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2009年05月 アーカイブ

2009年05月01日

スピリチュアルメッセージ:2009年5月の運勢

色んな動きが慌しく変化するが、
根本的なことは、何も変わっていない。

自分がどの位置で、
何をしていくのが一番いいのかを、理解できれば、
後は表現を変えていくのみ。

目先の忙しさで、振り回されてしまうと、
自分を見失い、仕事に追われ、辛い…というマイナスのイメージを抱くだろう。

いつも心に思うことは、
自分が根本的に求めていることは、何か。
何をすることで、喜びを得るのか。

答えは急いで出す必要はないが、
自分の中で、ぼんやりとしていると、
いつまで経っても、堂々巡りに入ってしまうだろう。

思い出してみよう、自分の喜びを。

少し休みの時間が取れたなら、
自分と向き合う時間を作り、
心を落ち着けてみよう。

2009年05月02日

~佛教用語:般若湯(お酒)と3つの修行~by koei

4月25日朝、ニュースを見ようとテレビをつけると、
SMAPの草薙くんが、謝罪会見を行なっていた。

相変わらず、ほぼ全チャンネル横並び、
私もお酒はたしなむというより、かなり好きな方である。

度が過ぎることも、度々あり、
二日酔いでというよりは、反省という意味合いで、
頭を抱えることの方が多い。

今回の事件、やはり有名人ということもあり、
報道の加熱もすさまじい。

私が酔っ払って大声を上げ、
周り近所の方に、ご迷惑を掛けても、
これほどのことにはならないし、
お巡りさんからも、「さっさと服を着て家に帰りなさい」と、
お叱りを受ける程度。

もしくは、トラ箱(留置場)に一晩留め置かれ、
お小言を頂戴するのが、関の山。

しかし報道によると、草薙くん、
お巡りさんと少々もめ、
ビニールシートでぐるぐる巻きにされ、
御用となったようだ。

社会人としての自覚に欠け、
周り近所の方に、ご迷惑をかけたことについては、
私も少々どうかなと思うこともあるが、
薬物検査を行なわれ、家の家宅捜査まで行なわれるとは、
怖い世の中になったものだと思う。

草薙くんは、今、言葉を1つひとつ選びながら、
ゆっくりとしゃべっている。

これから彼は、社会的な責任を、負っていかねばならない。

いつ復帰できるかどうかは、わからないが、
きっとプレッシャーに打ち勝ち、
もとの自分を取り戻していってくれることだろう。

   0502.JPG


さて、佛教用語の隠語の中に、
般若湯というものがある。

いわずも知れた、お酒のことである。

お坊さんは、得度のときに、
戒を授けられ、お酒は禁止されているが、
なぜこうも堂々とたしなまれているのであろうか。

しかも、お坊さんが、お酒をたしなむことなど、
今や公然の秘密などではなく、
誰でもが知っていること。

まあ仕方がないと、半場呆れられているのが現状だ。

佛教用語で、般若といえば、
真実を見抜き、悟りへ導くための知恵という意味である。

今、佛教の流れの中には、2つの潮流がある。

1つは小乗佛教、1つは大乗佛教。

小乗佛教は、南方佛教とも呼ばれ、
タイ・ミャンマー・ラオス等を中心に栄え、
250の戒律を持つ。

大乗佛教は、北方佛教と呼ばれ、
中国・韓国・日本などに今伝わっており、
48の戒律を持っている。

小乗・大乗のお話は、いずれしたいと思いますので、
ここでは、割愛させていただきます。

いずれにしても、250戒、48教戒の立場をとる小乗佛教・大乗佛教といえども、
修行の妨げとなるお酒は、かたく禁じられています。


「不許葷酒山門」

葷酒(くんしゅ)山門(さんもん)に入(い)るを許(ゆる)さず

お酒だけではなく、
臭いが強く、精力がつくもの。

にんにく、ネギ、ニラ等も、禁止されています。

お経を読み、作務を行なえる程度の体力さえあれば、
修行には十分というのがその考え方です。

私の師も、結構お酒は好きな方でした。
よくお酒を飲みながら、私を含めた小僧たちに、
「いいか、修行には、3つの行がある。

1つは、世の中の人が、修めるのが業である。
 従って、わざ(業)を修めると書いて、修業という。
我々僧侶が、修めなくてはならないのが、行いであるがゆえに、修行と書く。

もう1つは、世の中と僧とがよく交わり、
広く佛の教えを広めるために、酒の行もまた、必要なのじゃ。ハ・ハ・ハ」と笑われる。

結局、仏典・経典・戒・律、どこをどう探しても、
お酒は禁止と書かれてあっても、
飲んでよしとは、書かれていない。

小乗佛教は、絶対に飲んではいけないが、
大乗佛教なら、少々は許される。

そんなわけはないのである。

般若湯の言い訳は、
古来より取り繕われてはいるが、
なかなか佛教界にとっても、悟りと同じように、遠く、
その解を見出すことはできない。

お酒は、ほどほどに。

そして楽しくたしなむ程度が、
今のところ、一番の解決法なのかもしれない。


注(1)般若湯:はんにゃとう
    お酒は快楽を得るために飲むのではなく、薬と捉え、
    智恵の湧き出ずるお湯という解釈に基づき、
    「般若湯」と呼ばれるようになった。

