気の春は、まだ先のよう。

ごまかすことなく、
1つひとつを、終わらせていくこと。

今月は、ガラッと変わることは、あまりない。

周りと歩調を合わせて、歩いていこう。

2009年03月02日

役割と自覚

自分の立場を冷静に振り返ってみよう。

家族の中の、何という役柄?
会社の中では、何という役職?
友人の中では、どんなキャラ?

すべてが自分であり、
それを自覚して行動している?

頑張り過ぎなくていい。
等身大の自分を、表現できればいい。

求められていることに、
すべて応えようと、頑張っているときは、
エネルギーも充実していて,あまり疲れないけど、
一度緊張がとぎれると、
思ってもみなかった不調に陥るよ。

いつもの素の自分が、
表現できていく環境を
日ごろから、うまく作っていこう。

コツは、ちょっとした思いやりかな?

2009年03月03日

あなたは1人じゃない

懐かしい音と風景を、ぼんやりと思い浮かべている。

いつの頃の出来事だったか、
もしかして、映画で観た1コマなのか、
今となっては、はっきりしない。

ただ、心だけが、懐かしいと喜んでいる。

心の中心のところが、
ぽっかり温かくなっていくイメージ。

誰の心の中にだって、そんな思い出があるだろう。

何かにぶつかったとき、
ふと孤立感にさいなまれたときなど、
そんな懐かしい思い出に浸ることで、心が癒されることもあるだろう。

そして、もっと安らぐことは、
あなたとこの地球すべてが一体であると思い出すこと。

あなたは今、最も苦しい時期に来ているかもしれない。

だが、あなたは1人じゃないと、思い出せれば、
身体の奥底から沸き起こってくる自分のエネルギーを感じることができるだろう。

私たちはいつも、帰るところがある。

今は色々な肉体を持ち、四苦八苦しながら人生を歩んでいるが、
それも、つかの間のこと。

今の現状を楽しみ、苦しみ、
色んな経験を積むことで、魂の成長が始まる。

今を意識して過ごしていこう。

あなたは、決して1人じゃない。

2009年03月04日

再開!

「焦らないで」
風がささやいている。

ひと呼吸置いてから、
行動していこう。

自分のリラックス方法は、
自分が1番よく知っている。

ほんの2~3分でもいいから、
自分がリラックスできる時間を持ってみよう。

心が落ち着いたら、さあ再開!

心地よいさわやかな風と共に、
スタートしていこう。

2009年03月05日

太陽の光

久しぶりに晴れ、太陽の光をみた。

空が晴れると、心まで晴れてくるように感じる。

両手を広げ、深呼吸してみよう。

時間に追われて、
瞬時に判断を迫られている現代人。

頭の中は、色んな考えで、一杯になっているだろう。

おへその少し下にある丹田(たんでん)という場所に、
意識を集中してみよう。

気を丹田に落とすと、
頭にある色んな考えが、スーッとなくなって、
必要な言葉の整理ができていくだろう。

2009年03月06日

つかの間の静けさ

耳に入る音を消し去り、
瞳を閉じて、視界をなくす。

静かに座ると、
動き出すのが、ココロ。

色んな雑念が、
頭の中を巡り始める。

ふとした瞬間、
深い、何ともいえない心地よさと触れる。

つかの間の静けさ

目を開けると、
ココロがどっしりと落ち着き、
先ほどまでの音も、気にならなくなっていた。

我に返り、
また日常生活の中に、戻っていく。

2009年03月07日

~仏教用語:お数珠と2万2千788の秘密2~

   20090307-1.jpg

数珠には、大玉と小玉によって、
百八の数があります。

その下に、球状のものが10個、
そろばん状のものが20個ほど、ついています。

そして、親玉(数珠の中心)より数えて、
7つ目と21個目のところに
小さな数珠玉(小玉)が配置されています。

真言は、主に7偏、21偏、108偏唱えることになっています。

ちなみに、不動真言(天台よみ)
「ナマ、サマンダ、バサラナン、センダ、マカロシヤナ、ソワタヤ、ウンタラタ、カンマン」など、
108偏唱えようとすると、1時間近くかかります。

   20090307-2.jpg


例えば、観音様の真言「オン アロリキャ ソワカ」を唱えるとします。

そうすると、1つ真言を唱えるたびに、
1つ内側に向かって、数珠を動かします。

7偏目になると、小さな玉の切れ目に差し掛かるので、
真言を唱える僧は、考えなくても、7偏唱えたということがわかり、
真言そのものに集中することができるのです。

「オン アロリキャ ソアカ」
108偏繰り終わると、下の房の丸い玉を1つ上げます。

下の房の丸い玉の1つは、百の単位を表します。
これを全部上げ終わると、1080偏の真言を唱えたことになります。

1080偏の真言を唱え終わると、
そろばん玉状の1つを繰り上げます。

この玉は、20個ついています。

1つひとつが千の単位でありますので、すべての数珠玉を使い切ると、
そろばん状の玉(1080×20=21,600)と
丸い玉(1,080)と数珠本体(108)を足して、22,788
 
