スピリチュアルメッセージ:2011年9月の運勢
9月は、始まりの刻
あなたの想いが、現実味を帯びてくる。
本当に必要な大きな買い物や移動は、
この月にスタートすること。
地に足がつき、浮ついていない今は、
とても堅実な判断ができる。
今準備し始めることが、
あなたが望む将来の果実へとつながっていく。
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9月は、始まりの刻
あなたの想いが、現実味を帯びてくる。
本当に必要な大きな買い物や移動は、
この月にスタートすること。
地に足がつき、浮ついていない今は、
とても堅実な判断ができる。
今準備し始めることが、
あなたが望む将来の果実へとつながっていく。
5月末に、熊野三山~伊勢神宮を巡る旅をした。
その時に、廻った中で、
三重県熊野市や和歌山県那智勝浦市、奈良県十津川村がある。
今、台風12号のニュースを見ると、被害に遭って大変なことになっている。
映像を見ていると、あの大きな川が氾濫したのか・・・とか、
あの道が・・・とか、思い出と重なっていく。
十津川村近くの玉置神社は、山の山頂あたりにある。
また、那智の滝なども水量が多くなっているだろうし、周辺は大丈夫なのか。
熊野古道も、どうなっているのか、とても心配である。
地震や津波だけでなく、台風によっても、被害を被った日本。
自然界のことなので、仕方がないことなのだろうが、
なぜ?と問いたくなる。
どこにいても、もう人間の力では、どうしようもない。
自然とともに、生きていくことを、もう一度見直してみたほうがいい。
どんなに人間の生活が向上したとしても、
自然をコントロールすることは、絶対にできない。
「共に生きる」
これを、もう一度胸に刻み、生きていくことが大切になってくる。
被害に遭われた方々、どうぞお気を落とさず、頑張ってください。
私たちも、自分に何ができるか、少しずつ行動していきます。
言葉に出すことで、願いは叶えられるとすれば、
あなたは、何を発するだろうか。
日常生活のこと?
美容のこと?
健康のこと?
仕事のこと?
恋愛のこと?
過去や未来のこと?
話し続けると、夢は、どんどん膨らんでいく。
その言葉すべてを客観的に聴いてみると、
案外、小さい願いばかりだと気付く。
人って、自分でできることに枠を作ってしまっているのかな。
「どうせ、このぐらいしか、できない」なんて、
範囲を決めてしまっているのかな。
あなたの安心できる場所は、どこ?
その安心できる場所があるから、
どんなに大きく飛び立っても、戻ってこられるよ。
安心して、大きく飛び立とう。
願いは、言葉に出していけば、叶えられていく。
自分の考えを、外に出すことで、
頭の整理整頓が、できていくよ。
自分の中で、わかっていることでも、
相手にとっては、まったく未知なこともある。
思い込みって、怖い。
人と人との溝は、この思い込みから、始まる。
きちんと伝わるよう、こちら側も努力しなきゃ。
せっかくの良い言葉も、
伝わらなきゃ、意味がないよ。
==========================
ファーストピース・サークル in 葉山
古代マヤ文明とネイティブ・アメリカンの智慧に学ぶ
宇宙の法則と共に生きる
9月18日(日) (葉山開催)
==========================
3.11に未曾有の大地震が起きました。
また、世界各地においても、
今まででは信じられない事件が多数発生しています。
これらのことは私たち一人ひとりにこれまでの生活や
人生について考えさせられるような出来事でした。
今、人として何を求められているのでしょうか?
いまこのときに必要なのは何でしょうか?
