最近、知り合いの身近な人が、何人かお亡くなりになっている。
病気で~という方もいれば、
お若くして、突然~という方もいらっしゃる。
そんな残された方々から、
このような質問が、寄せられた。
「肉体を脱ぎ捨てると、どうなるのかな」
「自分が、どうなったのか、自覚しているのかな」
「残された人たちに、何か言いたいことってあるのかな」
今日は、以前コンタクトを取った方たちからのメッセージを抜粋して、
皆さまにご紹介したいと思います。
「肉体を脱ぎ捨てると、どうなるのかな」
ある一定の時間は、皆さんと同じように、
この空間で過ごされる方が、ほとんどです。
但し、肉体がない分、
自分の思ったところに瞬時に行くことができます。
お亡くなりになられた直後は、
自分が亡くなったという自覚は、大抵の方はありません。
なので、生前と同じように、あっちこっちに行かれます。
お亡くなりになられた直後に、コンタクトを取ったときのメッセージです。
「あなたはもう、お亡くなりになられましたよ。」と言うと、
「・・・」と無言。
そのあと、「あ、だから・・・、やっぱり・・・変だと思った」と。
「皆が気づいてくれない。
目が合っているのに、知らんぷりされる。
どうしてだろうと思っていた。そうだったんだ。」と。
そして、
「皆のところに、会いに行かなきゃ。
僕に残された時間は、そんなにないはず。
皆のところに会いに行って、
僕は大丈夫だよ、君がしっかりしなきゃって、励まさなければ。」
自分が亡くなったことを自覚すると、
自分のやりたいことをやり始める人もいれば、
眠いから、少し眠りにつく人もいらっしゃいます。
「自分が、どうなったのか、自覚しているのかな」
お亡くなりになられた直後は自覚していなくても、
ある程度時間が経てば、同じように、
自分の好きなことをやり始める人もいらっしゃいますし、
眠りにつかれる人もいらっしゃいます。
大抵は、眠りにつかれる人が多いです。
「残された人たちに、何か言いたいことってあるのかな」
これは、人によって様々ですが、
生前、大変なご苦労をなさった方であっても、
コンタクトを取って、お話をずっと伺っていくうちに、
自分が幸せな時のことを思い出して、心が温かくなったり、
好きな食べ物や飲み物を欲しいと言われ、お出しすると、とても喜ばれたり…。
最初にコンタクトをしたときよりも、徐々に心を解放なさっていきます。
苦しみや痛み、恨みなどは、まったくなくなり、
喜びと感謝の気持ちで包まれていきます。
もちろん、残された方々の心配はなさいますが、
細かなことは、もうタッチされず、
最後には、「ありがとう」とおっしゃいます。
すべての人は、恨みや苦しみから抜け出し、
自分の内側の光に気づかれ、光と一緒になっていきます。
この選択は、すべて自分自身で出来るものであり、
誰かに強制されるものでは、ありません。
ですので、自分のやりたいことを思い存分したり、
少し疲れたので眠りにつかれたり、
自分自身で選択して、行動されるのです。
「生」があるから、「老い」があり、「死」を迎える。
身近な人を亡くすと、悲しみは深いでしょうが、
魂まで死んでいないことを認識なされば、
少しは、心和らぐきっかけになるかなと思い、
今日はこのようなブログにいたしました。
私たちは、
この肉体あるこの世の中がすべてだと思い込んでしまっていますが、
実はこれも仮の姿。
何十回も、何百回も、輪廻転生を繰り返し、
その数だけ、肉体を脱ぎ捨ててきました。
身近な人たちも、死によって別れることはありますが、
魂の目線から眺めると、それもほんの一瞬の出来事にしかすぎません。
なぜなら、また肉体を持って生まれる時に、
お互いに出会うことを約束する事だって出来るのですから。
何かを共に学ぶ魂だからこそ、身近な人となって、生まれているのですから。
この肉体あるこのときに、いかに充実して、過ごしていくか、
それが、私たち肉体を選んだ者の使命でもあるように感じます。
身近な人を亡くされた悲しみは、深いでしょう。
このブログで、少しは心が和らぐきっかけになれれば、と思います。
皆さまのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
日響 娃