2万2千788偏の数を、記録することができるのです。

早い話が、
お数珠とは、数を正確に記録するためのものだったのですね。

その数珠が、いつの間にか、一般の方々に用いられるようになり、
108の半分である54の形になり、
今、皆さんの左手に持たれるようになったのです。

主に、右手は修法の際、忙しく動き回るため、
数珠は左手で持ちます。
(不動真言や諸尊の真言を唱えるときは、両手でも行ないます。)

   20090307-3.jpg

お坊さんというプロが持つ際には、
このような意味で用いますが、
今、数珠といえば、一般的には意味は知らなくとも、
信仰や法事のときにも持つし、
現代人のファッションとしても、
その地位を確立したようです。

意味を知ってしまえば、
有り難くもあり、有り難くもなし。

しかし、いまやお数珠は、
法事やお遍路、七福神参り等の霊場巡りに出かける私たちには、
なくてはならないものの1つになりました。

その他にも、
現代に合った色や形に進化し、
信仰の対象となっていたものが、
ファッション性にも優れたものとして、
また、独特な風水の理論ともあいまって、
運気が上がるアイテムとしても、
受け入れられるようになってきました。

   20090307-4.jpg

お数珠の一つひとつの玉には、
皆さんのお経や真言、願い、
その時折々の思い出が染み渡っています。

お数珠は、佛さまと皆さんをつなぐ、大事な法具の一つでもあります。

大切にお使いになってください。


今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
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れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

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スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃


2009年03月08日

望めば、やがて叶う

「だって…」の言葉から始めない。

「でも~」は、もう言わない。

「~しなければ、ならない」
いいえ、するかしないかは、あなたが決めること。

大丈夫。

どんなに時間がかかっても、
あなたが望めば、やがて叶っていく。

言い訳しないで、
真直ぐ前を向いて、歩いていこう。

2009年03月09日

待つ…ということ

自分と相手の思考回路は、
必ずしも同じではない。

また、何を最優先しているかも、違っている。

会話は、キャッチボール

自分の投げたボールが、
中々、相手から、戻ってこないとき、
じれったくて、イライラしてしまうだろう。

でもちょっと待ってみて。

自分では、
暴走していないつもりでも、
相手にとっては、受け取りにくかったりするかも…。

コミュニケーションの基本である会話

一方的に、意見を言ったり、聞いたりするのではなく、
互いに会話をして、意思の疎通を図っていこう。

ほんのちょっとした声かけと、笑顔で、
関係は変わっていく。

あなたは、ボールを投げた。
次は、あなたがボールを受け取る番だ。

待つ…ということは、
とてもじれったいことかもしれないが、
相手の答えを考えあぐねて、
モンモンと待つのではなく、
相手が投げてくれるまで、
ゆったりした時間を過ごしてみよう。