私たちは、まず自分の中をしっかり見つめ、
そして自分の中に平和をもたらす。
自然の流れに沿った生き方を選び、宇宙の法則と共に生きる
そんなことが必要だと思っています。
そのためにファーストピース・サークルを開催しています。
このサークルは
ニューメキシコのネイティブ・アメリカンの部族の智慧の結晶。
私たちの師匠であるネイティブ・アメリカンが20年前にこの智慧を体系化し
この智慧を深く学びたい人に時間をかけて教えてきました。
ですが、この時代に合わせて彼らも、
もっとたくさんの人々に知ってもらいたいという願いをこめて、
4年前にこの「ファーストピース・サークル」という形で
世界中にこの智慧を伝達しています。
日本では約2年前からこのサークルがスタート。
最近では、毎月どこかしらで開催されています。
このサークルの智慧は、ネイティブ・アメリカンのものですが、
私たちの奥に眠る日本人としての智慧と精神(スピリット)。
そんなことも思い出されていく時間となります。
■このサークルでは
古代マヤ文明およびネイティブ・アメリカンの8つの智慧について、
対話やストーリー・テリング、エクササイズを通じて体感していただきながら、
ご自身の内側からの平和と宇宙との調和を実感していただく実践法をお届けします。
宇宙、というととても壮大な感じがしますが、
日常で実践できる非常に シンプルな智慧です。
■過去に参加した方の声コチラよりごらんいただけます
⇒ http://ameblo.jp/firstpeace/entry-10807904407.html
●日時:2011年9月18日(日)13:30~ 18:00(開場:13:00)
12:00より、菜食お弁当をご希望の方には 1,500円でご用意できます。
● 会場:横須賀市秋谷某所(長者ケ崎近く)逗子駅よりバスで25分ほど
●参加費:5,000円
●定員:10名
●お申し込み・お問い合わせ先:
hasegawachika@mac.comまで以下の内容をお知らせください。
1.お名前 2.Email 3.連絡先番号 4.ご紹介者名
5.ご参加にあたって一言
6.ランチご希望の有無
*本サークルは、
いかなる宗教及び、ネットワークビジネスとは一切関 係ございません
●葉山開催運営事務局:長谷川千花・渡部克美
(メールアドレス:hasegawachika@mac.com)
●ファシリテータープロフィール
◇長谷川 千花(はせがわ ちか)
シードプランターロサンゼルス生まれ。大学卒業後、日本生命に入社。
退職後、カナダに留学し帰国後は日米の2つの文化の経験を活かすため、
欧米系金融企業にて人事に従事。
その後、心・身体・ソウルという様々 な視点から人の持っている本来
の可能性を開くことに導かれ、コーチング、ニューイクエージョンズ、
トリニティメソッドの普及活動を行っている。
現在は普及のためのイベント・ワークショップを開催。
人の可能性の大きさに、好奇心全開!ひとなつっこさが持ち味。
◇渡部 克美(わたべ かつみ)
大阪市生まれ。大学卒業後、イベント業に携わり、会社を設立。
その時の友人達と気功を学び、自分自身に合った健康法や食事法を実践。
アンチエイジングを探求している。
また、れいめい拳、トリニティメソッドの発足時よりサポートし、
普及活動を補佐。現在は、ファーストピースサークルのファシリテーターとして、
実体験に基づく、心の言葉を発し、活動中。
色んなことを想定して、
自分1人で先回りして行動していても、
周りとの調和が取れていなければ、
それは空回りで終わってしまう。
世の中、自分1人で生きているわけではない。
皆が協力しあって、生きている。
迷っているとき、
自分が何をしたらいいのか、見失っているとき、
そんな時は、先人の智慧に耳を傾けてみること。
過去の人の人生は、
自分にとって、大きな影響を受けないかもしれないが、
ほんのちょっとした気付きが発見できるかも。
自分の過去を思い出してみるのもいい。
すんなり成功したときと
頑張ったのに失敗してしまったとき
どちらも、努力は同じようにしていたかも。
なのに、結果がまったく正反対になっているのは、なぜだろう。
自分の置かれている環境、時代の流れ、年齢など、
さまざまな用途があるかもしれない。
