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救世光明不動尊 アーカイブ

2011年10月16日

救世光明不動尊 その1

~平成23年5月7日 不動明王 顕現す~

平成23年3月11日、東日本大震災が起き、
日本は未曾有の大混乱に陥りました。

大勢の方がお亡くなりになり、
未だに行方の分からない方もたくさんおられます。

生き残った方々は、
今必死に復旧復興に向けて、努力されておられます。

この震災でお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、
復興に向けて取り組んでおられる皆様に、1日も早い復興が叶うことをご祈念申し上げます。

そんな中、この3.11を契機として、
色々な決断をされた方々もたくさんおられたことでしょう。

この震災をきっかけに結婚したり、
今しかできないことを成すために転職したり、
人生の価値観の大転換が起きたのです。

さてこれは、3.11を契機とした私の主人とお不動様のお話です。
この震災の後、主人の手元に一体のお不動様がやってきたのです。

・・・

IMG_5883.JPG

私の実家の寺に、長い間立ち枯れになった1本の木が、
水屋の横にあるお地蔵さんの隣に立っていました。

祖母に、
「これ、子供の頃からここに立っているけど、何でこの木、切らないの?」
と尋ねたところ、

「この木は、先々代のご住職が
 若いころ務めていた京都の青蓮院門跡から持ち帰ったもので、
 しろ白檀の木なんだよ。」

そう言います。

(日本で育った白檀は大変珍しく、特にしろ白檀は貴品種)

試しに、少し削ってみたところ、とても強い香のにおいがします。
「本当に、これはしろ白檀だ。」

祖母に了解を取り、いくつかに切り分けて、
京都の寺(毘沙門堂門跡にて修行時代を過ごす)に持って行くことにしました。

しろ白檀の木で、いくつかの念珠を作り、
一番大きい所は、何か彫刻でもしようと思い、
しばらく手元に置くことにしました。

ある時、仏像彫刻の世界では、大変有名な京佛師 出口翠豊さんが、寺に来られた折り、
件の木の塊を見せると、その木を手に取るなり、
10分ほど何も語らずに色んな角度からそのしろ白檀を一心に眺めています。

そして一言、
「この中には、お不動さんがいらっしゃるよ。私が出してあげよう。
 大まかな所は私がやるから、後はあなたがやりなさい。」

そう、言われると、「じゃあ」と言い残し、

「いいお不動さんだ、顔に傷があるけど、これがまたいい。うんうん」
と言いながら、足早に仁王門の方へと降りて行かれました。

それが、今から23年前の12月28日、
この日は寺の境内では餅つきの日、小雪のちらつく寒い日でした。

2011年10月17日

救世光明不動尊 その2

~平成23年5月7日 不動明王 顕現す~

しろ白檀の木を京佛師の出口師にお預けして1年後、
無事修行も終わり、京都の寺を辞することになり、
不動明王の出来具合を見るのも兼ねてご挨拶に行くと、

「このお不動さん、世に出るにはもう少し時間がかかるね。
 見かけるところ、あなたはまだ修行が少々足りていないようだ。
 まだ若いのだし、しばらくの間、しっかり修行なさいよ。」
そう言われて、早23年の月日が経ってしまいました。

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(しろ白檀の原木)

何かと忙しく月日が過ぎ去り、
(京都の佛師さんに預けてあるあのお不動さんどうなったかなあ)と
特に今年は強く思っていたところ、
3月11日の東日本大震災が起き、多くの方々がお亡くなりになられ、
日本中は大混乱に陥りました。

奇跡的に私の知り合いで亡くなった方はいませんでしたが、
友人や知人の話を聞くと、家族や会社関係の中で、
少なからず亡くなられた方や被災された方もおられるようです。

人の生のはかなさを思うと、自分の身にも、
このような不慮の出来事がいつ起きてもおかしくないことを思わずにはいられません。

そんな中、思いきって、京都の佛師さんに電話を入れ、
お預けしている不動明王さまを完成させて頂きたいとお願いしたところ、

「いいよ、5月になったら、手が空くから、いらっしゃい。」
そう言っていただき、5月7日に京都に行ってきました。
(佛師さん、10年先まで、予約が詰まっているそうです)