2009年03月10日

サクラ

気温が少し和らいできた。

春の訪れを感じ始める。

暖冬だったとはいえ、
やはり身体が縮こもっていた気がする。

こうして、少しでも春の陽気を感じると、
外に出て、川べりを歩きたくなる衝動に駆られる。

何てことない川

その脇には、
今年また咲き誇ろうとする桜たち

外見は、まだ変わらないが、
木々の内側から、準備を始めようとしている。

桜のイメージは、咲いたと思って見上げていたら、
もう散ってしまう、はかないイメージ。

その咲くまでの準備期間は、目に見えないが、
時間をかけて、みんなが見上げる瞬間を待っている。

1年に1週間という短い間ではあるが、
人は、その一瞬を、待ちわびている。

何事も、ガラッと変わるものではない。

人知れず、みんな努力している。

2009年03月11日

年度末

気ぜわしい毎日

その場その場の対応で、
神経をすり減らし、
全貌を見失っていないか。

忙しい時にこそ、
少し頭を冷やす時間を作るよう、
心がけよう。

人に頼らず、
自分の意見を持とう。

少し壁にぶつかってしまったときは、
自分の考えをメモに書き出し、
客観的な目線で、再度見つめ直そう。

他人と話すことも大切。

ほんのちょっとしたことが、きっかけになり、
解決の糸口が見つかっていく。

1人でモンモンと悩んでいないで、
コミュニケーションを取りながら、
進んでいこう。

2009年03月12日

簡略化

業績が伸び悩み、
企業が赤字を回避する方法といえば、リストラ

年度末にかけて、
また問題は起きるだろう。

情報システムが発達し、
仕事も簡略化されて、
楽になったものもあるが、
人は、どう変わってきたのだろうか。

心を持っている人間は、
機械のように、動くことはできない。

せっかく肉体を持って、
こうして生まれてきたのだから、
心に響く行為をしていこう。

世の中、何事も簡略化されつつある。

包装紙の簡略化など、「エコ」には賛成だが、
心まで略さないで、行動していこう。

あえて、自分流の温かみのある行為を、続けていこう。

2009年03月13日

躊躇しないこと

いつも完璧を目指したがる人間

何かを始めるとき、
準備不足だと躊躇して、
一歩踏み出せないでいる。

「何の資格があれば、
その足は前に出せるの?」

「何の経験があれば、堂々と歩けるの?」

何事も、最初は、手探り状態。

完璧にできるはずもない。

いつまでも、躊躇して、
前に踏み出せないでいるより、
ある程度の準備で、進み始めてみよう。

歩きながらでも、
起動修正は、できる。

いつだって、変更は可能だよ。

色んな人たちと触れ合って、
話をしながらアイディアを出していく。

何事も楽しみながら、
頑張りすぎないで、やってみよう。

2009年03月14日

~仏教用語:縁 幸せの方角1~

「ああ!」

テレビを見ながら、大声を張り上げる。

人は、本当に驚いたときには、
声を失うものである。

そこには、盗難にあった佛像が、テレビに映っていた。

健仁寺で盗まれた佛像が見つかり、
犯人が逮捕されたというニュースでの場面である。

そこには私*1が、10代より4年半の時を過ごした、
毘沙門天の像(一木造り、高さ60センチ)が映っていたのだ。

本尊:毘沙門天は、秘佛のため、一般には公開されていない。
ここでいう、像とは、毘沙門天のお前立ちのことである。

*1:私
   koei:日響娃の夫であり、僧籍を持つ。
   日響娃と共に、この仏教用語のコラムを担当している。
   これからも時々出てくるので、お見知りおきください。
   尚、月に一度、第3金曜日、中目黒にて、坐禅の会を催しています。
   詳しくは、『真帆片帆』をご覧ください。
   http://www.reimeiken.com/kikou/


しかも盗難にあったのは、2008年10月のことだという。

他にも、21体という有名無名の佛さま方のお姿。
一体この佛像を盗んだ人は、
どうやってこのように佛像を盗み出すことが出来たのだろう。

新聞報道によると、逮捕されたのは、三重県在住の男性。
盗難にあったのは、佛像は21体、掛け軸3本。

この男性は、防犯カメラにより、
駐車場にあった車のナンバーから、身元が割れ、
運悪く逮捕されてしまったわけであるが、
お寺さんの方としても、
まさかお参りにきた方を、犯罪者と思って接するはずもなく、
そこには、必然的に性善説に基づいた対応がなされていたはず。

結果、そのことが多くの佛像の盗難という、
近年まれに見る事件へと発展してしまった。
誠に残念な事件が起きてしまったものだ。

毘沙門堂*2で過ごした4年半という月日の中、
日々お茶やお佛飯を献じ、
お経や、毘沙門天*3のご真言
「オン ベイ シラマナヤ ソワカ」をあげてお仕えしていた佛さまと、
まさかこのような形で、お目にかかろうとは…。

今年、不思議なことに、『毘沙門堂』という言葉をよく耳にした。

私は、気功教室を都内で開いているのだが、
ここ数年、賀状のやり取りぐらいしかしていなかった、
昔の生徒さんより、連絡があった。

その方を、仮に、『鈴木さん』としておこう。

鈴木さんとお会いして、昔話などをしていた折に、
今は自身の仕事のほかに、
心遍路というNPO法人の仕事にも携わっており、
その中の、『心遍路おとなの学校』に参加されている方に対して、
気功体験教室をやってくれないかという提案を頂き、
私も快諾して、2度ほど中目黒の方で、気功の体験教室を行なうことになった。

そこで、そのNPO法人 心遍路の代表である福本さんを紹介された。
(NPO法人 心遍路に関しては、心遍路のHPを参照してください。)
http://www.kokorohenro.org/

氏は、このNPO法人を通じて、目や身体の不自由な方と共に、
秩父の霊場巡りをされている。

気功体験教室は、
そこに関係するスタッフの方や、
心遍路の思想に理解を示された旅行会社(トラベルサポーター)の方に対するものだった。

おかげさまで、気功の体験教室も無事終わり、
参加された方には、気功の面白さが少しは伝えられたと思う。


*2:毘沙門堂
   比叡山を開いた伝教大師最澄が、
   比叡山根本中堂のご本尊:薬師瑠璃光如来の残材で、
   2寸2分という小さな毘沙門さまのお姿を刻まれた。

   その毘沙門さまを桓武天皇に献上され、
   帝の冠の中に納めて、肌守りとされたのが、起源とされている。

   たびたびの戦乱を経て、江戸時代、天海大僧正によって、
   現在、山科の地に、復興された。


*3:毘沙門天
   四天王のお1人:多聞天
    ・四天王とは、持国天(じこくてん):東の守護神
    ・増長天(ぞうちょうてん):南の守護神
    ・広目天(こうもくてん):西の守護神
    ・多聞天(たもんてん):北の守護神
   単体で呼ぶ場合には、毘沙門天(びしゃもんてん)、
   鎮将夜叉(ちんじょうやしゃ)とも呼ばれている。)


