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2009年04月 アーカイブ

2009年04月01日

ネーミングライツ「れいめい拳.com崎山駅」

桜の花もちょうど今が見ごろ、
四季の中で最も日本人が喜ぶ華やいだ季節となりました。

皆さん、どこかにお花見にお出かけになられましたか?

高速道路も、週末・祝日は一律千円になり、
定額給付金の配布も始まりました。

どこか政府に乗せられたような気もいたしますが、
それでも、我々庶民にとっては、ささやかな喜びです。

さてこの度、九州にある平成筑豊鉄道が、
ネーミングライツを募集していることを知り、応募してみたところ、
「崎山:さきやま」という無人駅のネーミングライツに当選し、
名前をつけることと相成りました。

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場所は、福岡県京都郡みやこ町、
日豊線「行橋:ゆくはし」駅より、
「直方:のおがた」駅に延びている路線です。

ネーミングは、「れいめい拳.com崎山」駅と致しました。

   20090401-2.jpg


企業も、この不況のあおりを受けて、
色々と知恵を絞っているようです。

次々と地方の交通機関も廃止・統合されていく中で、
頑張っている方々に、少しでも元気になっていただきたいと考え、
ささやかながら私もネーミングという形で、
参加させていただくこととなりました。

九州の方面にお出掛けの際、
お近くを通られましたら、是非お立ち寄りくださいませ。

さて今日は、「れいめい拳.com崎山」駅の誕生の門出を祝い、
そこを訪れる方々の幸福と、このブログをご覧いただいている皆さまの前途に
幸多からんことを祈念して、メッセージをお送りいたします。

れいめい拳.com崎山駅のこれからの繁栄を願うとき、
天空より1条の光が、駅全体に下りてくる。

その光を浴びて、駅全体が輝き始める。
この光に見返りはない。
この駅には、新たに使命が与えられた。
それは、この見返りのない光の波を、
路線を通じて、どこまでも広げることである。


『れいめい拳.com崎山 駅』

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 季節の花が咲き誇り、
 いつも何かしら、少し華やいだ印象を受ける。

 訪れる人たちを、笑顔で迎え、
 心に温もりを感じることだろう。

 れいめい拳を知らない地元の人たちは、
 最初「れいめい拳.com」の看板をご覧になって、
 「何のことだろう」と首を傾げているだろう。

 だがそれも、初めだけのこと。

 地元にとけ込み、安らぎを与え、
 その波は、平成筑豊鉄道の路線を、行ったり来たり。

 やがて、路線がその波で一杯になったら、
 色んな乗換路線へと、
 穏やかな波は伝わっていき、
 少しずつ目に見えての変化が訪れる。

 れいめい拳.com崎山駅

 この駅を訪れた人たちは、
 この変化の波を身体に受け、
 自分の生まれてきた使命を思い出し、
 更なる変化に対応できる精神力を、
 知らず知らずに身にまとう。

 ささやかな光の波は、
 少しずつ人々の心の中に、変化をもたらし、
 ここを訪れる人々を笑顔に変えていく。

2009年04月02日

スピリチュアルメッセージ:2009年4月の運勢

目まぐるしく日々が流れていくが、
それを目で追うことは止めよう。

「見る」のではなく、「感じる」。

いつもは、見落としがちな事柄でも、
色んな角度からそれを感じ取ろうとすると、
深い意味が理解できていくだろう。

仕事でも、
家庭でも、
友人や恋人関係でも、
すべて同じ。

表面的な事柄に振り回されず、
どっしりと落ち着いていこう。

4月は、周りがとても早く変化していくように見えて、
自分自身が焦りがちになる。

行動する前に、
ひと呼吸おいて、
静かに動き出そう。

2009年04月03日

すべては感謝する気持ちから始まる

窓から見える緑色の木々たちを、
ぼんやり見つめながら、
お昼のほんのちょっとした時間をくつろぐ。

仕事と時間に追われ、
頭がフル回転した後の
少しのまどろみに幸せを感じながら、
太陽の温もりと自然に感謝する。

今のこの穏やかな時間に、感謝する。

すべては感謝する気持ちから始まる。

充電できれば、
また忙しい仕事が待っている。

浮き足にならないよう、
メモを取りながら、
1つひとつをクリアしていこう。

2009年04月04日

~仏教用語:鐘(リン)の話1~

さて、皆さんの自宅に置かれている仏壇の中には、
ご位牌と共に、先祖伝来の佛さまもお祀りされていると思います。

昔はとてもきらびやかで、装飾にも凝ったものが多くありました。

現代では、きらびやかさを少し押さえ目にした、
唐木仏壇が主流のようです。

近江の国、今の滋賀県の一部地方では、
今でも家を新築する際には、
仏壇の位置を決め、そこから設計図を起こして、
家の方位やら、形を決めていくというのが、普通に行なわれている所があります。