 (2)五戒:ごかい
    佛教徒が守るべき規則

    1.不殺生戒:ふせっしょうかい
       むやみには、殺してはいけない。

    2.不偸盗戒:ふちゅうとうかい
       盗んではいけない。

    3.不邪淫戒:ふじゃいんかい
       姦通を働いてはいけない。

    4.不妄語戒:ふもうごかい
       ウソをついては、いけない。

    5.不飲酒戒:ふいんしゅかい
       お酒を飲んではいけない。



今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

心遍路のメルマガは、毎週土曜日配信

紹介されるコーナーは、
心遍路 ココテン「むずかしそうで じつはかんたん 仏教用語」です。
   http://5510.jp/bukkyouyougo/

仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年05月03日

れいめい拳とは

魂が肉体を選んで、生まれてきた。

魂同士の時は、分かり合っていても、
肉体に宿ると忘れてしまう。

魂は皆、同じところからやってきて、
同じところへ帰っていく。

その間の瞬間を、
成長したいがために、肉体を持つ。

れいめい拳は、
あなたが生まれてこようとした目的・使命を思い出させ、
この人生でそれが果たせるよう、手助けをしていく。

決して無理強いではない。
本人が望むタイミングと、本人が響く言葉で。

多種多様な人物に対応するため、
色んなことを求められていくだろう。

『れいめい拳』と心でつぶやくと、
そんな言葉が、つらつらと出てきた。

これを読まれた方は、
どんなことを、感じるのだろう。

2009年05月04日

その使命とするところ…

大きなものに見守られ、癒され、
同じように皆生きている。

宇宙とつながり、その波動を出し続けること。

堂々と、その場にいて、発信し続けること。

やがて、人々は、同じような心を抱き、
同じように、発信を始める。

地球上にいるたくさんの人たちが、
同じように、発信し始めれば、
地球の芯に届き、
地球全体が、その波動に包まれていくだろう。

地球の意識に語りかけ、
大いなるものの意志を思い出させること。

地球もそのとき、手を挙げて、
自分の中で成長する魂の場を提供することを約束した。

今は、自分勝手な人間たちに目がいき、
自分から手を挙げたことを、忘れている。

それを思い出させること。

根本を思い出せれば、マイナスの方向へは、進まない。

2009年05月06日

人の気持ちとタイミング

人の気持ちとタイミングは、
こちら側では、無理強いできない。

すべての人が、自分が主人公の人生。

だから、決めるのは、自分のみ。

誰かに頼って、教えを請うてみても、
実行した責任は、自分にある。

今静かに、瞳を閉じて、
自分の心に、問うてみよう。

今の自分、これからの自分、
そして、そのときの周りの人たち。

もっと大きなイメージを持つと、
そこに係わっている環境も。

自分が行動するとき、
すべてのものに、影響が出る。

良いこと、良くないことも、
すべてが必然である。

一歩一歩を踏みしめながら、
静かに歩いていこう。

2009年05月07日

れいめい拳のなさんとすること

人は何を与えられて、喜びを得るのか。

ついつい目先のことに目を奪われがちだが、
それが、肉体を持つ者の性。

日常に満足できない人に、
心の徳を解いたとて、馬の耳に念仏。

では、日常に満足できるように、
まず、導くことが先決なのだろう。

自分で考えることの難しさ、
責任がとれないため、
現代人は、人の言葉に頼り、従っている。

誰かのアドバイスを聞き、
また違う人のアドバイスを聞き、
悩んでいるふりをして、時間を費やすことで、
悩みが薄れ、やがて、忘れていく。

時が解決するとは、よく言ったものだ。

すべては、感情からくる悩みだから、
時が解決してくれる。

では、我々は、何をなしていくのか。

本人の悩みや求めていることを、段階に分ける。
その人のクセや行動パターンから、解決法を教える。

では、何を基準にパターン化して、
少しずつ個性の違う人々に対応していくのか。

色んなやり方がある。
決め付けてはいけない。

新しいパターンが見つかれば、
それはすぐに認めて改善する。

古来からの教えと智慧を司ったもの。

今、体系を作らなければ、
地球の芯に届ける使命(天命)は、果たせない。


人が、自分たちの営みに満足し、
心に余裕が出来てくると、
地球が思い出すことに、力を発揮するだろう。

2009年05月08日

時間

時間は、皆に平等にくる。
どう使うかは、その人に託されている。

周りが何を言おうとも、
本人が納得して費やす時間なのだから、
何も言うことはない。

ただ、「流されるな」
一言のみである。

2009年05月09日

~佛教用語:佛縁「ある法事の出来事1」~by koei

4月18日、よく晴れた清々しい日、
八重桜は今が満開、ソメヨシノとはまた違った艶やかさで、
私たちの目を楽しませてくれている。

今日は泊りがけで、
私の友人の奥さまのお父上の三回忌の法事に、
伊豆高原へと、出掛けている。

IMG_0482.jpg

私の友人は、平等寺という、少し変わった名字の持ち主である。
実家は代々お寺さんの家系であるそうだ。

彼の父親が、本来お寺を継ぐはずのところ、
次男さんにお寺を譲り、自分は別の仕事に就いたため、
名字は、平等寺という有難いものを持ってはいるが、
まったく佛事には、縁遠く、お経を読むことすらしたことがない。