        ~以下、来週の21日(土)へつづく~


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2009年03月15日

なりたい自分

頭の中にあるイメージを、
どんどん外へ出していこう。

紙に書き出していくと、
頭で考えているより、
客観的に物事が見え、
冷静な判断ができていくだろう。

将来像をいつも目標に掲げ、
 3年後の自分、
 2年後の自分、
 1年後の自分、
 半年後の自分、
 3ヶ月後の自分、
 1ヶ月後の自分…と、逆算していこう。

では、今、何をしていけば、
自分の将来像に近づけるのか…。

机上の計算で、
モンモンとしていないで、
今から動いていこう。

どんなことだって、
最初は、スムーズには動かない。

もし、将来像が変わったとしても、
わかった時点で軌道修正すればいい。

変更は、いつでもできる。

焦ることなく、
真直ぐ見据えて、歩いていこう。

2009年03月16日

失敗は成功のもと


自分にとって、
あまり都合が良くないことが起こったとき、
あなただったら、どうする?

悲しむ?
怒る?
パニックになる?
ヤル気をなくす?

でも、もう一度考え直してみて。

今の失敗は、まだまだやり直せる。

「何でこうなってしまったのだろう???」
自分の行動を見つめ直す、いいチャンスだと思って。

悲しみは、自分で経験しないと、わからない。

怒りも、何を怒っているのか、根本的なことがわかれば、
その怒りも理解できる。

人は、色んな経験をして、
色んな人の立場を理解し、
深みのある人間になっていく。

失敗は、ダメなことではない。
苦しいことも、悲しいことも、みんな経験することで、
魂を成長させている。

ヤル気を失わないで。

今の苦しみは、
ずっ~とでは、ない。

立ち上げるきっかけを、見つけてみよう。

あなたなら、きっとできる。

2009年03月17日

嫁と姑1

今日は、「嫁と姑」というタイトルを知人から頂きましたので、
このタイトルから、スピリチュアルメッセージを下ろしたいと思います。


多くの家庭の中で、
嫁と姑の問題が、不協和音を奏でている。

他人のお嫁さんには、
そんなに厳しいこともないのだが、
身内という目線になると、お姑さんはなぜか厳しい。

なぜなのか。
それは、「できればこうであって欲しい」と、
自分の考えを押し付けて、相手をコントロールしようと思っているから。

だって、今まで台所を預かって、
家の中のことを切り盛りしてきたお義母さん。

外から他人が入ってきても、
その流れを変えることは、あまりないだろう。

お義母さんが、今でも会社などに働いていれば、
もう少し社会生活の調和を、身につけているだろうが、

もし、ずっと専業主婦や、自営業であれば、
その家庭は、1つの城となり、
お義母さんの行為を変えることは、難しいだろう。

「お嫁さんに合わせる」ことは、
どんなに気を使っているお義母さんでさえも、
長くは続かない。

それは、悪気があっての行為ではなく、
今まで何の疑問も抱かずに、続けてきた行為だから。

外から入ってきたお嫁さんは、
家のしきたりや行為などに、疑問を抱くことは当然である。

でも、真正面から疑問を伝えてしまうのは、
ちょっと待って欲しい。

お義母さんは、自分の愛する人を産み、育ててくれた人。
自分のお母さんと同じ気持ちで、接してみてはどうだろうか。

良かれと思った行為であっても、
相手にしてみれば、迷惑だったりするが、
それは、自分も相手も同じこと。

それぞれ育った環境が違い、
自分の意見を持っている。

小さい子供なら、黙って従えることでも、
大人になれば、黙って従ってばかりいられない。

小出しに発散しないと、
いずれ爆発してしまうだろう。

嫁と姑は、我慢と忍耐だけでは、接していくことはできない。

自分の親にだって、
すべてを黙って従うことは出来ないのだから。

では、どうしたらいいか。

 (1)義理の母でなく、自分の母親だと思って、接してみよう。

 (2)そして長く生きている分、
  目上の人の考えは、尊重する気持ちを持ってみよう。

 (3)相手を変えようとは、思わないで。
  我慢や忍耐でなく、気持ちを切り替えて、自分から変わっていこう。

 (4)疑問点は、相談という形で、
  お義母さんに話をしてみよう。
  何を考えての行為なのかが、理解できれば、
  感情的には、ならないだろう。

自分の気持ちは、口に出さなくても、伝わっていく。

お腹の中で、あっかんベエ~しながら、笑っていても、
気付かれてしまうよ。


とても面白いタイトルで、
スピリチュアルメッセージを下させて頂きました。

この機会を頂いたことに、感謝いたします。

明日は、
「嫁と姑2:なぜこの人なのか」ということのスピリチュアルメッセージを
れいめい拳で下ろしてみようと思います。

           スピリチュアルメッセーンジャー
                   日響 娃

2009年03月18日

「嫁と姑2:なぜこの人なのか」

人は、性別や生きていく時代、国、自分の両親などを選んで、
生まれてきます。

それは、自分の生まれてきた目的や使命を達成するため。

その中には、人生でのパートナーとの出会いも含まれます。

結婚という形をとる相手や、
恋人や友人という関係を保つ相手、
仕事場での上司や部下、同僚、取引先などとの関係や、
また、兄弟姉妹、両親、養父、養母、祖父母という関係、
おじさんやおばさん、いとこ、姪、甥などの親戚という関係、