現代では、家も小さくなり、
ましてやマンションなどに住んでいると、
そのスペースにも限りがあります。

従って、仏壇も小さくなっていくのも道理でしょう。

その代わり、見た目も優れたスタイル性抜群のデザインのものが、
現代仏壇として、登場してきました。

時代が変われば、ご先祖さまのお住まいも、
今風になっていくようです。

さて、仏壇の中には、必ず置いてあるものの中に、
ローソク(お灯り)、線香と共に、
チ―ンと音を発する鐘(リン)が置いてあります。

さて、鐘(リン)は一体何の目的で、
仏壇の中に収められているのでしょうか。

お寺で法事やお葬式などがあるとき、
お坊さんがお経の合間合間に、
ゴーンという音を出すケイスを鳴らしたり、
板状のもの:磬(ケイ)をチーンと叩いたりします。

お経の区切り区切りに音を入れるのであれば、
木の音でも構わないはずですが、
なぜか、金属音を発する音を用います。

はて、何のために?

実は、お経は、厳格に音階が定められているのです。
その代表格といえば、天台宗と真言宗の聲明(しょうみょう)でしょう。

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聲明にも、ドレミファソラシドに相当する音階があります。

宮(キュウ)・商(ショウ)・角(カク)・微(チ)・羽(ウ)が、
これに当ります。

そのほかに、洋楽の平均調律に相当する、
壹越(イチコツ)D・断金(タンギン)#b・平調(ヒョウジョウ)E・
勝絶(ショウゼツ)F・下無(シモム)#b・双調(ソウジョウ)G・
キュウ鐘(キュウショウ)#b・黄鐘(オウショウ)A・バン鐘(バンショウ)#b・
盤渉(バンショウ)B・神仙(シンセン)C・上無(カミム)#b

  0404-2.JPG

これらの組み合わせによって、聲明は成り立っています。

つまり聲明は、厳格な音によって、管理されているのです。

そして、日本の伝統的な浄瑠璃や文楽、能など、
様々な伝統芸能に色濃く影響を与えています。

天台では、大原の三千院の中にある勝林院がこの音、聲明の聖地とされています。

三千院を中心とする一帯を、「魚山(ギョザン)」と呼びます。

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魏の陳思王曹植の時代、ある日、陳思王が魚山に出掛けた折に、
空中より響くえもいわれぬ梵天の声に聞き入り、
たちまち妙意を得、詩句(唄)を作ったとの故事にちなんで、
聲明の聖地のことを「魚山」と呼びます。

実際には、慈覚大師(円仁)によってもたらされた五曲が、
聖応大師(良忍)によって、大原の地で、体系的に整理され、
魚山聲明と呼ばれるようになりました。
(五曲:長音供養文、独行懺法、凡綱戒品、引声念佛、長音九条錫杖)

そこで、この聲明の法要を厳密にとり行うには、
調律された音が必要だったのです。

そこで、チーンというあの鐘(リン)の音が必要になるのです。

        ~以下、来週の11日(土)へつづく~


今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

心遍路のメルマガは、毎週土曜日配信

紹介されるコーナーは、
心遍路 ココテン「むずかしそうで じつはかんたん 仏教用語」です。
   http://5510.jp/bukkyouyougo/

仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年04月05日

失敗は、成功への気付き

大変なときほど、笑顔を心がけよう。

生きていれば、イヤなことだって、遭遇する。

それをクヨクヨしていては、
前に進んでいかない。

失敗は、成功への気付き。

今、気付いたことに感謝して、
新しい気持ちで再出発してみよう。

同じ失敗を、何度も繰り返すことなく、
新しい視線でものを見るきっかけを、意識して作っていこう。

2009年04月06日

責任感

どこまでが仕事で、
どこからが好意?

