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2011年03月10日

第7回目 トリニティメソッド その1

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             ~in 五反田

2010年12月11日(土) 五反田ゆうぽうとにて、
今年最後のトリニティメソッドが行なわれました。

今回のテーマは、『ある聖者の物語:ブッタ』についてでした。

ブッタ(目覚めた者)というと、頭によぎるイメージは、
佛教の創始者で、偉大な人
お釈迦様、釈尊、
信仰の対象・・・このように捉えがちですが、

目覚めた者という以外にも、
今では色んな佛さまにも、
「ブッタ」という呼び方がなされています。

アミターバブッタ(阿弥陀佛)
マイトレイヤーブッタ(弥勒佛)等々

今回お伝えする「ブッタ」と呼ばれている聖者も、
もとは、1人の人間でありました。

名前を、『ゴータマ・シッダルタ』といいます。

釈迦牟尼佛(シャカムニブツ)とは、
シャカ族出身の目覚めた者という意味です。

ゴータマ・シッダルタは、現在のネパールで生まれ、
カピラヴァストゥ(パーリ語:カピラワットゥ)という国の王子として育ちました。

彼の父を、『スッドダナ王』といい、
母を『マーヤ夫人』といいます。

シッダルダ王子の母マーヤ夫人は、
彼の誕生(七日後)に、この世を去り、
母の妹マハープラジャパティー(パーリ語:マハーパジャ・パティー)によって
育てられました。

あるとき、『アシタ』と呼ばれる仙人が、
ゴータマ・シッダルタの誕生を知り、
カピラヴァストゥの王宮を訪ねてきました。

仙人は、王子を両手に抱くと、
ポロポロと泣き始めました。

「せっかく王子が生まれたのに、なぜ泣くのか」と王が尋ねると、
仙人は、このように答えました。

第7回目 トリニティメソッド その2

王子を抱いて、泣き始めた仙人は、
その理由を王に問われて、こう答えました。

「この方は、あなたの跡を継ぎ、王となられれば、
 世界を治める転輪聖王となられるでしょう。
 また、出家なされたなら、世界を救う佛となられるでしょう。
 私の寿命は、そこまで持ちません。
 この王子が偉大な存在となられることを見届けることが出来ない。
 そのことが、悲しいのです。」

その話を聞いた王は、シッダルタ王子の出家を阻止せんがために、
ありとあらゆる策を取りました。

やがて、王子は成長し、16歳のときに結婚し、
子供を1人、もうけました。
(子供の名前は、『ラーウラ』のちに釈迦の十大弟子に数えられる)

何不自由のない生活を送っていた王子は、ある日、供の者とともに、
決して近づいてはならないとされていた4つの門のひとつ、東の門に近づきました。

そこには、老人がおり、初めて老人を見た王子は、従者に、
「あれは一体どうしたことか」と尋ねると、従者いわく、
「人は年を取ると、皆あのような姿となるのです。」

「私も将来あのような姿となるのか。」
「はい、人は必ず、年を重ねると、あのように老いていくのです。」

その話にショックを受けた王子は、
初めて、人は老いていく存在であることを知ったのです。

また幾日かおいて、南の門を訪れると、
そこには、病に苦しむ人がおり、
病というものが、世の中にあることを知り、
西の門に至っては、死者の葬儀に出くわし、
人は皆、死に逝く者であるという事実を知ることになりました。

このような現実と直面した王子は、
宮殿の中で、悶々とした苦悩の日々を送っていました。

あるとき、最後に残った北の門を訪れると、
そこには、清々しい容姿をしたバラモンの僧がいました。

そこで、王子は、その僧に、教えを乞い、
生老病死を越える道があることを知り、
出家を決意したのです。

これが、お釈迦様の最初の物語です。

苦しみというものの存在を知り、
いかにして、苦と立ち向って行くのか。

これが、佛陀(ブッタ)と呼ばれるようになった方の原点であり、
佛教は、この苦をありのままに見、受け入れ、共存していく方法として、
今世界中に広がっています。

今回のワークでは、
お釈迦様(ゴータマ・シッダルタ)が感じた『悟り』といわれるものが、
一体どのようなものであったのか・・・に焦点を当てて、
ブッタの言葉に耳を傾けてみました。