また、自分の血縁だけでなく、
パートナー側のご両親や兄弟姉妹、おじ、おば、いとこ、姪、甥など…、
その出会いは、数限りなくあることでしょう。

家の中で、一番不協和音になり得るのが、
嫁と姑、小姑など、女同士の関係。

家だけでなく、学校や会社などでも、
女同士の関係には、何かしらの違和感を覚えているようです。

性別の本能的なイメージからいうと、
女性は、一番強い素晴らしい種を身に宿し、
産み、慈しみ、育てていこうとしますが、
男性は、より多くの自分の種を、世の中に出そうとします。

いわば、男性は多くの女性と接し、
女性は、より強い男性を探しています。

話を元に戻しますと、
嫁と姑も、同じ女性。

父親やご主人、子供、孫などの中に入り、
「自分が一番だ」と、
より認めてもらいたい衝動に駆られています。

よくよく観察してみましょう。

お姑さんのどんなところが、気になりますか?
相手のここさえ直れば、それでOKなのでしょうか?

答えは、NOです。

自分も相手も変動していく生き物。

1つが解決したとしても、
また次のことが気になってきます。

では、どうすればいいのでしょうか。

それは、動じない自分を保つことです。

相手が、姑であれ、上司であれ、友人であれ、
どんな間柄と上下関係があっても、
いつも冷静で、受け流すことができる精神を保つことです。

今の人は、相手に求めすぎています。

自分の意見を持ちすぎて、
相手にそれを押し付け、うまくいかず、
自分で空回りしている人も多いですが、

結論を自分で出さず、
相手がよければそれでOKという人もいます。

後者は一瞬、とても従順そうな人に見えがちですが、
自分というものを持っておらず、
責任を取りたくないから、そういう行動になっている人が多いのでしょう。

現代人は、受け流し、責任を取り、対応していける人が少なくなっています。
うまく行かなかったのは、いつも誰かのせいにしておきたいのです。

それは、自分で充実することが出来なくなってきたから。

仕事でも、趣味でも、遊びでも、
自分が満足できることをやり遂げ、
その達成感を味わっているときは、
小さなことでも、イライラしません。

自分が充実できる手段を知っているからです。

嫁と姑、とても狭い範囲の中での問題は、
実は、自分自身の心の安定に、問題があったに過ぎないのです。

では、なぜ、「この人が姑なのか」

それは、あなたがパートナーとして選んだ人が、
自分の生まれてきた目的や使命を達成できると思って、
選んだ両親だから。

パートナーの使命に共感を持っているあなただから、
パートナーのご両親とも、何らかの学びがあるはずです。

パートナーを選ぶとき、
ご両親まで選んでいないと思われるでしょうが、
実は、深くつながっているのです。

あなたの生まれてきた目的や使命は、何なのでしょうか?
パートナーのは?
そのご両親のは?

どこかで、つながっていて、
やっと心が解け合って、
分かり合えていくことでしょう。

あなたのご両親と、パートナーのご両親、
それぞれが刺激しあって、
大きな愛の力が、
魂を成長させ、学んでいるのです。


とても面白いタイトルで、
スピリチュアルメッセージを下させて頂きました。

この機会を頂いたことに、感謝いたします。

何か日常での疑問点などございましたら、
コメントに入れていただければ、
れいめい拳で視てみたいと思います。

下記のコメントから、お入れくださいませ。

           スピリチュアルメッセーンジャー
                   日響 娃

2009年03月19日

意地悪な心

人に意地悪をしたい時ってある?
または、されたことは、ある?

人はなぜ、意地悪な心が芽生えるのだろう?
なぜ、大らかに分かち合えないのだろう?

それは、自分が十分幸せだと感じていないから。
他人と比べて、どこか卑屈になってしまっているから。

愛する人と一緒にいて、
一生満たされた気持ちのまま、
いられるのなら、とても幸せ。

だけど、その時々で、
不安的要素が生じてきてしまう。

問題は、相手ではない。
自分が、感謝することを忘れてしまっているから。

意地悪をしたとき、
相手の困った顔や態度を見て、
スーッとした気持ちになったとき、
相手のエネルギーを奪っている。

自分自身でエネルギーを作れないから、
他人から奪うしかないのである。

でも、自分自身でエネルギーを作れれば、
他人から奪う必要はない。

ではどうしたら、エネルギーは作れるのか。

答えは、かんたん。

楽しいと思ったことを行動しているとき、
自分で莫大なエネルギーを作っている。

気功・太極拳・ヨガ・坐禅・ピラティスなど、
自然と一体になっているとき。

登山やフィットネスなど、身体を夢中に動かしているとき。

また、好きな音楽を聴いたり、映画を観たり、料理を作ったりと、
趣味のことをやっているときなど。

人によって、楽しいと感じることは様々だが、
そう思って行動しているとき、エネルギーは作られ、満たされる。

だが、嫌々やっているときには、それがない。

人に意地悪をしたり、言ったりすることで、
その人からエネルギーを奪い、快感を得ていると、
エネルギーの奪い合いになり、
その循環から、離れられなくなってしまうだろう。