人は機械じゃないから、
感情面で左右されることが多い。

同じやるなら、気持ちよく、
自分から進んでやるほうが、素敵じゃないかな。

その人の好意で、やってくれたことでも、
どこか中途半端だと、
喜んでいいのか、指摘していいのか、困ってしまう。

帯に短し、たすきに長し

相手の立場に立ってみれば、
必要なことが、見えてくるはず。

やるからには、
中途半端なことはできるだけ避け、
最終チェックもきちんとしておこう。

そのためには、
いつも穏やかな心でいることが、一番必要であろう。

心に余裕を持ち、
相手が求めているだろうことに応え、
それでいて、偉そうでなく普通に過ごしている。

そんな波動を広げていければ、
世の中も変わっていくだろう。

2009年04月07日

一石を投じる

小さな波紋は、やがて届く

新しい波は、地方から、
やがてその波は中央へと戻ってくる。

今、大きな湖の端に、
1つの波を起こした。

この波紋が、
向こう岸に届くまで、
どのぐらいの年月がかかるかは、
誰も分からない。

でもいずれ、届く。

そんな小さな波紋を、少しずつ継続していこう。

やっと自分が思い出した「私が生まれてきた意味」を、
この肉体ある今、存分に発揮していこう。

何も恐れることはない。
何も興奮することはない。

自分が自分らしく、生きていくだけ。

2009年04月08日

お釈迦さま 生誕日

4月8日、
今日は、お釈迦さまがお生まれになった日。

あまりにも遠い昔のことなので、
また、お釈迦さまが、人間として生きていたなんて、
想像すらできない人も、いるだろう。

肉体を持つ、持たないの選択は、
その魂が自由に選べることであり、
魂の位の上下に、比例するものではない。

今では、常識として、認識されているものが、
その当時は、当たり前ではなかった。

「他人の物を盗んではいけない」
今では、当たり前にわかることだが、
当時はそんなことは、なかった。

「人に親切にすること」
今では、当たり前のことだが、
当時は、自分が思えば、親切な行為はするだろうが、
当たり前だと思って、行動する人は、あまりいなかった。

お釈迦さまが説いたこと、
「良いことをしなさい、悪いことはしちゃダメだよ。」

これは、人間の道徳の基本である。

2009年になった今、世の中を見渡してみれば、
一個人にとって、都合の良いように、解釈されていることが多い。

物事は、狭い範囲で考えるのではなく、
広く深く見渡していく必要がある。

もちろん、自分の幸せを感じることが大切だが、
自分の利ばかり追い求めると、
生まれてきた目的を忘れ、
違った人生を歩むことになるだろう。

誰もが、人を陥れようと思って、生まれてきていない。

だが、歩んできた人生の中で、
何が大切なのかを、はき違えてしまったとき、
自分を守るために、そぐわない行為をしてしまうのである。

「良いことをしなさい、悪いことしちゃダメよ。」

この言葉の深い意味は、
地球の変化とともに、
変わってきている。

2009年04月09日

A.Hより愛をこめて~ある故人よりのメッセージ1~

娃先生、
ブログいつも楽しみに拝見させていただいています。

実は、私の友人(AH:女性)が、
先月癌で亡くなりました。

私は、遠方にいたため、
残念ながら彼女の死に、立ち会うことは出来ませんでした。

彼女はいつも笑顔の絶えない人で、
いつもたくさんの友人に囲まれていました。

あと、娘さんが1人います。
今は、親元を離れて、学業の方を頑張っています。

彼女は、癌という病と、
最後まで、笑顔で戦っていた人です。

できれば、彼女からのメッセージを、お聞かせください。

                    ユキコ(仮名)

   20090409-1.JPG


お亡くなりになられたA.Hさんと私の間には、
ここには載せることのできない会話がありました。

A.Hさんより「多くの方に私の今を伝えて欲しい」というご要望もあり、
ユキコさんのご了解もいただき、
登場人物の名前とシュチエーションを若干変えて、
A.Hさんのご家族の方、ご友人の方々、
そして、今病と必死で戦っている方々に、
A.Hさんの思いと共に、
彼女の偽らざる愛のメッセージを、お届けいたします。