その時の心の内側を思い出してみるのもいいだろう。
迷ったりしているときは、
どうしても、否定的になり、
何をやってもダメかも~と落ち込んでしまうことが多い。
でも、そうやって立ち止まっているときこそ、
新しい発見が見つかるかもしれない。
あなたの考え方のクセ、行動パターンなど、
当たり前と思い込んでいるこのことを、
透明な感覚で、見つめ直すチャンスである。
どうか、自分ばかり責めないで。
自分を信じて、仲間を信じて、
先人の智慧に耳を傾ける時間を持とう。
9.11から10年
3.11から6カ月が過ぎようとしている。
私たちが経験したものは、何だろう。
災害を目の当たりにして、自然の怖さを痛感する。
自然と闘うのではなく、自然と共に生きる。
昔は、皆自然を恐れ、敬い、
自然を中心にしながら、生活してきた。
色んなお祭りがあるのは、そのなごりであろう。
でも今は、お祭りも儀式だけが残り、
自然の感謝や敬う心を忘れてしまっている所もある。
今こそ、その心を思い出す時。
9.11の争いにしては、互いが主張し合っていては、何も進歩がない。
人だけにこだわらず、動物に対しても、自然に対しても、
尊敬と感謝の念を抱きながら、接するようにしよう。
お互いがお互いの存在を認め合えれば、
おのずと何をするのかが見えてくる。
今、日本は、東日本大震災や台風12号の影響で、
大変な被害を被っている。
被災した方々と、
それを補佐するボランティアの皆さまと、
そのことをニュースで知る私たちがいる。
すべて同じ瞬間(とき)を生き、
同じようにその出来事を知り、
それぞれの立場で行動している。
無理はしなくていいが、
自分のできる範囲で、何か行動していこう。
他人に強制されて行なうのではなく、
自分の考えで一歩踏み出してみよう。
あなたの勇気溢れるその一歩は、これからのあなたを変えていく。
悩んだときは、書き出してみよう。
自分が何を悩んでいるかが、明確にわかってくるよ。
納得できないときは、とことん、話し合ってみよう。
お互いの考え方の基本が、見えてくるよ。
1人で悶々と悩んでいないで。
どこにも頼らず、自分1人で解決することは、とても難しいことかも。
ちょっと会話ができれば、心も軽くなっていく。
自分の中から、どんどん吐き出していくことで、
吸収することが見えてくるよ。
1人の時間は、大切に使おう。
眠いときは、昼寝をしてもいいよ。
片付けたいときは、1箇所に決めて、片付けていこう。
ずーっと立ち止まらないで、何か動き始めよう。
今日、面白いメールが届きました。
「2500年前に様々な文化が急成長を遂げています。
仏教にしろ、中国医学やその他の哲学などもそうです。
何があったのかなと考えると”米”かなと思いました。
稲、又は米という物の魂に何があるのでしょうか?」
「お米」について、ちょっとイメージしてみました。
お米だけでなく、野菜や果物、岩にだって、意識はあります。
ただ、その意識に過去世があるかどうかになると、それは見えません。
魂というより、意識がその瞬間を一生懸命生きているというか、
1つの意識が、次の意識へと連鎖してつながっているという感覚です。
そんな風に感じました。
また、野菜や果物の種もそうですが、
お米は特に、次に残していく想いが強いですね。
お米に限らず、品種改良していけるものって、
やはり意識が高いかもしれないですね。
変わることができるって、柔軟性があるってことですものね。
そうやって身の回りを見ていくと、
意識の高い食べ物をいただくという人の行為は、
本当に感謝以外の何ものでもないですね。
お米・・ちょっと面白そうなので、
お米に意識をあわせて、メッセージを取ってみました。
「お米からのメッセージ」
土の栄養素をいただき、人の手を借りて、育っている。
私たちは、私たちの子孫を残すため、生きている。
人は人の子孫を残すために、私たちを食す。
私たちは、人の身体の中にも、栄養となり、子孫を残していく。
何と、すばらしいことか。
何と、偉大なることか。
私たちでしか出来ないことは、
食されながらも、子孫を残していくこと。
この力の源は、地球そのものからの栄養素。
私たちは、地球とつながっている。
私たち以外の樹木や野菜などもそう。
地軸と自分たちの軸を合わせ、地球そのものとつながっている。