Q1:あなたが悟りを開いたときの、心の様子をお聞かせ願えるでしょうか。

A1:私は、あなた方と何ら変わることはない。
   ただ私の生きていた頃の常識と、
   今のあなた方の生きている時代の考え方や価値観が、
   ほんの少し違うだけなんだよ。

そんな言葉とともに、このような情景が、
私(日響娃)の心に浮かんできました。

情景について、次の章でお知らせします。

第7回目 トリニティメソッド その3

お釈迦様(ゴータマ・シッダルタ)が感じた『悟り』を
お伝えします。

・・・

草原、風が心地良く吹いていて、上を見ると太陽がある。

とても心地良い。

目を下にやると、舗装されていない道があり、
自分はちゃんとした靴を履いていない。

藁のようなもので編んだサンダルのようなものを素足で履いている。

舗装されていない細い道を歩いている。
周りは草原、草はひざ位の高さ。

道の脇に、黄色い可愛い花を見つけて立ち止まった。

その時思ったこと。
こんなにキレイに咲いている花を、他の人は見たことがあるのかな?
皆、足早に歩いているから、分からないかもしれないね。

彼はしゃがみこんで、その花に向かってしゃべっている。

ふと、空を見上げると、鳥が飛んでいるのが見える。
とても自由で、気持ちいいなと感じている。

目の前に起こっているすべてを肌で感じ、
心で感じ、それを喜びとしている。

今、向かっているのは、自分が以前修行をしていた場所。
過去に、修行していたところ。

昔はそういう苦行(辛いことをすること)で、
何か悟りを得ようとしていた。

今は、そうではなく、この瞬間に生きることがすべてだと悟る。
過去を認めることも、また悟りであることを知る。

すべての自分を認めること。
そのために、修行したその場所を見に行こうとしている。

その山の辺りに、歩いていった。

自分が修行したいがために、自然を壊している。
それを見て、彼は嫌な気持ちになっている。

人間のわがままで、他の調和を乱している。
それが、とても彼の胸を痛めている。

修行したい人は、そこでやればいいんだけど、
何か違うんじゃないかという彼の心。

修行の山を降りて、人のいる村の方へと歩いていく。
村の子供たちが、川で遊んだり、お母さんが洗濯をしていたり、人の営みを目にする。
橋の中央あたりで、頬杖をつきながら、その光景を楽しそうに見ている。

先ほどの怒りは全くなく、人として生きることをもう一度認識したよう。

彼が、子供たちに言葉を投げかけている。
「何やっているの?」

子供たちは答える。
「水の中で動いているもの(魚)と遊んでいる。」

彼は、人としての楽しみ方を、今、他の人に聞きながら、体験している最中のよう。

彼の言った一言、一言が、
後々になって広がっていくことを、彼は知らない。

彼の心は、いつも子供のように無邪気で、
それでいて深く、人の心に浸透していく。

彼は今、人として楽しんでいる最中のよう。

・・・

このブッタの心の中を垣間見て感じたことは、
私の心にも穏やかな波が沸き起こり、
心地良い感触がずっと続いていることです。

この会場におられたすべての方が、
この感覚を感じ取られたことでしょう。

第7回目 トリニティメソッド その4

ブッタの悟りとは、
例えば、キアヌリーブス主演の『リトル・ブッダ』の中で描かれているような、
壮大なスペクタクルのように、激しいものではなく、
実に穏やかなものでありました。

「悟りとは、事実と経験の積み重ね、
 淡々と修行という形でこなしていくうちに、
 自然と、そのような形になったのだよ。」

そうブッタは言われます。
ブッタの教えの根幹をなすものの中に、無情という考え方があります。

「事実を受け入れ、ありのままに、
 正しく物事を見、考え、行動する。
 事実を都合よく解釈し、間違った判断を下さないこと。
 これが正しい方向へ自分を導いていく方法である。」

次に空(くう)という考え方も、ブッタの教えを端的に物語っています

「この世の中は命あるもので、満ち溢れている。
 これが私の心の中にあるものであり、何らあなた方と変わることはない。
 すべてのものが一体のものであるということを知ること、
 これを空という。」

第7回目 トリニティメソッド その5

次に、このワークに参加された方々から、
色々な質問がブッタに問いかけられました。

その内容をご紹介します。

Q2:今の悟りを得た状態から、過去を振り返って、
   出家をしたことをどのように思われますか。
A2:葛藤よりも、興味の方が上回っていた。其のことに後悔はない。