長文になりましたので、
今日、明日と2回に分けて、お届けしたいと思います。

                スピリチュアルメッセンジャー
                    日響娃


皆、そんなに悲しまないで。
私は、ここにいるよ。

何だか、びっくりした。
人の命って、あっけない。

歯をくいしばりすぎて、
左の歯が、痛かったよ。

皆が悲しそうに、覗き込むのを見て、
「あ~私、死んだんだぁ~」って思ったよ。

泣きじゃくる娘に、
何度も頭を撫でようとして、撫でれなかった。
抱きしめたくても、身体が通り抜けてしまう。

触れることのできない寂しさ。
今、一番悲しいことだよ。

私の声を、伝えて。
ちょっと先に行ってるって。

今はウソのように、何も痛くない。
身体が宙にふわふわ浮いて、
ほら、回転もできるんだよ。

気功の先生にもらった松のペンダント、今でもつけている。
痛くないのに、クセで未だに子宮に当てがっているよ。

私のために、泣かないで。
死はそんなに悲しいことじゃない。

ちょっとの間のお別れで、
またいつか、会える日が、やってくる。

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東京の皆さん、
東京では、大変お世話になりました。

とても身体が楽になったし、
とても楽しい思い出が、たくさんできた。

私が、病気になったのは、
ず~っと、心の声を無視し続けたせい。

病気になって、はじめてわかる家族や友の愛。

とても幸せなんだなぁと、
私、皆に愛されているなぁと、ひしひしと感じていた。

皆に愛されて、とても幸せだった。
私は、病気になったことで、
人間らしい感情が戻ったのかもしれない。

痛かったけど、幸せを感じられて良かった。

あ~、久しぶりに、おしゃべりができて満足!
私は、皆の側にいるって、伝えて。
だから、美味しいものは、私にも頂戴。


     ~明日へ続く~

2009年04月10日

A.Hより愛をこめて~ある故人よりのメッセージ2~

世の中には、私のように癌と戦っている人もたくさんいる。

そりゃぁ、病気は怖いし、悲しいし、どうにもならないけど、
病気は、私には色々なことを気付かせてくれた。

肉体が無くなっても、私は私として、ちゃんと生きている。
生きているとき以上に。

娘よ、悲しまないで。
私はいつもあなたの側にいるよ。

仕事仲間にも、あなたから、
「お母さんは元気だから、心配しないで」と、伝えておいてね。

今は、心も身体も自由でいっぱい、桜の花もきれいだね。

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これが、私が肉体から離れてからの思いです。

死は、最初怖かったけど、
今は受け入れられる。

病気で苦しんでいる人も、
こんな私の今がわかれば、
少しは勇気も出るかも。

誰か伝えて。
生きることは、今しかできないよ。

ホッペをつねって見て、痛い?
それが生きてるってこと。

元気出そうよ、悲しまないで、笑って、笑って。


娘よ、友よ、愛して愛されて、愛だけが残った。

ありがとう、愛をこめて。       A.H



以上が、A.Hさんよりのメッセージです。

本文ではもちろん、
娘さんのことは、「娘」ではなく、実名で呼んでいます。
ご友人の名前も、実名で呼びかけられていました。

普通、このような形で、
故人のメッセージを表に出すことはありませんが、
故人並びにご友人のユキコさん(仮名)のご意向もあり、
特別に出すことにいたしました。

このブログをご覧になられた癌と戦っている方々に、
少しでも元気を取り戻していただきたい。
そこから学べることの大切さを、A.Hさんは望んでおられました。

彼女の心よりのメッセージを受け取ると共に、
愛すべき笑顔の絶えないA.Hさんを、
私たちは、忘れることはありません。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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                          スピリチュアルメッセンジャー
                               日響娃

2009年04月11日

~仏教用語:鐘(リン)の話2~

聲明をとり行うには、
先週お話をしました、壹超(イチコツ)から始まり、
上無(カミム)に至る12律が必要になります。

つまり鐘(リン)は、
今で言う音叉(オンサ)の役割を果たします。
従って、調律された鐘(リン)は、厳密にいうと12個必要になるということです。

天台の法要では、特にその法要の導師のことを、
調聲(チョウセイ)と呼び、最も重要な地位を与えられています。

法要の成否は、
調聲の振るうタクト、
発音(ホットン:調聲が発する最初の調律された音)によって、
様々なお経や聲明、鳴り物(木魚・ドラ・妙鉢(シンバルのようなもの)類によって、
えもいわれぬ混然一体となった世界を作り出していきます。

近頃では、聲明の音楽性は、お寺を飛び出して、宮内庁の雅楽と協演したり、
国立劇場での公演やヨーロッパに渡っての公演、
またグレゴリオ聖歌とのコラボレーションといった形でも、
一般の方の前に披露されるようになりました。

これもひとえに、音と音階というものを忠実に守り続けてきた先人のお蔭です。

聲明は、秘曲と呼ばれるものを除いては、
CDでも聞けるようになりました。

時代と共に、佛教音楽もそれなりに発達を遂げてきたのですね。

一度機会がありましたら、是非お聞きになってください。

皆さんが、仏壇の前に座り、チーンと鐘(リン)を鳴らす。

その音は、ご先祖さまと皆さんをつなぐ音としての役割と共に、
いにしえより堅く守り続けられた厳格さというものが、存在したのです。

(蛇足)三千院の南の坂道を辿ると、来迎院に至ります。
    さらに奥に進むと、2つの川が流れています。

    来迎院の前を流れている川を「呂川」、
    本堂勝林院に向かう川を「律川」といい、
    この2つは、聲明のゆったりした流れ「呂曲」、
    テンポ良く流れる「律曲」とを、2つの川の流れに見立てたものです。