地球から栄養素と情報をいただき、それを伝えていくのみ。
人と私たちは、共存していく。
お互いにお互いの存在を意識し、感謝している。
私たちの命は、あなたたち人の栄養や活力となり、
あなたたちの明日を救う。
すべてに不要なものはない。
すべてが必要だからこそ、今この世の中に存在している。
昨日の「お米からのメッセージ」を下ろして、
ふと感じたことがある。
お米に限らず、品種改良していけるものって、
やはり意識が高いかもしれない。
変わることができるって、柔軟性があるってこと。
それは、自分自身を失わず、でも世の中の環境や流れに応じて身を任せられる。
人間社会に置き換えても、その生き方は、とても素晴らしいと感じる。
でも人間社会と違うところは、
それが嫌だったら、品種改良させない強さがあるところ。
そして、環境の変化や求められていることに順応するか、否か。
順応できない植物は、そのまま置き去りにされる。
環境の変化に合わず、そのままの状態で子孫を残し、
もしかしたら、いずれはこの世から去っていくことも可能性としてある。
でも、人間の場合、
環境の変化や求められていることに順応するか、否かの二言論だけではなく、
その環境に適用しないときも、置き去りにされることはない。
人は人を置き去りにはしない。
でも、強要することも、しない。
人は人との距離をうまく保ちながら、
お互いを尊重しあい、生きている。
人と植物とは、生き方が違い、
人はやはり、他人と調和しながら、
生きていく生き物であることを忘れてはならない。
今、放射能汚染の可能性がある新米、
農家の方々が、せっかく苦労して作ったお米が、
放射能汚染の影響で、大変なことになりそうだ。
植物は、逃げたくても逃げることもできず、
その場に立ち尽くすのみ。
人はまた、植物を置き去りにする。
そして、そのことが、次の時代にどう影響しているのか。
人は、自分たちの蒔いた種を、どう処理していくのか。
人間が、世の中のすべてをコントロールすることは、もうできないことを、
1人ひとりが自覚していくことが必要だろう。
一時期、人間はすべてをコントロールできる力を持ったと錯覚した。
だが、大自然の中で、人間は無力なのだと、今はっきりわかる。
自然をコントロールするのではなく、
自然と共に生きていくことが、本当に必要なのだと。
自分の生き方をしっかり見つめ直してみよう。
毎日の忙しさにかまけて、その日暮らしをしていないか。
目の前にあるものをクリアするだけで、終わっていないか。
すっきりと生きるためには、
まず、日常生活をシンプルに生きること。
お部屋や机の中を片付けたり、
クローゼットや本箱を整理してみたりして、
まずは、身の回りを整理整頓。
捨てるときも、
なぜこれを捨てるのか、考えてみよう。
古くて汚くなったから。
流行遅れだから。
あまり使わないから。
次に同じようなものを買わないように、
今、捨てるものをきちんと見ておこう。
必要なものしか買わない。
必要なものしか、自分の回りに置かない。
どんどんシンプルになっていくだろう。
先日、知人からこのような話を頂いた。
「最近、ハワイの人たちの智慧であるホ・オポノポノのブルーソーラーウォーターが
とても気になっている。それにはどういう意味があるのだろうか。」
自分の周りにも、そのブルーソーラーウォーターをしている人がたくさんいるのだけど、
どういうことか気になったので、メッセージを取ってみることにした。
ホ・オポノポノのブルーソーラーウォーター
太陽の光に照らされると、
まるで、宇宙から見た地球の青のようである。
青いビンは、地球そのもの。
その中にある水は、地球のエネルギーと同化していく。
太陽によって浄化されたブルーソーラーウォーター
できれば、ターコイズブルー(藍色)のビンが良いだろうが、
薄い青でも濃い青でも、またお酒の空きビンでも大丈夫である。
太陽のエネルギーが、地球の氷を溶かした。
風が、この地球に雨を降らせ、緑の植物を蘇らせた。
大自然によって、この地球は生まれたのである。
その根源である地球の青
酸素の青とも言われるが、昔の人々の智慧が、
地球の青とブルーソーラーウォーターを重ねたのだろう。
太陽のエネルギーは、浄化のエネルギー。
この水を一口飲むと、地球と一体になっていくだろう。
人は高度成長し、