しかも、今回お弔いをする奥さまのお父上も無宗教、
戒名もつけていないので、普通のお寺さんには相談しにくいという事情もあり、
私に白羽の矢が立ち、一周忌、三回忌と、お弔いを引き受けることになった。

このお亡くなりになったお父上、もとは九州のお生まれで、
山口県の海運関連のお仕事に就かれており、
何よりも海に生き、海を愛した海の男であったそうだ。

そして、ご遺言は、
「私が亡くなった後は、その骨を海にまいてほしい」とのことで、
そのご意志に従い、今でも珍しい海上での散骨が行なわれた。

散骨といっても、海辺で行なうわけにも行かないので、
かなり遠くまで舟を頼み、色々と苦労して行なわれたそうである。

今回は、そこまでのことは出来ないので、
小田原のとある海岸より、海に向けて弔いのお経を上げ、
花をたむけるといった一風変わった法事を執り行った。

よく晴れた海風の、心地よい穏やかな海を眺めながら、
しばし故人の徳を偲び、
その足で、伊豆高原へと向かった。

友人の意向で、そこで1泊し、
宿の部屋にて、友人ご夫妻とそのお母上、私と妻の娃の5人で、
もう一度お経を上げ、無事に三回忌の法要を済ませることができた。

さて、ここから不思議な話が始まることとなる。

IMG_0496.jpg

その前に、皆さんは、ネーミングライツという言葉を、
耳にしたことがおありだろうか。

例えば、ソフトバンクホークスの本拠地である福岡ドームに、
ヤフーが名前をつけて、今は、「ヤフードーム」と呼ばれている。

このように、企業が名前をつける権利のことを、
ネーミングライツと呼ぶ。

私の妻の娃は、『日響娃:ひびき あい』という名前で、
スピリチュアルメッセージというものに携わっている。

テレビ朝日の番組で、「オーラの泉」というのをやっているが、
三輪明宏さんの相方の江原啓之さんの行なっているようなことだと
思っていただければ、理解しやすいと思う。

妻は、hpも出しており、
そのタイトルを『れいめい拳』という少し変わった名前で、活動を行なっている。
(詳しくは、れいめい拳のhpを参照してください)
   www.reimeiken.com

このほど、九州にある、平成筑豊鉄道という会社が、
この春より社内のシステムを若干変更し、それに伴って、
「行橋:ゆくはし」より「直方:のおがた」に延びている路線の各駅に、
ネーミングライツを募集していることを、報道番組で知り、早速応募してみたところ、
運よく「崎山」という無人駅に名前をつける権利を得ることが出来た。

IMG_0503.jpg

本来は、その土地に根ざした企業や商店、学校などが対象となることになっているのだが、
とにかく、一番最初に申し込んだのが、妻であったらしく、
先方も気をよくされ、親切にもこの「崎山」という駅を薦めていただいた。

平成筑豊鉄道も、この不況のご時勢、
少しでも会社が良くなればと、あれやこれやと知恵を絞って、孤軍奮闘している。

そんな報道を見てのことであり、
私たち2人も、何か応援できたらいいねと、申し込んだ次第である。

そのようなわけで、
4月1日付で、この駅の名前には、
『れいめい拳.com崎山』という駅名が誕生した。

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早速、友人らにこのことを話したり、メールをしたところ、
エイプリルフールということもあり、
「またまた~ウソばっかり」という反応が大半であった。

(この話は、4月1日の『心星キラリ』のブログに出ておりますので、
 宜しければ、ご覧ください。 傑作なコメントも入っております。)

「ま、しょうがないよね」
それに併せて、私の名刺の裏に、
『げんじいの森 ← れいめい拳.com崎山 → 犀川:さいがわ』というのを入れてみた。
ほんの遊び心のつもりである。