    この2つの曲を使い分けられないお坊さんのことを、
    呂律の区別がつかない、つまり音痴と小バカにした言葉が、
    いつの間にか、お酒を飲んで何をしゃべっているのか、
    聞きづらい人という意味で、今では、「ろりつ」→「ろれつ」が回らないと
    変化してきたようです。

意味を知って、チーンという鐘(リン)の音に耳を傾けてみると、
平安の頃より続く音色に、
奥深い先人の叡智を垣間見る思いがいたします。


今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

心遍路のメルマガは、毎週土曜日配信

紹介されるコーナーは、
心遍路 ココテン「むずかしそうで じつはかんたん 仏教用語」です。
   http://5510.jp/bukkyouyougo/

仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年04月12日

未来は広がっている

人の心は、浮いたり沈んだりしながら、
日常生活の中から、学び得ようとしている。

悩み・迷うことは、変化できるきっかけ。

落ち込むだけで終わることなく、
少し休んだら、一歩前に出る勇気を持とう。

あなたの今の悩みは、
あなたが解決できるカギを持っている。

あとは、そのカギを、いつ回すかだけ。

タイミングを見計らって、
ゆっくりと回してみよう。

未来は広がっていくよ。

2009年04月13日

大切なことは、どう使って活かすか

皆それぞれ、願望があるだろう。

独身だったら、彼氏・彼女が欲しいとか、
体調が悪ければ、健康になりたいとか、
仕事を成功させたいとか、
お金持ちになりたいとか、
希望する学校に入りたいとか、
希望する企業に入りたいとか…。

また、子供の頃の夢を思い出せば、
スポーツ選手や芸能人など、無限大に夢は広がっていく。

大切なのは、そうなったとき、
あなたは、どうするのか。

物や地位を求めてしまうと、
それを手にしても、次の願いが湧き起こる。

「ただ単に、幸せになりたい。」という願い。

「では、今のあなたは幸せじゃないの?」
「何があれば、幸せと感じるの?」

それを手にした後、また新しい悩みが生まれるだろう。

人の欲は、尽きることなく、
1つをクリアすると、またふつふつと湧いてくる。

自分の今を、客観的に見て、
進む道を感じ取ろう。

大切なことは、
物や地位ではなく、
あなたの心だと、わかってくるだろう。

お金であっても、
地位であっても、
どう使うかで、活きるか否かが決まる。

どう使うか、それはあなたの心次第である。

2009年04月14日

心を癒す言葉

人の言葉って、不思議。

元気になったり、
落ち込んだり。

できれば、自分から発する言葉は、
その人のヤル気を、引き出していきたい。

温かな心は、必ず伝わる。

誰もが、発することができる。

きっと、あなただって。

2009年04月15日

変わるきっかけ

同じ姿勢でずっといると、
身体に負担がかかってしまう。

わかっていても、
どうにもできない日常のクセ。

頬杖をついたり、
足を組んだり、
重いカバンを肩に掛けたり…。

また、テレビやパソコンの位置なども、関係ある。

1ヶ月に一度、自宅で座る位置を変えてみるとかすれば、
また違った目線になっていくだろう。

今一度、自分の日常生活のスタイルを、
見直してみよう。

変わるきっかけは、いつも日常生活の中。

2009年04月16日

嬉しい気持ち

相手を認める嬉しさ

相手から認められる嬉しさ

お互いが正直になって、
真摯に対応していれば、
いつか必ず、願いは叶う。

人間の感情は、単純にできていて、
嬉しくなったり、
悲しくなったり、七変化。

何事も、○○過ぎないように、
心を落ち着けて、過ごしていこう。

プラスのことでもそう。
喜び過ぎると、地に足が着かず、判断力がにぶる。

悲しみ過ぎると、覇気がなくなり、ヤル気が出なくなる。

丹田に、気を落とし、
なりたい自分・将来の自分像を心に描き、
淡々と時を過ごしていこう。

2009年04月17日

探し物、見つかった?