自分たちに便利な世界を作り上げてきた。
大自然は文句も言わず、その開発を見届けてきた。
ブルーソーラーウォーターの水を一口飲むと、
太古の地球が思い出される。
最初に地球に生まれた命
共に生きることを約束した命
我々は使命を思い出し、次へと進んでいこう。
***
ブルーソーラーウォーターの作り方
青いビンであれば、濃淡を問わず、
お酒の空き瓶などでもOK
普通の水をボトルに入れ、フタをし(なければサランラップでもOK)、
太陽の光に、30分~1時間ほど当てると終わり
雨の日でも、曇りの日でも、光が当たればOK
蛍光灯はNGで、白熱灯はOKらしい。
衛生のため、その日作ったものは、その日に使用してください。
飲み水、洗顔、お風呂、洗濯など、何にでも使用OKです。
光を当てただけなのに、とてもまろやかになります。
***
また、ホ・オポノポノは、
ありのままを受け入れるということ。
自分の浄化をするイメージですね。
ホ・オポノポノの言葉の意味としては、
『ありがとう』
『ごめんなさい』
『許してください』
『愛しています(大丈夫ですよ)』の4つだそうです。
他人を癒す言葉ではなく、自分自身に言う言葉で、自分自身を癒すものです。
自分自身が癒されれば、その波動は、周りへと伝わっていきます。
自分が癒されなければ、他人を癒すことはできないのです。
まずは、自分を癒していきましょう。
台風15号が、近づいてきています。
皆さま、大丈夫でしょうか。
今日、1つ、皆さまにお知らせをしたく・・。
最近、面白い女の子と出会いました。
名前は、二木あい(ふたき あい)さんとおっしゃいます。
元、水中カメラマンです。
息を止めてカメラを回すので、彼女の周りには魚が寄ってきます。
ある時、モデルの人の吐く息で魚が寄って来ないのに困ったスタッフが、
「ちょっとやってみれば?」の一言から、撮る人から撮られる人に変わりました。
また、彼女はフリーダイビングを、
下に潜るのではなく、横に潜ることをしました。
今年1月、メキシコのセノーテという洞窟で、
フィンあり100メートル、フィンなし90メートルを記録し、
世界初の試みとして、ギネスブックに認定されました。
その二木あいさんが、今日、NHKに出演します!
BSー1 午後11時10~48分
番組名は「地球テレビ・エル・ムンド」
私たちがプレゼントした天狗松の勾玉をつけて、
生出演してくれるみたいです。
宜しかったら、ご覧になってくださいませ。
生放送なので、この台風で大丈夫かな~と思いつつ、
ブログでお知らせをさせていただきました。
ちなみに、ギネスの記事や映像はこちら。PCでご覧ください。
http://www.faustx.jp/interview/interview027.php
昨日、NHK BS-1の地球エル・ムンドに
二木あいさんが出演された。
私たちのプレゼントした勾玉も、
あいちゃんの胸元でスポットライトを浴びて、堂々としていた。
エル・ムンドとは、スペイン語で「世界」を意味する。
番組の最後の方で、
「あなたのエル・ムンドは何ですか」の問いに、
あいちゃんは、「終わりのないもの」と答えた。
「終わりのないもの
それは、見えている世界は、氷山の一角。
その下には、見えない世界がある。
その見えない部分も、存在している。」
この言葉を聞き、何かメッセージを取ってみようかなと思った。
・・・
人は、自分の見えているものしか信用しない。
心が揺れ動かされるときって、
本当は、見えているものじゃないことが多いのに。
科学的に実験して、
科学的な結果を求め、
それでも、首をひねっている人たち。
もっと心を研ぎ澄ませてみて。
理屈ではなく、
心で感じることって、一番大切なことだよ。
私たちは、この自然の中で生かされている。
人間が主役ではなく、と言って自然だけが主役ではなく、
お互いに、皆が主役だと感じられるようになれば、
この世の中、もっともっと、良い流れになっていくだろう。
自分の心の目を信じて。
自分の感じたものを、きちんと把握してみて。
目に見えていない隠れた世界にも、気持ちを合わせてみると、
目に見えている世界が、より一層輝きを増してくる。
私たちは、ここに生きている。
私たちの選んだ世界に、私たちが選んだ道を生きている。