        ~以下、来週の16日(土)へつづく~


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                  日響 娃


2009年05月10日

自分と他人:そこから見つめるもの

人がくる。
自分はそこにいる。

そこで過ごしたたくさんの時間。
その中に、学びはあっただろうか。

たくさんの人との出会いと別れ。
互いに納得しあって、感謝しただろうか。

世の中には、色んな人たちがいる。

自分にとって、どうかというより、
この流れにとって、刺激ある人かどうかを、
見極めていくこと。

何事にも動じない自分でいることができれば、
どんな流れがこようとも、
やがて清流となり、落ち着いていく。

人に答えを求めず、
内なる自分を見出そう。

2009年05月11日

発展

何を持って、成功というのか。
人によって、その基準は様々。

でも少しずつでも、変わってきている現実。

良くもあり、悪いときもあるだろう。

変化の時は、心を静めて、
じっくりと見極めること。

望めば叶う。
その根底には、必ず、
「疑わずして努力」という言葉がある。

2009年05月12日

スピード

自分の作業のスピードと、
他人の作業のスピードは、違う。

わかっていても、
待っている時間は、イライラしてしまう。

自分の心を落ち着けてみよう。

相手は、わざと遅くしているのではない。

早く処理できて、残った時間を、
有効に使うように心がけてみては、どうだろうか。

相手と自分の差があることは、仕方がない。

心と時間を有効に使って、
日常生活を、過ごしていこう。

2009年05月13日

基本を学ぶ大切さ

そこそこ器用な人は、
何でも応用ができるので、
人並み以上に出来てしまうが、
基本がきちんとないので、少し不安定さが見え隠れする。

自分の自信につながるか否かは、
本人の気持ち次第になるが、
長年コツコツやってきた人には、
頭が下がる思いだ。

今の世の中、
なるだけなら苦労しないで、
楽に生きていこうとする中、
1つのことをコツコツやり続けていることは、
いずれ何らかの成果が表れていくはず。

それは、周りからの評価ではなく、
内なるエネルギーが輝き始める。

他人の目から自分を見るのではなく、
自分自身を見つけなおし、
1つひとつ納得していくこと。

基本を学ぶことは、
とても大切なこと。

結果をすぐに求めず、
1つひとつをクリアしていくこと。

2009年05月14日

生まれてきた使命

「何のために生まれてきたのだろう。」

「何をなすために、生きていくのだろう。」

忙しすぎる現代人は、
生まれてくるときに、目標を掲げた使命を忘れて、
日常生活を送っている。

今が幸せだと感じるのなら、それでもいい。
でも、心のどこか片隅で、
「今のままで、いいのだろうか」と、
不安がよぎったのなら、
少し立ち止まってみることをオススメする。

大規模なボランティア活動や、
地球温暖化を防止するための大プロジェクトに、
常時係わっている人は、さほど多くはない。

そんな雲をつかむような大きなことではなく、
自分の身の回りを見渡してみよう。

ゴミが落ちていたから、拾って捨てる。

つけっぱなしの電気を消す。

知らない人が、道端で困ってそうだけど、
恥ずかしくて声を掛けることができないのなら、
困っている知人に声を掛けることは、できないだろう。

何事も、自分の周りから。

自分がどんどん積極的になっていけば、
その波は、周りにも伝わっていく。

自分がどんどん変わっていけば、
周りもどんどん変わっていく。

その中で、自分の生まれてきた使命に気づき、
達成して、満足している自分の姿を見ることだろう。

2009年05月15日

相手を思いやる心

長年連れ添った夫婦や、家族、友人など、
分かっているだろうという思い込みから、
勝手に行動してしまっては、いないだろうか。

「いつも分かってくれているはずなのに、なぜ今頃になって…。」
愚痴をこぼす前に、今一度、自分の行動を見つめなおそう。

ちょっとした言葉をかけることで、
溝は、ふさがっていく。

会社や友人たちの前では、
とても気を使っているけど、
身近な存在になればなるほど、
伝えたくても、伝えていない言葉がある。

「ありがとう」という感謝の気持ち
「大丈夫?」という相手を思いやる気持ち

もっと相手の立場に立って、
物事を考える余裕が出来れば、
何てことない言葉なのに、
自分に余裕がないと、どうしても忘れがち。

心を落ち着けて。

出会ったことに、意味がある。
今の現状にも、意味がある。

お互いが、成長しようと、切磋琢磨している。

これを乗り越えることはできる。
お互いが、お互いを尊重できたのなら。

明日のスポーツ報知に、坐禅体験イベントの告知が掲載されます

報知新聞協力の
坐禅体験イベントの告知が、
明日5月16日のスポーツ報知で、掲載されることになりました。

このイベントは、
5月30日(土) 午後2時~4時
東銀座の築地社会教育会館にて、行なわれます。

イベントでは、
伝統的な作法を取り入れた現代禅と、
般若心経を声に出して読むことで、ストレスを軽減するための呼吸法などが
学べます。

参加対象者は、
禅や般若心経に興味があり、現代社会にストレスを感じている人。

静かに足を組み合わせ、声に出して般若心経などを唱えることで、
呼吸をしている自分自身を認識できます。

同イベントに参加することで、物事を正しく見聞きし、判断すること、
さらには世の中や自身の考え方を整理するきっかけを見出せるはずです。

もし宜しかったら、明日のスポーツ報知を
ご覧くださいませ!