同レベルで、奪い合いをしないで、
自分自身で満たされるよう、日常を過ごしていこう。

まずは、他人と比べないこと。

あなたの日常は、
あなたの気持ち次第で、
どうにでも、変わっていく。

2009年03月20日

色んな道のり

人生には、間違った道は1つもない。
色んな道があり、どれを選んでも、
最後、行き着くところは同じ。

その人生の中で、
何を学んだか、ということが一番大切であり、
金銭的な豊かさや地位や名誉などではない。

心の豊かさは、
金銭では表現できないだろうが、
他人が価値をつけるものではなく、
本人自身が、感じるものである。

素材やデザイン、ブランド名で、価値が変わる世の中、
他人からの目線に満足する生き方は、
もうそろそろ止めにしよう。

自分に合ったものが、1番。

自分自身をもっとよく知り、
分に合った生き方が、1番輝いていく。

あなたは、何を選んでもいい。

苦しみから学ぶのか、
楽しみから学ぶのか、
それさえも、選ぶことができる。

2009年03月21日

~仏教用語:縁 幸せの方角2~

さて、昔から私と付き合いのある鈴木さん、
最近は、中目黒で月1回行なわれている坐禅の会に顔を出される。

「年が明けたら、谷中の七福神巡り(田端を出発して上野の弁天様まで歩く)を
 福本さんが企画しているので、今度ご一緒しませんか。」

坐禅の会の帰り道、お誘いを頂き、
私も谷中方面は初めてだったので、喜んで参加させていただいた。

「福本さんが、懇意にされている方の中に、
 作詞家の石坂まさを先生がいらっしゃり、
 その方の手がけている女の子(歌手:渡部やえさん)が、
 今度『ハイよろこんで七福神』という歌を出すんですよ。
 七福神を巡りながら、三箇所ぐらい歌の奉納をさせていただく予定になっています。」
と、鈴木さん。

「はあそうですか、楽しみですね。」


七福神巡りをしている途中、
歩きながら、福本さんとよもや話をしていると、

「『ハイよろこんで七福神』の歌詞を書いている石坂まさを先生は、
 比叡山の行者、赤山禅院の叡南(えなみ)さんと懇意にしているのですよ。
 一度京都に会いに行ってみないかと、石坂先生に、誘われているんです。」

「叡南さんは、今、
 京都の山科の毘沙門堂の御門主をされている方ですよね。
 実は、私も学生の頃、
 そのお寺で修行させていただいたんですよ、奇遇ですね~。
 今年の正月2日、テレビ東京で、
 仲間由紀恵主演の『寧々~おんな太閤記(ねね おんなたいこうき)』の中で、
 北政所が出家された高台寺の場面、
 あれも毘沙門堂の敷地が使われていましたよ。
 今年は何か毘沙門さんと縁のある年になりそうです。」

などと、話をしていたのが、つい2ヶ月ほど前のこと。

そこで、あの佛像の盗難事件のニュースを目の当たりにし、
驚天動地、晴天のへきれき。

毘沙門さんを介した、人と人との縁、
こういうことを合縁奇縁*4というのかな。
毘沙門さんを介して、何かの力が動いているんだなあ。


ところで、「縁」という言葉をよく耳にする。

「縁起を担ぐ」とか「縁起が悪い」など、
一般的に使われているが、

「縁起」とは、正確には「因縁生起」といい、
あらゆる物事や存在は、互いに影響し合っているという意味である。

「因縁」とは、因(結果を生じさせる「力)と、
縁(それを受けて助ける力)のことを言う。

因縁というと、心因的なものとして使われることが多く、
あまり良い意味で用いられない場合がある。

「因縁をつける」とか、
仏教の根本原理である本来の目的を逸脱した使い方をされる場合も、
多々見受けられる。

あらゆるものは、因縁によって起こり、
そして結末(結果)を迎える。

生があれば、死があるが如し。
その理を素直に受け入れることが、
佛教ではとても大切なこととされている。

その当たり前のことに、あらがうが故、
そこに苦悩が生まれる。

縁なき衆生は、度し難し。
人の忠告に耳を貸さないものは、救いようがない。

因縁をあるがままに受け入れた上で、
分をわきまえ、精進する。

このあるがままに受け入れ、
縁の持つ本来の力に身をゆだねたときに、
縁は思わぬ形で、私たちにそれはこういうことなのだよと、教えてくれる。

病になるには、原因があり、
それは、あなたの日常生活から起きたもの。

そして、病を克服できたのは、
あなたが今までの生活を改めて、その原因を取り除いたため。

心の悩みも、同じこと。

悩んでいる自分を、嘆くより、
その悩む自分も、自分であると認め、
あらがうことをやめれば、
本来の等身大の自分が見えてくる。

悩み苦しむことも、今の自分には、必要だったのだと、
認めることができたときに、
やっと心が軽くなる。


*4:合縁奇縁
   人と人との気心が、合う合わないということは、
   すべてこの世の中に存在する因縁による。


        ~以下、来週の28日(土)へつづく~


今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

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紹介されるコーナーは、
心遍路 ココテン「むずかしそうで じつはかんたん 仏教用語」です。
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仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年03月22日