見えていない世界を大切に思う気持ちが、すべてをつなげていく。
・・・
水中表現家として、活動している二木あいさん
彼女からの言葉をヒントに、今日はメッセージを下ろしてみました。
何かを表現するって、日常生活の中に、たくさん埋もれています。
誰もがメッセンジャーであり、何を表現しても、いいのです。
自分の心が揺れ動いたら、それは実行するタイミング。
怖がらず、面倒がらずに、一歩を踏み出してみると、
色々な人たちとつながっていく道が見えてくるでしょう。
自分を信じて、仲間を信じて、一歩を踏み出してみましょう。
フリーダイビングをしている知人がいて、
先日、ギリシャで自己記録に臨むという話を聞きました。
深海に向かうダイバーと海とのつながりについて、
メッセージを下ろして欲しいというメールが友人からきましたので、
その彼女のことを想い、メッセージを下ろしてみました。
・・・
人はいろんな想いで、海へと向かう。
波を楽しむサーファー
海に潜るダイバー
ただ眺めているだけで癒される人もいれば、
足先だけ海につけて、その気持ちよさを満喫している人もいる。
また、何かを忘れたくて、海へとやってくる人もいる。
色んな想いを持ち、人は海へとやってくる。
海はそんなたくさんの人の想いをいつも受け入れる。
自分の都合で、波を荒げたり、水をなくしたりしない。
「好きなようにどうぞ。
あなたの思うように、自由に私の体を使いなさい。」
海はいつも皆に対して寛容である。
結果が良くなっても、悪くなっても、
海はいつもそこにいる。
海の変化に影響を受けるのは、
その恩恵を受けている私たちや生き物たち。
潮の流れが変われば、捕れる魚も変わり、
そのことに喜ぶ人、悲しむ人がいる。
生き物も、住む場所が変わっていく。
海はいつも微笑んでいる。
自分の体が、どんなに変化しようとも。
そこで潜りを競う者 波乗りを競う者 漁を競う者
どんな者にだって、
海はいつも寛容に微笑んでいる。
先日、このブログで紹介しました、ギリシャでのフリーダイビング大会で、
知人は、自己新記録を達成したそうです。
ギリシャで風邪を引いて、熱を出していたそうですが、
直前に回復して、絶好のコンディションで臨んだそうです。
彼女の今に触れてみました。
・・・
大会のエネルギーは、ものすごいものがうごめいている。
1人だけの力じゃない。皆の力が彼女の体へと流れていく。
尋常じゃない空気圧
それぞれの精神力は、域を超えている。
まずはリラックス
肩の力を抜いて、心を落ち着けて、その場所へと向かった。
自分が目標とした記録の場所へと。
その力を信じた体の中の細胞は、ずっとこの感動を忘れない。
自分の記録を超えることは、脱皮することと同じ。
どんな過去の出来事も、すべてが帳消しになっていく。
今後どんなことに遭遇しようとも、あまり動じることなく、
深い目で、そのことを見ていく。
深い目で世の中を見ていくと、
同じような目を持つ人たちに出会うだろう。
お互いがお互いを尊重し合い、お互いの存在を心地よく思う。
自己新記録、おめでとう!
これから先の自分を、しっかりと見据えていれば、
必ず、望む自分に近づいていく。
その為に、今日できることを、今日しておこう。
そう言うと、ほとんどの人は、大きな事を考えてしまう。
「何かの役に立ちたい」とか
「この地球のために」とか。
でもね、自分がしっかり生活していないと、
誰かのためになんて、できないことをわかって欲しい。
目の前にあるものや出来事を、まず片付ける。
要るものと要らないものに分けるだけでも、一苦労するかも。
最近、断捨離という言葉が、世の中に浸透している。
本当に自分がいるものだけを、持つこと。
その判別をする時間を設けること。
自分にとっての判別は、
場所をスッキリさせるだけでなく、
心にも余裕を生み、シンプルに生きていくことを助けてくれる。
だから、まずは、物質的なものに手をかける。
お部屋のお掃除や片付けなど。
そして、余裕が出てきたら、
家族へのちょっとした言葉掛けもしておこう。
仕事場の書類の整理、職場の人たちとのコミュニケーションなど、
自分から、どんどんと他人へと広げていく。
どんなときでも、どんな場所でも、
自分がまず、笑顔で前向きに行動していくこと。
誰かに強制されて、イヤイヤ行動するより、