取り急ぎ、ご連絡申し上げます。

                      日響娃

2009年05月16日

~佛教用語:佛縁「ある法事の出来事2」~by koei

話を本筋に戻そう。

法事も無事終わり、
故人の海が好きだった話や人となりを偲び、ひと段落したところで、
「このほど名刺を新しくしたので、お渡しします。」ということで、

友人ご夫妻とそのお母上に、名刺を渡し、少し驚かせてやろうという思いもあり、
「表は前のと同じです。是非裏を見てください」と勧めたところ、

裏側を見るなり、友人の奥さまとお母上が、
「崎山、懐かしいわね~。ここの景色はキレイでね。」といきなり話を始める。

「この路線は、行橋から直方に出ているのよ。
 この崎山には、お母さんのいとこが嫁いでね。」

IMG_0483.jpg

何のことかわからず、「あれ、何で知っているの?」と尋ねると、

「だって、今日拝んでいただいた父は、崎山の隣の犀川(さいがわ)の生まれよ。
 私は行橋で生まれて、母もその近くの出身。
 親戚は、今もそこで暮らしているし、知っているってもんじゃないわよ。
 ところで、koeiさんこそ、何でこの駅にわざわざ名前をつけたの?
 行ったこと、あるの?」と奥さま。

「いいえ、まったくありませんし、崎山という駅も先方の方に薦められただけで、
 私たちは、どの駅でも良かったのです。
 (ここで先のネーミングライツのお話をご披露した。)
 ところで、平等寺さんは、お父さんがここの出身って、ご存知でしたか?」

「いいや、僕も始めて知りました。でもそう言えば、何か言っていたような…」

全員で顔を見合わせて、
「うそ、こんな偶然あるの?狐につままれるとは、このこと。
 本当にお父さんが導いてくれたのかね~」
お母上は、しみじみと言う。

IMG_0493.jpg

本当に驚くばかり、
別々であった、法事と駅名という、
絶対に結びつかないように見えたものが、
何かの力に引き寄せられるように、結びついていく。

えにしの不思議さ。
これを不思議と捉えてはいけないのかも、しれない。

佛は私たちに、これでもか、これでもかと、
人の縁の大切さを、身をもってわからせてくれる。

私たちはつい、
生きているということは、
自分自身が頑張っているから、
その努力によって今の仕事につき、
地位を得、社会的な信用を獲得していると思い込んでいる。

そして、それも事実であろう。
しかしながら、見えざる力に導かれ、
人は人を助け、そして助けられている。

そのことを佛さまは、色々な出来事やご縁を通して、
私たちに語りかけてくれている。

「あなたは、1人ではないよ、
 いつも佛が見守っているのだからね。」と。

IMG_0486.jpg

法事の後、話は私たちの知らない筑豊の町の様子や、
そこに住む人々の暮らしぶり、
気質や風土といったものにまでおよび、
私の知らない駅の周りの様子を、
そこにいるが如く、教えてくれた。

お父上を供養したつもりが、
逆に佛さまの導くえにしの深遠さを気付かされ、
互いが遠く離れているように見えても、
『えにし』という切っても切れないものによって、
人はしっかりとつながっている。

「もうそろそろ気付きなさいよ」と
教えていただいているような気がする。

故人のご家族にとっても、
そして、私たちにとっても、
本当に思い出に残るいい法事が出来た。

見えざる力に合掌し、
佛縁に、ただただ感謝する。

生かし、生かされ、気付かされ、
佛縁の深きに感嘆し、
今日も気付けば手を合わせ、
「南無」と佛の名を唱える。
意味は知らずとも。

※ここで登場していただいた友人と法事に関しては、
 ニュアンスを少し変えて、お話させていただきました。



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2009年05月17日

人生の岐路

必要に応じたものが、
あなたの目の前に、やってくる。

それは、良いことも、良くないことも。

でも、それは、
あなたが、今という現実を、
立ち止まって見定めるため。

必要なものしか、やってこない。

どう転がるかは、
すべては、あなたの心しだい。

いつも、現実に感謝して、
生かされているということを、
意識して過ごしてみよう。

あなたなら、きっと見つかるよ。

2009年05月18日

判断基準

何が良いのか、
何が良くないのか。

その判断基準は、人それぞれ。

そのときに、
一番良いと思われるタイミングで、
選んでいこう。

もし、間違ってしまっても、
わかった時に、軌道修正。

いつでも、修正はできる。

一歩踏み出すことを、戸惑わないで。

一歩出すことで、
次のステップが、待っている。

2009年05月19日

新型インフルエンザ

日本国内で、現在178人の感染が確認された。

今は、関西方面だけだが、
いずれ、関東まで来ることは、
時間の差だろうか。

うがい、手洗いはモチロンのこと、
免疫力を高めるためには、早めに休むこと。

暴飲暴食を避け、
心と身体を休め、
規則正しい生活を送る。

毒性は、弱いようだが、
未知なるものには、気をつけた方がいい。

普段は、あまり他人の生活スタイルまで、
指図することは、ないが、
命に係わることとなると、少し伝えておきたい。

まずは、自分がかからないように、気をつける。
万が一、自分や家族がかかってしまったら、
それ以上感染しないように、心がける。

今は、薬も発達してきて、
早めに処置をすれば、大丈夫になってきている。

冷静に、対処できるよう、
1人ひとりが、責任ある行動を取っていこう。

2009年05月20日

スケジュール調整

忙しい人ほど、
スケジュールを入れる時に、気をつけることがある。

打ち合わせが多く、
どちらかというと、先方の都合に合わせる、
いわゆる受身のスケジュールの時と、
社内で、じっくり案を練ったり、事務処理をしたりする時があるだろう。