東京マラソン2009~東京がひとつになる日~

今日もまた、色んなドラマが起こるだろう。

今回は、特別な気持ちで、この大会に臨んでいる。

それは、知人がランナーとして出ていること、
そしてまた、別の知人がボランティアで、お手伝いをしていること。

天候にもよるが、
辛い思い出にならないよう願っている。

参加しようという気持ちが芽生えたときから、
心の中では変化が表れ、
仕事や人間関係も、よりスムーズに運んできただろう。

人は、目標を持つと、断然ヤル気が出る。

今までの120%ぐらいの頑張りをしても、
疲れたと思わない自分がいることだろう。

色んな人たちの思いを乗せて、
スタートは切られる。

アクシデントがあって、完走できなかったとしても、
悔いの残らない思い出として欲しいものだ。

2009年03月23日

キラキラした空間

色が移り変わる。
時間と共に、静かにゆっくりと。

たくさんの商品が、所狭しと並んでいるが、
あなたが手に取った物と、
隣の人が手に取った物とは、同じようでいて、少し違う。

物にも意識があり、
あなたに買われた物は、
あなたに同化しながら、
ゆっくりと変化していく。

身の回りの物すべてが、
あなたと共に、時を重ねていく。

居心地の良い空間は、
あなたの心次第で、
キラキラと変わっていく。

2009年03月24日

WBC連覇達成 優勝おめでとう!

勝ち負けじゃなく、どれだけ一生懸命にやってきたかで、
満足度が違うが、優勝すると、やはり嬉しい。

少しサッカーに押され気味だった野球業界も、
これがきっかけになって、潤っていくだろう。

人の関心事なんて、
あっという間に変わっていく。

ワイドショーやニュースを見ていれば、
一目瞭然である。

他人の評価やうわさに翻弄されないで、
自分が納得できる道を歩くことは、とても素敵なことだが、
周りとの調和も、必要になってくるだろう。

仕事場でも、
友人関係でも、
家庭でも、
わかっているつもりで、
自分だけの頭で判断してしまうことが多い。

このWBCチームは、
優勝という目標に向けて、
それぞれが良い持ち味を出しながら、調和していた。

誰もが目立つわけでもないが、
エラーすれば、カバーするという補う心を持ち合わせていた。

現実の生活の中でも、
「~をする」という目標のもとに、
それぞれが動いている。

意識して行動しているか、否かで、
周りからの援助も、違ってくるだろう。

目標を立て、自分の頭の中を整理し、
自分1人で出来ることなのか、
誰かにSOSを頼まないと出来ないことなのか、
少しアドバイスをしてもらったら、出来ることなのか、
などを、感じ取ってみよう。

一生懸命頑張っている人には、
必ず誰かがフォローしてくれる。

そのフォローを計算して、
手を抜いている人には、
やがて人は、離れていくだろう

2009年03月25日

神が舞い降りてきた

WBC連覇達成で、
今、日本中が湧き上がっている。

今までの試合を振り返れば、
悠々自適とまでは、行かなかった侍ジャパン。

天才と呼ばれたイチローが、
1番苦しんで、もがいていたに違いない。

何も変わることなく、
淡々と練習に励んでいただろうが、
技術が低いわけではないイチロー、
何がヒットにつながらないのか、
本人が1番頭をひねっていただろう。

天才でも、もがくときがある。
だから、平凡な私たちが、もがくのは当たり前である。

落ち込むだけでなく、
どうすればこの壁を乗り越えられるのか、
試行錯誤していく時間が、必要になっていくだろう。

「まあ、いいか!」と自分を許すときも必要。
「どうしてだろう?」と自分を見つめ直すときも必要。

どちらも必要だが、どっぷり浸るのではなく、
バランスを考えていけばいいだろう。

「神が舞い降りてきた」
イチローの勝利インタビューだった。

いつもは、ポーカーフェイスなイチローだが、
このときばかりは、心からの喜んだ笑顔だった。

苦しんで悩んだ末のヒット、
よほど嬉しかったのだろう。

何事も、一生懸命やると、
さわやかな笑顔が、最後に残るのだろう。

侍ジャパン、お疲れさまでした。

2009年03月26日

変化

丹田に手を置くと、
身体の中に、宇宙が広がっているようなイメージ。

そこに意識を集中していくと、
心がスーッと落ち着いてくる。

自分の中から、
新しい自分が出てきた気分。

頭に上った気や、
忙しさからの頭痛が消え、
穏やかな自分が顔を出す。

人は、ちょっとしたきっかけで変わっていく。

日常生活にあふれる出来事だけでなく、
自分が少しでも興味を持ったものは、
この春先に、やってみよう。

意識を持って、時間を過ごすだけでも、
変わるきっかけになっていくだろう。

2009年03月27日

明日サクラの花の下で

明日、仲間たちとのお花見を予定している。

以前は、七輪や卓上用のガスコンロを使って、
魚やきのこのホイル焼きや、焼き鳥、
自慢のお好み焼きや、モツ鍋、うどんなど、
温かい食べ物を即座に作って、楽しんでいたものだが、
昨年ぐらいから、火気厳禁になり、
今年から、ちょっと寂しいお花見になりつつある。