同じ目線で、考え込んでいても、
解決できるきっかけは、見つからない。

気分転換に、ちょっと外に出て、
1人だけの時間を取ってみよう。

忙しいとき、
仕事が山積みのとき、
悩み事がたくさんあるとき、
人の思考回路は、麻痺をしてしまう。

気分の切り替えは、
環境を変えることで、少し緩和される。

キレイなものを観たり、
美味しいものを食べたり、
ちょっと足を伸ばして散歩してみたり…。

人によって、リラックスできる手段は様々だが、
そのリラックスの仕方がわかっていると、
次のステップに進むのが怖くないだろう。

探し物は、頑張って探さなくても、
ふとした拍子に、見つかっていくよ。

2009年04月18日

~佛教用語:お香の話1~

お数珠、鐘(リン)と続いて、
私たちの身近にある佛具の中では、お香もその1つですね。

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ローソクに火を灯し、お香に火をつける。
スーッと白い糸のような煙が立ち上り、辺りを荘厳な景色へと、変化させていく。

香りの不思議。

今ではお線香に限らず、
天然の素材より抽出したアロマオイルと呼ばれる、
香のエッセンスを楽しむ方が増えています。

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私も先日アロマポットに加湿機能がついたものをいただきました。

電源を入れると、細やかなミストと共に、
ほのかなユーカリの香りが、部屋一杯に広がっていきます。

何とも言えない鼻筋から頭に抜けていくようなスッキリした香り、
七色に変化するライトの光とあいまって、
いつの間にか、心地よい眠りにいざなってくれます。

その昔、インドのバラモン(お坊さん)は、
旅をするときに、香りの良い葉や花、木の実などを拾い、乾燥させ、火に投じ、
佛に祈りを捧げる儀式に用いたのが佛教のお香の始まりではないか、と言われています。

その後人々は、お香の原料になる様々な香木を発見していきます。
代表的なところでは、白檀、沈香、伽羅などを原料として、
そのまま用いたり、練って線香の形にして、使いやすくしたりと、
様々な工夫を加え、今日に至っています。

  白檀
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  沈香
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  伽羅
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珍しいお香の材料としては、抹香(マッコウ)が挙げられます。

これはまさに、マッコウクジラのフンであり、
めったなことでは手に入らない原料の1つです。

よく、お坊さん抹香臭いなどとも、言われますね。

またお経を唱える際に用いる塗香(ズコウ)、
これは主にお坊さんがお堂に入る前に洒水(シャスイ)で身を清めた後に、
粉になったお香を右手の人差し指と中指につけて、
まず、額と口を清め、手をこすり合わせて、手を清め、
後、身体に塗りつけるような作法を行い、お堂の中に入って行きます。

また珍しいところでは、
時香炉(ジコウロウ)というものがあります。

大きな四角形の形をした香炉の中に、
平らに灰を敷き詰めて、形を押します。

ちょうど四角い迷路のようにつながったもの
(蚊取り線香の四角版というようにイメージしてください)を、
四通りつなげる、1辺は、約6時間かけて燃えるため、
およそ24時間燃え続けるというものです。

その他にも、
茶道にもあい通ずる香道が発達し、
今日にも、その伝統は受け継がれています。

人の飽くなき探究心は、
香りを楽しむということを文化の域にまで、昇華してしまいました。

浅草の観音様や、善光寺等の大寺の前には、
大きな香炉が置かれており、始終線香の香りが立ち込めています。

本来、お寺でお香が焚かれるのは、
その場所を清め、自身の身を清め、
香の香りを佛さまに献上するために、行なわれる行為が、
今は少し御利益信仰に走りすぎるきらいがあるようです。

佛さまに献じた芳香や煙を手で手繰り寄せ、
頭にこすりつけたり、身体につけたりと、
ついついしてしまいがちです。

この香の効用は、
一休さんも、香の十徳という形で、
後世に伝えています。

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香の十徳
  1.感は鬼神に格る(いたる)(鬼も感動する)
  2.心身を清浄にする
 3.よく汚穢(おわい)を除く(汚れを取り除く)
  4.よく睡眠を覚ます
 5.静中に友をつくる
  6.塵裡(じんり)に閑を偸む(ぬすむ)(仕事場でも一息つける)
 7.多くても飽きない
  8.すくなくても足りる
 9.久しく蔵めておいても朽ちない
10.常に用いても障りがない


佛教には、諸々な作法にも意味があり、
滝行や食事作法、トイレに至るまで、
決め事やそのとき唱えなければならないお経が定められているのです。

        ~以下、来週の25日(土)へつづく~


今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

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紹介されるコーナーは、
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仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年04月19日