できれば、出掛ける日と社内にじっくりいる日を、
分けてみよう。

打ち合わせも、
こちらが伺うのか、向かえるのかだけでも、
時間がまったく違ってくる。

先方の都合に合わせながら、
自分流の心の調整をしていこう。

同じ受けるにしても、
すべてが受身の打合せだと、
自分の心が、消極的になってしまう。

1日1日の流れをうまく合わせ、
納得のいく仕事をしていこう。

2009年05月21日

興味あること、ないこと

人は、自分の興味があるかないかで、
物事の取り組み方が違う。

どんなに必要な勉強であっても、
力が入らないのは、
その教科に興味がなかったからだろう。

最初の出合いが、肝心!

楽しいとか、面白いとか思えたから、
その教科には、興味が湧いたのだろう。

先生が嫌な人だったとか、
皆に笑われて、恥ずかしかったなど、
嫌な思い出があると、大人になっても尾を引く。

勉強以外でも良い。
自分の中で、興味のあるもの、ないものを振り返ってみよう。

まずは、興味のあるものから。
ホジティブな答えで、自分も楽しくなってくるだろう。

そして、興味のないもの。
思い出したくもない。
トラウマが全身を駆け巡るかも。

でも冷静になって。
もう、あなたは、その時のあなたと変わっている。

ひやかし笑いをしていた友人も、
できなくて悲しい思いをしていたあなたも、
もう思い出の中のこと。

頭をからっぽにして、
新たに挑戦してみよう。

苦手意識は、ちょっと忘れて。
初めての試みをしてみよう。

人は、年を重ねるごとに、
自分の世界を狭くしがち。

保守的に生きるのが、悪いわけではないが、
また違った自分に、出会えるきっかけを失っているようで、
何だかもったいない気がする。

興味のないことは、仕方がない。
だけど、新しい目で、物事を見つめてみれば、
見落としていたものが、輝いているかもしれない。

2009年05月22日

想いはやがて伝わる

今はどんなに大変だったとしても、
どうか、諦めないで。

あなたのひたむきな想いは、
いつか伝わっていく。

ただ淡々と、行動していくのみ。

感情で、態度を変えることなく、
ただ、淡々と、淡々と。

あなたが考えている未来は、
今は曇って見えないかもしれない。

だけど、ずっと立ち止まっていては、
何も変わらない。

自分の信じた道を、
ゆっくり歩いていこう。

2009年05月23日

~佛教用語:坐禅1(自己観察のススメ)by koei~

今、静かに禅のブームが起きている。
禅を組むというと、お寺に赴き、和尚さんの説教を聞きながら、
しばしの間、浮世を忘れ、修行に勤しむ。

そんな風景が、目に浮かぶ。

実際いいなとは思いつつも、
どことなく、敷居が高く、
一般的ではない様に捉えてしまう。

しかし今や禅は、
禅寺の枠を飛び越えて、
カルチャーとして受け入れらようとしている。

ヨーガ・瞑想・気功・太極拳・アロマテラピー、ピラティス、
エステ、マッサージ、癒し、リラクゼーションといったものと、
遜色のないぐらい、私たちの生活の中にとけ込んできている。

かく言う私(koei)も、
月1回、中目黒において、(第三金曜日の夜7時~8時30分)
坐禅の会を催している。

   090523-1.JPG


今月の30日、東銀座の築地社会教育会館にて、
坐禅の体験イベントを行なう。

 ・主催・・・PAC
 ・後援・・・報知新聞(スポーツ報知)
 ・講師・・・三代公映

私の属している宗旨は、天台宗であり、
本山は、比叡山延暦寺、
天台では、禅のことを「止観:しかん」と呼んでいる。

これは、中国天台より、比叡山を開かれた最澄さんが、
入唐の際に、伝えられたものである。

この止観の話は、来週に述べることにする。

私は現在、
気功や、太極拳といったものと、
少々の佛事を、広める仕事に携わっている。

気功の教室にて、
「先生、禅はやったことありますか」という質問を受けた。

「はい、私の宗旨では、
 禅も、密教も、念仏も、法華経も、すべての修行を行ないますので、
 禅も学んでおりますし、修行時代の京都のお寺では、
 日曜日の朝6時に、毎週行なっておりました。」

「そうですか、私も前々から、
 坐禅には、興味があったのですが、
 お寺さんは、ちょっと敷居が高くて、
 どこか学べる所がないかと捜していたのです。」

「ほおー、坐禅ですか。
 禅も、調身、調息、調心。
 気功も、調身、調息、調心を基礎としています。
 では、坐禅の体験会を、1度催してみましょう。」

ということになり、
昨年の8月より、中目黒にて始めてみたところ、好評を得、
『中目黒(禅)止観クラブ』という名称で、今日に至っている。

そこに来ていらっしゃる方の中に、
メディア関係の方がおられ、
今回、スポーツ報知後援、講師が私(koei)ということで、
東銀座での初心者向け坐禅体験イベントを、
させていただくこととなった。