明日の天気予報は、曇り。
気温は低いらしく、防寒対策を念入りにしなければ…。

何か温かい飲み物を…と言ったとき、
仲間の1人が、日本酒の缶で、
すぐに温かくなるものを持っていくと言っていた。

皆それぞれ、面白いアイディアが詰まっている。

それぞれが、何かを持ち寄って、
サクラの花の下に集う。

日本人は、なぜか、この季節が好きらしい。

日常の忙しさから、少し離れて、
穏やかな時間を過ごすことになるだろう。

2009年03月28日

~仏教用語:縁 幸せの方角3~

振り返ると、毘沙門堂でお仕えした、
私の師匠(比叡山、延暦寺一山長老、前 龍王院住職 生田考憲氏)が、
よく言っておられた。

「幸せは、方角に表わすことができる。
 お前、その方角を知っているか。
 東西南北、この中に、幸せは宿っている。」

ああ!毘沙門さんの縁は、
この師匠の言葉に、見事につながっていく。

『幸せは、西にもあらず、
 東にもあらず、
 北みち捜せ、
 南にぞある。』

「本当の幸せとは、
 未来にあるのではなく、
 歩いてきた歩み、そのものの中。

 つまり、南(身の中)にこそ、
 詰まっているのだよ。

 幸せは、
 他に求めるものではない。

 他と比ぶるものでもない。

 隣の芝生は、青く見え、
 欲を出したら、切がない。

 幸せを感じることができるのは、
 お前自身。

 お前の幸せを羨むものはいても、
 お前の幸せは、お前しか感じることはできない。

 だから、今、
 この瞬間に存在する生き方そのものが、大事なのだ。

 これからの幸せを願い、創造し、
 導いてくれるのは、お前自身であることを忘れてはいけない。」

師の言葉がよみがえる。

幸せの見つけ方とは、
「今まであなたが生きてこれたことに感謝し、
 そして、あなたを見守り、励ましてくれた家族や友人、知人、
 そして佛の不可思の力に感謝する。」

それが、私が師から授かった幸せの見つけ方だ。
このことを今、思い出した。

師匠は、16年前にお亡くなりになられたが、
今こうして毘沙門天さまのご縁を通じて、
この言葉を思い出すことができた。

毘沙門天さまと、私のお師匠さまの縁に、
感謝申し上げます。

そして、このコラムを通じて、
師の言葉が、皆さまの目に触れることができたことを喜びとし、
この縁がどこまでも続いていきますように、心よりご祈念申し上げます。

                                koei


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                  日響 娃

2009年03月29日

オンとオフ

アクティブに動き出せる日と、
ゆったりとくつろぐ日があっても良い。

自分の気分しだいで、
その日が決まっていく。

あらかじめ、
やっていくことをメモで書き出し、
優先順位と締切日を付け加えていこう。

いくら自分の気分しだいとはいえ、
社会生活をしている私たちは、
色んな決め事の中で、生きている。

ある程度のポイントを押さえながら、
オンとオフをつけて過ごしてみよう。

2009年03月30日

恋は何色?サクラ色?

春なので、薄いピンク色のマネキュアと、
爪の先にはキラキラと光るラメのマネキュアをつけてみた。

普段は、何もしていない指先が、
手を動かすたびに、キラキラと光っている。

女性は、いくつになっても、
キレイで可愛いものが、好きである。

キラキラと光る爪を見ながら、
なぜか、心が喜んでいた。

気分が落ち込んでいたり、
忙しかったりするときこそ、
好きな服やお洒落をしてみると、
なぜだか心が軽くなっていく。

少し遊びを加えることで、
いつもの日常が違った色となって、
過ごしていけるだろう。

2009年03月31日

人の流れ

色んな人がいる。
色んな思惑を持って、接してこようとしている。

すべて拒否することもなく、
またすべてを何の疑問を抱かずに受け入れることもなく、
自分という確立した個を感じてみよう。

周りの波を感じ、
流れに任せることも大切だけど、
頼りっぱなしでは、自分がなくなってしまうよ。

これからも、人の流れは無限にやってくる。

信念さえ、きちんとしていれば、
1つひとつをじっくり構えて考えなくても、
対応していけるはず。

基本になるのは、自分の信念。
そして、周りの波とのバランス。

きちんと納得して、
調整しながら、1つひとつをクリアしていこう。

失敗もまたありき。
成長の糧として、吸収していこう。

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