香りの好き嫌い

人によって、香りの好き嫌いは様々。

香水や芳香剤も絡まって、
家やお部屋独特の匂いが、空間を支配している。

滞っている臭いは、
誰もが、不快な気持ちになる。

臭いの元となる汚れやごみを取り除き、
部屋に新鮮な風を取り入れていこう。

芳香剤より、消臭と換気が、
空間には必要だろう。

また、お腹が空いているとき、料理の匂いはそそられるが、
お腹が一杯になると、匂いを嗅ぐのも気持ち悪くなる。

精神面・体調面によって、
同じ匂いでも、受け取る感情が、違ってくる。

料理の匂い
お香の香り
アロマの香り
山を歩いていると、草の香りが鼻につく
海の潮風の香り

香りをイメージするだけで、気持ちが変わっていく。
不思議なものである。

2009年04月20日

忙しい時ほど、時間を取ろう

忙しい時ほど、心を落ち着ける時間を取ろう。

焦ると、二度手間、三度手間に、なり兼ねない。

今抱えている仕事をシミュレーションして、
時間の係るもののうち、
自分だけの処理なのか、
誰かに託すことが出来ないのかなど、イメージしてみよう。

自分1人ですべてが出来ればいいだろうが、
時間との戦いであれば、尚のこと、
周りの人の智慧を少し借りてみよう。

頭の中に入っているたくさんの処理すべきものを、
一度メモに書き出してみよう。

自分の頭を整理しなければ、
周りに伝えていくことはできない。

忙しいだろうが、
ひと呼吸おいて、
心を落ち着けていこう。

2009年04月21日

見つめ直すとき

筋を違えると、
わけのわからない方向へと、
話が発展してきてしまう。

何が大切か、
何を優先していくのか、を
きちんと考えていこう。

いつもの日常スタイル、
でも、それが本当に、それでいいものなのか。

日常生活を、何の気なしに送っていると、
何の疑問も抱かずに、ただ淡々と過ごすのみ。

一度立ち止まって、
この日常を見つめ直してみよう。

見落としている何かに、気付いていくだろう。

2009年04月22日

行き違い

人との意見が違って、
それが今は拒否されたとしても、
自分や相手の今後を見定めておけば、
お互いに納得のいく結果となるだろう。

お互いが、お互いを思いやる心を持つ。

今までのことに感謝をし、
その気持ちを、持ち続ける。

未来は、広がっていく。

2009年04月23日

準備は大丈夫?

何かを始めるとき、
色々な準備が必要になってくる。

頭の中でゴチャゴチャ考えないで、
書き出していこう。

もし仲間と一緒に行動を起こすのなら、
頭の中は、一緒にしておいた方がいい。

それぞれ必要事項を書き出し、
意見交換をし、抜けているところがないが、
チェックしていこう。

シミュレーションは、とても大切。

何事も、シミュレーションすることで、
後悔のない行動が出来ていくだろう。

2009年04月24日

空を見上げて

爽やかな春の風が、頬をなでる。

まだ暑さを感じないぐらいの、
太陽が微笑んでいる。

空を見上げると、
大きな流れを、感じ取れ、
心が広がっていく。

日常生活に追われていると、
どうしても下を見て歩いていることが多い。

空を見上げることなんて、
あまりなくなっている。

たまには、空を見上げ、
大きな流れの中に生かされている自分を感じ取ってみよう。

2009年04月25日

~佛教用語:お香の話2~

前回に引き続き、
今回は、お焼香するときの経文についてのお話をいたします。

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焼香偈(ショウコウゲ)

    がんしこうげうん   へんまんじっぽうかい
  1.願此香華雲     遍満十法界

    むへんぶつどちゅう むりょうこうしょうごん
  2.無遍佛土中     無量香荘厳

    ぐそくぼさつどう   じょうじゅにょらいこう
  3.具足菩薩道     成就如来香


これは、お焼香するときに用いる焼香偈(ショウコウゲ)という偈文(ゲモン)です。

お坊さんは、お経を唱える前に、
お香を佛さまにお供えし、その場所を香りで清め、(道場荘厳)
佛さまを供養するための諸々の作法に入ります。

そのときに、この偈文を唱えながら、
お焼香を行ないます。(3回、微音で行なう)

一般的に私たちがこれを知っておいて、役立てる機会があるとすれば、
主に、お葬式や法事などのときでしょう。

また、霊場巡りで訪れたお寺や、
旅の途中で立ち寄った名刹、古刹等の寺、
家の中では、仏壇の中のご先祖さまに、
お灯りや経文、供物をお供えするときなどにも、
お使いいただけると思います。