Q3:苦行をなぜやめられたのか
A3:もういいと思ったから。自分には必要ないと思った。
   苦行を続けても、解決の糸口はなく、ただただ苦行者であり続けたことだろう。
   私には、もはや苦行は必要ではない。
   決断が早い。迷いがない。


Q4:菩提樹での悟りについて
A4:後世には、色々と、劇的な物語として伝えられているみたいだが、
   私は、日常生活において、悟ってきた。
   苦行をしたのは事実、それをやめたのも事実。
   そして色んな葛藤があり、悟り始めたのだ。
   菩提樹の木の基での悟りがすべてではない。


Q5:穏やかになったきっかけ
A5:色んなことをすべて知った上で、決断していった。
   人と比べることはできないが、自分は体験したことで、判断してきた。
   私としては、すべてを、生活の中で感じ取り、自分で判断してきた。
   私は、大したことではないと思っている。
   とは言え、あの時代にそのような判断が自分で出来たのは、
   自由にできた身分であったからに過ぎない。そのお蔭で、色んな経験も出来た。


Q6:穏やかな状態から見て、人の苦・死とは
A6:人が老いて死ぬのは当たり前。
   当たり前をどう当たり前として受け取っていくか。
   今を受け止め、判断していくことで、成り立っていく。
   自分が言ったことが、素晴らしいと崇め奉られたり、
   すごいことになっている部分。
   しかし、その時代には、そんな演出も必要だった。
   それがあって伝わってきた。
   今のこの時代には、その演出は、もういらない。

   誰の中にも、そういう心がある。
   それが出来るようになれば、その勇気があれば、
   その人から、世界は変わっていく。

第7回目 トリニティメソッド その6

Q7:結婚生活から得たもの
A7:結婚していたときは、しがらみしかなかった。
今から振り返ると、それらはすべて成功、良かったと思う。
それがあったから、今がある。
人とのつながりは、本人の魂のレベルによる。


Q8:普通とは
A8:言いたいことが言え、感じたいことが感じられ、発することが出来る、
   自由に発信できる。


Q9:今の時代を見て
A9:言いたいことが言える時代なので、皆には「おめでとう」と言いたい。
   素直に発信して、聞いてくれない人も中にはいるが、それでもいいじゃない。
   とりあえず、言ってみるのがいい。


Q10:日本・日本人の役割
A10:日本に住んでいる人の役割(日本を選んで住んでいる)は、「発信者」
   いいも悪いも、臆することもなく、言っていったほうがいい。
   そこから広がっていくことはたくさんある。
   日本全体に、少しずつ光がある。
   それらの振動(人と人との共鳴)から、広がっていく。


Q11:日本に住んでいる人だからこそ、発信できるものとは
A11:当たり前のことを、当たり前にしているのが、日本人。
   他の国では普通ではないことが、日本人には、当たり前にできる。
   発信できるもの・・・「人としてのつながり」

第7回目 トリニティメソッド その7

Q12:宗教について
A12:自分は広めたつもりはない。
   思ったことを言っていたら、賢い弟子たちが、伝えていった。
   世の中には、色んな宗教があるが、
   皆、最初の人は、そんなものだと思う。
   最初の人は、その人の人生として生きていた。
   それが、その人の生き方を見て、周りが感じ、
   何かを残さなくてはと思って、周りが広めだし、
   それが色んな宗教になっていった。


Q13:亡くなる前、自分の国に向かっていたのはなぜ
A13:心の安定、安らぎが、そこにあるから。


Q14:悟りとは何。
A14:今という瞬間を意識することが悟り。
   それには、2つの見方がある。
   ・人間の意識として見ている。
   ・全体を客観視して見ている。
   今、存在している自分を、今感じること。
   人はまず、共感を得られるかどうか。

   「共感すること」
   自分なりの心の穏やかさがあれば、いい。
   共感する→心が穏やかになる→発信する


Q15:自分を傷つける病気がある。それはなぜ。
A15:すべての病気は、気付きを得るため。
   それによって亡くなる人もいるし、亡くならない人もいる。
   病気はすべてが悪いわけではない。
   当たり前のように老いて、病気になり、亡くなっていく。
   それは、恐れではない。
   病気になった人を、かわいそうと思うことはない。
   その病気になったことで、本人は得るものがある。
   例えば、看護師さんや家族からの温かい言葉や看病、
   今までは甘えられなかったことを、受けることになる。