生徒さんの発した「一度坐禅をやってみたい」という言葉が、
またこのような広がりになるとは、想像もつかなかったが、
それだけ、潜在的に坐禅に興味がある人たちがいるのだということにも驚いた。

   090523-2.JPG

さて、坐禅というが、
正式には、禅定:ぜんじょう(ディヤーナ:dhyaana)という。

 「禅」…サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのまま漢字に当てはめること)

 「定」…その意訳(意味を解釈して漢字に当てはめること)
      心を一点に「定めること」、心を「静めること」。
      「定まった状態・静まった状態」という意味。

音写である「禅」と、
意訳である「定」をそれぞれ組み合わせてできたものが、この「禅定」という言葉である。

心を安定統一させ、心静かな内観を、
坐禅によって心身が深く統一された状態を導いていく禅定。

私たちは、さらにこの言葉を略して、禅とのみ呼ぶ。


        ~以下、来週の30日(土)へつづく~



今日の内容は、心遍路で発行しているメルマガにも、掲載されています。

なるべく仏教用語に関するイメージを、スピリチュアルメッセージとして、
心遍路のメルマガに掲載して欲しいとの要望があり、
今までとちょっと違った角度から、
れいめい拳でスピリチュアルメッセージを下ろす試みをいたしました。

心遍路のメルマガは、毎週土曜日配信

紹介されるコーナーは、
心遍路 ココテン「むずかしそうで じつはかんたん 仏教用語」です。
   http://5510.jp/bukkyouyougo/

仏教用語などの好き嫌いは、人それぞれにあると思いますが、
スピリチュアルメッセージは、毎週土曜日、
皆さまにもお届けしていきたいと思います。

          スピリチュアルメッセーンジャー
                  日響 娃

2009年05月24日

心の糸

つながりは、目に見えない。

それを確かめたくて、
自分を傷つけたり、相手を傷つけたり。

でもちょっと待ってみて。

あなたがつながっていると信じることができれば、
物や言葉で表現しなくても、いいんじゃないかしら。

簡単に見えない心のつながり。

傷つけあうことで、愛が確かめられるなんて、
そんなことは、ない。

お互いを思いやる心は、素直な愛の表現でいい。

つながりを見ようと思わなければ、
ふとしたところで、つながっているって、
感じることができるだろう。

2009年05月25日

昔の友人

そういえば、
今日は、小・中学校を共にした
友人のお誕生日だったなぁ。
どうしているのかなぁ。

最近ふと、学生の頃の友人たちの夢を見る。

長年会っていないし、
皆の近況も、風の頼りを親から聞くだけ。

同じ瞬間(とき)を過ごし、
汗を流し、学業に励んだ(!?)

今は、皆違う目標を掲げ、
自分の選んだ人と共に、人生を歩んでいる。

人は、今がすべてなので、
すっかりセピア色になった過去を、
思い出す暇もなく、動き回っている。

ふと、思い出したとき、
その友人たちに、
感謝の念を送ってみよう。

今のあなたがあるのは、
セピア色になった過去があったお蔭。

良い思い出も、辛かった思い出も、
今のあなたを作っている。

今まで知り合った人たちに、
感謝の念を送る。

そしてこれから知り合うであろう人たちにも。

2009年05月26日

願いは叶う

行動する前に、
色んなことをイメージすることは大切。

でも、マイナスの方向ばかりイメージしてしまっては、
一歩も踏み出せないまま、時間だけが過ぎていく。

今、このブログをご覧になっているということは、
あなたが変化を求めているという証拠。

答えは、天から授かるのではなく、
自分の内側から沸き起こってくるもの。

何もしないまま、躊躇して、
せっかくの一歩を出しそびれているのなら、
さっさと踏み出して、これからのことに備えていこう。

まだ何も発生していないときから、
頭だけで諦めるのは、少しやめよう。

冷静に考えるのも大切。
一歩踏み出すのも大切。

タイミングを間違うと、
次の一歩も出せなくなってしまうだろう。

勇気を振り絞って、
まずは一歩を踏み出してみよう。

2009年05月27日

自分を信じる

自分を信じる。
どんな状況になったとしても、自分を信じる。
そして、自分を信じてくれている人たちを、信じる。

壁は自分で作っている。
悪いことも良いことも、日常生活で起こるが、
あきらめてしまうと、また同じ壁にぶち当たる。

自分を信じて最後までやり続けることで、
壁を乗り越え、次の道へと続いていく。

結果を求められるのは、仕方のないことだが、
あきらめないという気持ちが、大切。

1つのことにあきらめない姿勢が取れると、
すべてのことにも関連してくる。

どんなに小さなことであっても、
あきらめない姿勢が、やがて自分を変えていく。

2009年05月28日

学びの瞬間(とき)