例1:お寺や霊場巡りで用いる場合


  いっしんちょうらい じっぽうほうかい じょうじゅうさんぼう
  一 心 頂 礼     十 方 法 界    常 住 三 宝     と、3回唱える。


  そのとき、1回目、2回目、3回目と唱えるときに、以下のように念じる。

  1. 一心に佛に深く帰依し、奉る。
  2. 一心に法に深く帰依し、奉る。
  3. 一心に僧に深く帰依し、奉る。


  また、時間のないときは、
  偈文を一度に、微音にて、3回唱え、
  佛・法・僧に深く帰依し、奉ると念じる。


例2:お葬式や法事のときなどに用いる場合


  この頃は、時間の制限もあるため、
  お焼香の時間も短縮され、「1回にしてください」とよく言われます。

  また、お宗旨によっては、
  「1度で充分ですよ」と言われるところもありますので、
  厳密に3回行なわなくても、良いようです。

  まず、焼香台の前に至りましたら、
  合掌し、一礼
  右手でお香を一つまみし、その下に左手を添える。
  そして額の高さにうやうやしく持ち上げた後に、香炉に投ずる。

  1投目
    がんしこうげうん   へんまんじっぽうかい
    願此香華雲     遍満十法界

    お亡くなりになられた故人を慰霊する意味を込めて。

  次いで、2投目

    むへんぶつどちゅう むりょうこうしょうごん
    無遍佛土中     無量香荘厳

    お亡くなりになられた故人のご家族に対して、弔意を表わす。

  3投目

    ぐそくぼさつどう   じょうじゅにょらいこう
    具足菩薩道     成就如来香

    故人がお世話になった方々や地域社会に対してお礼の意味を込めて行なう。


  このお焼香を、1~3投目まで行ないましたら、
  両手を合わせ、合掌し一礼、
  最後に、故人やご家族、ご親戚の方々に一礼して、その場を退きます。


  人の死を悼むこと、
  ましてや、それが身内であり、友人であった場合は、とても辛いことです。

  せめて、私たちができることは、
  お亡くなりになられた方のために、
  安らかにお浄土へ旅立たれることを、心より祈ることぐらいです。

  このように、お焼香は、意味を知って行なえば、
  1投でも良いし、時間が許せば、3投行なっても良いということになります。

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お香には、
その場を荘厳し、身を清めるという意味や、
香りを楽しむという意味、
人の死を悼むという意味まで、
今では広く用いられるようになりました。

人は時々に応じて、
様々な使い分けを行なっています。

どうぞ、皆さまも、お香を焚く折には、
この焼香偈の偈文などを、思い出していただいて、お役立てください。

立ち上る白い煙と、芳香の中に、
今日の1日の幸せを願い、
佛さま、ご先祖さまに、感謝の念を捧げる。

この香に、すべてを託して。


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                  日響 娃

2009年04月26日

光の雫

光の雫が、スッと落ちる。

華やかでなく、何事もなかったかのように。

でも、内に入った光の雫は、
成長を重ね、徐々に光り輝いてくるだろう。

大きな変化は、急にはやってこない。

知らず知らずのうちに、
変化していることに、やがて気付く。

2009年04月27日

何事も、慌てないこと

色んな出来事が、目の前にやってくるだろう。

何を先にやればいいか、考える暇もなく、
答えを求められていることだろう。

慌てると、必ずミスをする。

1つひとつをじっくり考える暇はないかもしれないが、
出来るだけ、違う目で見直すことを、心がけよう。

間違いは、誰にでもある。

早くその間違いに気付くこと。

そして、それを早く訂正すること。

何事も慌てないで。

冷静になれば、見つかっていく。

2009年04月28日

明日のスポーツ報知に、坐禅体験イベントの告知が掲載されます

報知新聞協力の坐禅体験イベントの告知が、
明日4月29日のスポーツ報知で、掲載されることになりました。

石原裕次郎の記事の隣「ナビゲーション」です。

このイベントは、
5月30日(土) 午後2時~4時
東銀座の築地社会教育会館にて、行なわれます。

もし宜しかったら、明日のスポーツ報知を
ご覧くださいませ!

取り急ぎ、ご連絡申し上げます。

                        日響娃

2009年04月29日

人の気が、漂っている。

良いものも、良くないものも、
何の区別もなく。

左右されないで、
受け流すことが、大切になるだろう。

静かに瞳を閉じ、
丹田に気を落とし、
ゆったりとした時間を持ってみよう。

この気に、たゆたっていれば、
気持ちよく感じ、
動じることはない。

いつも冷静な自分でいよう。

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