   自分の身体を傷つける病気があるが、
   それは、ちょうど自分の時代の苦行に似ている。
   苦行とは、自分で選んで行なうもので、誰かに指示されてやるものではない。
   とすると、その病気の人も、自分で選んで、自分の身体を傷つけている。
   それをすることによって、何かを得ようとしている。

   周りの人は、それをみて、かわいそうとか、治そうとするが、
   本人が治りたいと思わなければ、薬では治らない。
   本人が求めているのは、温かい言葉をかけられ、温かく接してもらうこと。
   その人の存在を、認めてあげることで、本人の心は、変わっていく。

第7回目 トリニティメソッド その8

最後に、ブッタという偉大な方からの、偉大な教えを、
期待していた私たちでしたが、
こうして、ブッタの意識と接してみると、
最後に残ったのは、
心の中に広がる安堵とも、喜びともつかない不思議な懐かしさを覚えました。

このワークの最終に受け取ったブッタの言葉を、ここでご紹介します。

・・・

<ブッタの言葉>
  肉体を持った人たちは、いつも悩み苦しむ。
  もちろん、喜びもあれば、悲しみもある。

  それを経験することを望んで、
  あなたたちの魂は、肉体を持って生まれてきた。

  それを自覚して、今という瞬間に生きていけば、
  あなたたちは、もっと深い意識に戻っていけるだろう。

  あなたたちの魂は、それぞれの肉体を選んで、
  あなたたちが決めて生まれてきた。
  どんな人生であれ、すべてが成功だ。

・・・

ブッタの発した2つの言葉が、今も心に残ります。
「共感を得る」
「悟りとは、今の瞬間に生きているということを自覚し、行動することである。」

ブッタの意識を通じて、皆さんとのワークを通じて、
確かに、今この瞬間に心は奮え、皆さんの魂と私の魂が触れ合い、
振動し、共鳴していることを感じます。

今年も最後に、素晴らしいテーマでワークを行なうことが出来ました。

来年のトリニティメソッドでも、
このような素晴らしい方々と出会い、ともに共感を得られるように、
務めてまいりたいと思います。

最後に、このような素晴らしいメッセージを頂き、
根気よく私たちに語りかけていただいたブッタに、感謝の念を捧げます。
ありがとうございました。

2011年03月11日

トリニティメソッド in 葉山 その1

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             ~in 葉山

2月12日、葉山一色会館にて、トリニティメソッドを行いました。
今回は、体を使ったボディワークです。
担当は、トリニティメソッド ボディワーク担当のKOEIです。
普段は気功や太極拳、坐禅等の普及活動を、東京を中心に行っています。

葉山在住の染色家 矢谷左知子さんhttp://xusamusi.blog121.fc2.com/と、
サーフィンをこよなく愛する浜中壮一郎さんのお招きにより、
次のタイトルで、ワークを行いました。

身心の喜びと地球のつながり探求講座 VOL.1
「大地へのグランディング」地球に深く根をおろす

この葉山は、様々なワークが、毎週のようにいたる所で行われている、
かなり先駆的な場所です。

このつたない私(日響娃)とKOEIで、
務まるのかどうか、少し心配になりましたが、
矢谷さん、浜中さんのサポートを得て、何とか無事にこなすことができました。

今回の内容は、矢谷さんが作っていただいたフライヤーの中に、
すべてが表現されています。
とてもシンプルでスマートな文章に、仕上がっており、
これを読めば、どんな内容のワークだったか、一目瞭然です。

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身心の喜びと地球のつながり探求講座 VOL.1
「大地へのグランディング」地球に深く根をおろす

人はこの地球上で大地と繋がって生きています。

大地に寄りそうという身体の実感をつかみ意識化していくこと、
それは自分自身の中に拠り所を持つことにつながり、
潔い自立を支えてくれるきっかけともなり得るでしょう。

「地球に深く根をおろす」それはどういうことでしょうか。

その身体の感覚の奥深さを、僧侶であり、
気功や太極拳など身体を通したグラウンディングの探究者である、
三代公映とともに探ります。

具体的な身体のワークを通じて浮かびあがってくるものとは、
どんな実感でしょうか。

自分の手が持つ力が味を変えるという楽しい実験もします。

昼間のボディワークのあとにはさらに深い交流の時間も設けました。

美味しい料理とお酒を囲んでじっくり語り合い楽しみましょう。
懇親会もぜひどうぞ!