変化はさざ波のように
かすかにやってくる。

いつの時期に気付くかは、
本人の意識しだい。

そして、それに対して、
どのように対応していくのかも。

この日常生活が、学びの場。

自分を探して旅に出ても、
内面を振り返ることを忘れている。

いいこと、悪いこと、
すべてをひっくるめて、
何を考え、何を感じるのか。

出来事の表面に、
心を奪われることなく、
冷静に、客観的に、
物事を見つめていこう。

本質は、必ず見えてくる。

焦ることなく、ゆっくりと。

2009年05月29日

出会いは不思議

人との出会いは、不思議である。
1人から2人、3人と、その核となる人物が、人を呼んできてくれる。

自分の人生の中で、どれだけの人と出会うことになるのだろう。
子供の頃から考えると、とてつもない位たくさんの人たちにお世話になった。

ふと、幼稚園の頃の友だちや先生、用務員のおばさんの顔がよぎる。
どちらかと言えば、過去の出来事を思い出すというより、
写真の1コマをつなげているといった方が、良いかもしれない。

今、再会しても、どんな会話が成り立つのか、まったく想像もつかないが、
それぞれの時代ごとに、満足のいく過ごし方をしてきたように思う。

今の時代も、やがて過去の出来事になっていく。
1人ひとりの出会いを大切にし、
お互いが満足のいく過ごし方を、心がけていこう。

皆、自分中心の人生を送っている。
出会いや別れを経験し、それでも人は出会いを求めている。

自分が求めていることを、明確にしていけば、
その内容に応じた出会いが、自ずとやってくるだろう。

意識を持って、時を過ごしていこう。

2009年05月30日

~佛教用語:坐禅2(自己観察のススメ)by koei~

さて、先週、私の属している天台では、
坐禅のことを、止観と呼ぶということを述べた。

そこで少し、この止観のお話をすることにしよう。

(これから先は、
私のブログ 気功教室『真帆片帆』に載せたものを一部転載いたします。)
http://www.reimeiken.com/kikou/cat17/


禅の思想の発展は、
達磨禅(禅宗)と天台の止観とが二大潮流であり、
本質は変わらないが、その表現方法には、各々特長がある。

禅宗においては、不立文字、教外別伝を標榜している。
(禅の思想においての理論的な説明は行なわない。)

達磨大師は、六世紀の初頭、
インドから中国に渡り、禅を伝えられた。

天台の始祖天台大師(538~597)は、その後の生まれだが、
達磨禅とは、一線を画くし、摩訶止観十巻を中心とした禅書を著し、
仏教のあらゆる禅行法を座禅の行に統一された。

日本天台は、伝教大師最澄(766~822)によって創始され、
その教学を中国天台より伝承した。

そもそも止観とは、
 止(念を法界につなげること)
 観(念を法界と1つにすること)と定義されている。
少しラフにいうと、「心を留めて真理を観察すること」という意味。

そして、止観の実践として、禅定を組む。

禅定(ぜんじょう)とは、
サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのままの漢字に当てはめる)と
その意訳(意味を解釈し、意味にあった漢字を当てはめる)の定を合成してできた言葉である。

つまり智慧と真理に至るための教義を止観法門といい、
その実践を坐禅という。

止観と坐禅は、表裏一体であり、
優れた止観の実践方法を坐禅と位置づけている。

さて、比叡山を開かれた最澄さんは、
この止観という概念を教義の中心におき、
最初の堂を建てられた折には、
一垂止観院(いちじょうしかんいん)と名付けられた。

そしてまず始めに、その教義を止観業と遮那業の2つに大別し、
止観業:しかんごう(法華経を中心とした学科)、
遮那業:しゃなごう(大日経を中心とした密教学科)とされていた。

密教には、独特の修行法がある。 (ここでは、割愛いたします)

止観業では、
法華経を理解するにせよ、
他の天台教学を学ぶにせよ、
この止観を用いて学ぶべきであると考えられたのだ。

前置きは、随分と長くなったが、
比叡山における修行の中心に、この止観という考え方が重要視されていたのだ。

そこで中目黒において、坐禅の会に、止観クラブと名づけたのである。

少々話は硬くなったが、一般の方には、
「自分の内から沸き起こってくる苦しみや悲しみ、辛さの原因を、
心を静めて、観る。観察することですよ。」と申し上げている。


        ~以下、来週の6月6日(土)へつづく~



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                  日響 娃

2009年05月31日

自分を見つめなおす

1人ですべてを背負わないで。

あなたの周りには、
仲間と呼べる人がいる。

この世の中、
独りぼっちだと嘆かないで。

あなたの行動が、
すべてを反映させているだけ。

責任を誰かのせいにすることは、
とても楽なことだけど、
それでは、いつまで経っても、
同じことの繰り返し。

今ある自分を、
卑下するわけでなく、
逆に誇張することもなく、
あるがままの自分を見つめてみよう。

どんなに素敵な自分が、
そこに映っているのだろう。

どんなに嫌な自分が、
見え隠れしているのだろうか。

すべての部分を含めて、
自分だということを、
改めて自覚していこう。

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