京都では、
ご挨拶を済ませると出口師自ら抹茶をたてて頂きました。

丸いテーブルの真ん中に、
彫りかけのお不動さんのお姿が見えます。

彫りかけと思ったのは、私の方から後ろ姿が見えていたからです。

それから暫く雑談をしていると、
その途中で出口師がお不動さんの向きをくるりとかえて、
正面を私共の方へ向けてくれました。そして一言、

「出来たよ。」

「えっ」と呆気に取られていると、

「今日、持って帰りなさい。」そう言われます。

いやー、もうなんと言って良いやら、
こちらとしても今回はお不動さんをお作りいただきたい、
その話をしに来たつもりだったので、本当に驚きました。

出口師は、私の電話により、
しまってあった作りかけのお不動さんを取り出し、
何十年かぶりに眺めると、不思議なことに一気に手が動きだし、
私との約束の日の1日前に、彫りあげられたとのことです。

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(しろ白檀の原木より切りだされた五鈷杵(ごこしょ)及び三鈷杵(さんこしょ))

2011年10月18日

救世光明不動尊 その3

~平成23年5月7日 不動明王 顕現す~

お不動様をお作り頂きたい、そうお願いしに行ったつもりが、
「出来たので今日持って帰りなさい」と言われ、とにかく面食らうばかり。

その後、出口師は、何事もなかったように、また色々な話をしはじめました。

「この工房には結界が張られているんだよ。
 (故にめったに工房に人を入れることはない。
 邪を持っている人間がここに入り込んでくると、場が乱れるため)」とか

「松久先生(京大佛師の称号をいただく 京佛師の統領)」の話や

「修行時代」の話、

「電車と相撲を取った」話
 (電車にはね飛ばされ、一命を取り留める)

「日これを知らず」と言う禅の話
 (南禅寺の高僧に師事)

「妙、とは何か」、

「修行時代に、彫刻刀を研いでいるときに悟った」話など、

夢中になって話を聞かせてくれます。

午後1時にお邪魔して、
気がつけばもう6時を過ぎようとしています。

ご自分が今まで感じたこと、悟ったことを私達に伝えたかったのでしょうか。
とても有意義なひと時を過ごさせていただきました。


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(しろ白檀の原木より切りだされた捻数)

23年前、修行が足りないと出口師に言われたその日から、
自分なりにはやって来たつもりですが、
まだまだ足りないのは重々承知致しております。

東日本大震災と言う未曾有の天変地異を経て、
この不動明王はお出ましになられました。

かなり重い使命の元にこの世に出て来られたのでしょう。

私の元に縁あってお越しいただいたことをありがたく思います。

出口師は、
「私は佛を彫ることはしない。
 佛様が出たがっているのを感じて、木くずを払っているだけ。
 やっとこのお不動さん、世に出てきたね。きっと大切な使命があるんだよ。
 大事になさいよ。あんたはいい声といい身体をしている。それでいい。」

出口師より、そうおっしゃっていただき、23年という月日を経て、
今、私の元に、この写真の不動明王が参られました。

「今まで学んできた佛道、そろそろ生かしなさいよ。」

そう言われているような気がします。
私も、そういう年になったのだなあとつくづく感じます。

2011年10月19日

救世光明不動尊 その4

~平成23年5月7日 不動明王 顕現す~

最後にこの東日本大震災を経て、お出ましになられたお不動様より、
この震災を体験された皆さまにメッセージをお届けします。


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(しろ白檀の原木より切りだされた出雲勾玉)


「私は光の世界よりまかり越したるもの
 そのことを伝えよう。

 今を生きるこの世の魂たちへ

 何も恐れることはない。

 何も戸惑うこともない。

 誰を恨むことでもない。

 己が今、ここにあるのみ。

 今という瞬間(とき)は、今しかない。

 この今を考えずして、何があろうか。

 皆が互いを思い、協力し合って生きていくことが、
 当たり前の世の中になっていくであろう。

 それに疑問を向けることもなかろう。

 己の魂、相手の魂、
 それぞれが個であり、そして集まるとひとつである。

 このことを忘れなきよう。」

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南無帰命頂礼 救世光明不動尊

この深き慈愛に満ちた言葉をかみしめ、
この震災を契機に世に出られたお不動様とのご縁を
これからも大切に過ごしていきたいと思います。

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