自分から進んで行動する方が、エネルギーも高い。
どんなことにも興味を持ち、
いつも自分の責任の下、考え行動していく。
自分の身の回りが、少し落ち着いたら、
もう少し大きな所に、目線が移っていくだろう。
こんにちは、日響娃です。
今日は、新月です。20:09です。
「新月に願い事をすると叶う」とか言いますよね。
色々なやり方がありますね。
ピンク色の紙に書くとかもありますが、
1つ簡単なやり方をご紹介しますね。
1.あなたがなりたい(やりたい)夢は、
本当に自分にとって必要なのかを、じっくり見つめてみる。
このときのやり方の一例として、手の中にその夢をイメージしてみる。
2.本当に必要だと感じたら、
手のひらに乗っている夢を、自分の身体の中に入れてみる。
ゆっくりと胸から入っていったらOK。
どこからでもいいが、願望のチャクラが胸の辺りなので、
胸が一番入りやすいと思う。
反発したり、遠ざかっていくものは、本当は自分に必要なことじゃないかも。
自分にとって必要かどうかを、改めて見つめ直すいい機会になる。
3.身体に入れた夢を、身体中にめぐらしてみる。
このとき、その夢はもう夢ではなく、
なりたい自分ややりたいことをやっている自分になっている。
そして、その後の自分の対応まで、イメージできれば、尚OK。
4.夢が叶った自分をイメージし、その後の対応までイメージし尽くしたら、
そのことを、「ありがとう」という感謝の念と共に、
身体から出して、手放してみる。
簡単に言うと、こんな感じです。
4の「感謝して手放す」がポイントだと思います。
新月だけでなく、普段でもやってみてくださいませ。
日響娃
先日、知人から、こんな質問を頂いた。
その方は今、考古学に興味を持ち、
『出雲国風土記』に書かれている薬草や漢方薬などを調べているらしい。
その中で出雲の旧地名で神門郡(かんどぐん)があり、
島根半島の西側の付け根に位置していたらしく、
現在は出雲市となっている所がある。
『出雲国風土記』によると、
伊加曾然(いかそね)という者がこの地に神門を奉ったことにより神門臣の姓を賜り、
その神門臣が定住したのでその地を「神門」と呼ぶようになったとされる。
以前、私のブログで、佐太神社にお参りをしたとき、
出雲の”出”について書いてある記事がある。
http://www.reimeiken.com/blog/cat74/
「この出雲は、出と入りをつかさどる所。
あなた方の旅の目的が分かりましたか。
出す・表現するということは、出すだけにあらず。
心の中にしっかりとした己を持たねばなりません。」
この文章を読んで、色々と疑問が出てこられたそうだ。
「出雲と神門という地名をあわせると、何が出入りするのか。」
「神門と神の戸の違いは?」
まずこの2つの問いについて、メッセージを下ろしてみたい。
「出雲と神門という地名をあわせると、何が出入りするのか。」
神の門をくぐるものは、神のみぞ。
神の姿は、何通りにも例えられているが、
すべてが、言い得て妙である。
人の形をしているもの
龍の形をしているもの
風や竜巻のように、表現されているもの
光として表現されているもの
神といっても、さまざまに表現されている。
またその表現方法は、
絵や彫刻によって形づくられたり、
自然界の中の滝や石、山などに、象徴されたりしている。
「何が出入りするのか。」
当たり前のことではないか。
神が出入りするのだよ。
「では、神門と神の戸の違いは?」
これも面白いことを聞くものだ。
神の戸も、神が出入りするもの。
人も、門や戸をつけて、他人の進入を防いでいるであろう。
でも面白いもので、
戸を叩いて入ってくる複数の人間がいた。
礼儀をわきまえて入ってくるので、
誰も防ぐことができなかったとでも言おうか。
神門は大きく、圧倒されるのであろうか。
誰もここを通ろうとしたものはいない。
だが戸をつけると、親しみやすく、入りやすいのであろう。
何と面白いことか。
神の戸に、人間が入ってきた。
神の門の中に、人が入ってきた。
神と肉体を持つ人間とが、融合するのか。
互いが互いを必要とする時代なのか。
これもまた妙なことである。
昨日の続きです。
ご質問のメールから、ご紹介します。
「出雲を出石近くにあるこの地名で、
出雲は石の国ともおっしゃっておられたので出石との関係は何か?
出石も中国の神様がまつられており、文化伝承に大きく関係しているのは
間違いないと思います。そこに出雲も関係しているのでは。
と思った次第です。
その左右に石見と出石があります。ともに石なんですが、
古代石信仰と同時に石の国に何か関係するのか?…」
このメールを頂き、まず思ったこと・・・。
出雲:いずも(島根県)の雲
出石:いずし(兵庫県)と石見:いわみ(島根県)の石
これを読んで、だったら、「雲見」はないのかなと思い、
ネットで調べてみました。
ありました! 雲見:くもみ(静岡県)は、西伊豆にありました。
オートキャンプ場があり、雲見温泉があり、ダイビングができる海があり・・と
大自然に囲まれていました。キレイなところ!行ってみたいなぁ~。
探究心は、知識を広めてくれますね。
では、ご質問の
「出雲と出石と石見、何か関係があるのか」
「古代石信仰と同時に、石の国に何か関係するのか」
について、メッセージを取りたいと思います。
何か関係があるかないかといえば、ある。
だが直接、大きな関係はない。
それぞれの土地には、人々の願いが込められている。
その土地の名前の大半は、形状のことを表現し、
その土地の役割を表現しているものもある。
昔のことである。
今は、その土地の形状や役割は、そうでないこともあるだろう。
出雲は石の国である。
昔、日本が形づくられてきたとき、
大きな石がコロコロ生まれ、
地表近くに動くプレートが石と石とをつなぎ、大地が生まれた。
昔は、石ばっかり。
そこに緑が増え、人々が土地を耕していった。
水のキレイな所には、それに適応する植物が育つ。
乾燥している土地には、それに適応するする植物が育つ。
すべては自然の流れと共に生きている。
何事も、すべてはつながっている。
だが、直接的なつながりは、追わなくてもよい。
大きな流れで、大きく生きていけばいい。
一昨日からの続きです。
9月も今日で終わりなので、質問に対して、
全部メッセージを下ろしていきます。
(1)関西には、摂津、播磨、備中、備前など古い地名があります。
これらは、いつから名付けられたかは知りませんが意味があると思います。
その語の意味をみていただいてもよろしいでしょうか。
(1メッセージ)
言霊には力がある。
その土地の役割として人々が望んだことを、
地名として用いることがある。
土地の名前の由来には、大きく2つばかりあり、
土地の形状を表しているもの、土地の役割を表しているもの。
いにしえの人々は願いを込め、地名を残した。
それがどう変化していったかは、知る由もない。
すべては、その当時の人々が決めた名前
土地の形状や役割によって、分りやすく表現されたのである。
(2)姫路の播州(ばんしゅう)の播。
広めるとか伝える・伝播するという意味です。
(2メッセージ)
「播」は、1つに留まらず、左右に長く伸びていくことを望んでいる。
上下ではなく、左右に伸びていく。
地図上で言えば、九州と近畿地方をつなぐイメージ
(3)姫路が播州でその上に因幡(いなば)があります。
因は、受け継ぐとか踏襲するの意味ですから、
出雲からの情報を受け継ぎ、畿内に広めたのか?その逆か?
そのあたりを聞いてもらいたいです。
(3メッセージ)
「因」は、その通り、出雲からの流れを受け継いだが、さほど広まらず、
そこに留まったイメージがある。
(4)岡山地方は西から備後、備中、備前となり何かに備えていたようです。
この備は何か?
(4メッセージ)
備後・備中・備前
後・中・前ということになっているが、
もともと、吉備を3つに分けたことから、その名がついている。
なにやら、どちらを向いているか、お分かりか。
前からくるもの、後ろからくるもの。目線は都を向いている。
「備」何を備えているのか。
鎧やカブトじゃなさそう。
豊かな土地、食べ物が備えられていそうである。
(5)熊野の「くま」も「くも」とよむことがあります。
熊は時々は神様を指す言葉としても用いられていたようで、
それとも関係あるのかもしれません。
(5メッセージ)
神を表す動物は、地域により様々であるが、
熊野は、その言葉通り、大自然の中にあった地域。
自然界にある岩や滝をご神体にしているのは、
その場所そのものが、神聖な場だと、昔の人々が感じたからであろう。
現代も、この神聖さは、保たれている。
(6)「出雲の「雲」はどういう意味か?」
(6メッセ-ジ)
出雲に行ってみるがいい。
雲が大地に垂れ込むように、
覆いかぶさっていよう。
太陽が顔を出すのは、数えるほど。
それでも人々は、ここに住み続ける。
この地の魅力は、
太陽の光よりも素晴らしいということだろう。
疑問に思ったら、まず足を運び、
肉体をその場所に置くことじゃ。
五感を澄ませ、肌でその土地を感じることじゃ。
頭をからっぽにして、
ただただ、そこに立つ。
自然とそこの流れが入ってくるであろう。
現代人は頭で分ろうとする。
それはとても手っ取り早く、納得のできることもあろう。
だが、自分の身をもって、体験することも、
決して忘れてはならぬ。