【ボディワーク内容】
 1. 地球に根を下す       揺るぎない自分を作る
 2. ボディスイッチ       体の中にある色々なスイッチを押してみよう
 3. 合掌力           手を合わせるってどんなこと?
 4. 安心感           束縛からの解放
 5. 大地の鼓動を確かめ合う


・・・その内容を、少しずつお届けしたいと思います・・・

トリニティメソッド in 葉山 その2

トリニティメソッド ボディワーク担当のKOEIです。

トリニティメソッドin葉山の体験談をご報告いたします。

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「一色会館、20人ぐらいなら、
 無理なく体を動かしてもやれそうですね」

という話を事前にしていたのですが、
当日、何と45人という想定外の人たちが集まりました。

本当にこの葉山、色んな事を学んでみたいという方々で、満ち溢れています。
中には、気功や太極拳、ヨガなどを教えたり、
学んでいるという方々もおられるようです。

私(KOEI)に出来ることは、
私の師より、教えられた基本となる体の使い方や、
伝統的な意識の持ち方、考え方を、そっくりそのままお伝えするのみです。

何も手を加えることなく、いにしえの方々が学ばれたものを、
そのままお伝えいたしました。

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皆さまが、どのようにお感じになったのかは、人それぞれだと思います。

大地に深く根をおろし、自然と一体となる。
それがグランディングを果たすということ。

生きている上で生ずる悩みや、様々な葛藤も、
大地に根をおろし、地球・宇宙と一体となることで、
それをも受け入れることのできる自分を作り出すことができる。

大地に根をおろすということは、
母に、抱かれているときの安心感を思い出すことでもあるのです。

・・・次は、ワークの内容を、ご紹介します・・・

トリニティメソッド in 葉山 その3

トリニティメソッド in 葉山のワークの中では、
人の体の中に備わっている色んなスイッチを
オン・オフにした時の体の締まり具合や、緩み具合を確かめあってみたり、

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手から発するエネルギーで、味覚を変えることができるのか、
(お酢の味やタバコの味は、変化するのか)などの実験も行ってみました。

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皆さん、とても熱心に、話に耳を傾けてくれました。

最後に、グランディングを果たされた1人の方を中心に、
皆でその方に触れてみました。

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中心の方が、1本の木となって、大地に根をおろす。

それを1人ひとりが、自分の前の人の肩に手を置き、次々とそれを広げていく。

私は皆さんに語りかけます。

「今、何を感じていますか。心の中に不安はありますか。
 今、皆さんは、大きな力によって、守られています。
 いつでも、大地に根をおろすことによって、
 この温かい安堵の世界へと帰ってくることができるのです。」

この大地、自然、宇宙の広がりを紡ぎ出しているのが、
道(タオ)という見えざるネットワークなのです。

今、皆さんは、大地とつながることによって、
この道(タオ)にアクセスしているのです。

言い方や表現の仕方は変わっても、
いにしえの賢人の伝えたいことは、このこと。

私は、師より、道(タオ)の存在を教えられました。
「言葉」というより「波」として、体に浸透しています。

このワークに参加してくださった方は、
すべて道(タオ)との、えにしを持ちました。体にその波が浸透したのです。

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心の中に不安や恐れを感じた時、
自然と共にありたい時、
もっと深く自分を見つめ直してみたい時、
どうぞ、この世界にいつでも戻ってみてください。

それは、禅・太極拳・ヨガでも同じこと。

色んなやり方で、知らず知らずのうちに、
私たちはこの場所に帰る方法を学んでいます。

これが特別素晴らしいというものではありません。
すべてが素晴らしい学びなのです。

このワークを主催して頂いた矢谷さん、浜中さん、
本当に素晴らしい機会を与えていただき、ありがとうございました。

葉山の皆さんと、またお会いできる日を楽しみにしております。

KOEI

・・・次は、日響が、ワークの次の日の出来事を、ご紹介します・・・

2011年03月12日

トリニティメソッド in 葉山 その4

~葉山の神さまから伝えられたこと~

こんにちは、日響娃です。
今日は、葉山のワーク翌日のお話をしたいと思います。


葉山でのワークが終わり、次の日、
浜中さんに、森戸海岸を案内していただきました。

前日の雪まじりの肌寒さとは、打って変わって、思いっきりの快晴。

葉山の対岸の富士山も、くっきりと見えます。

また、さらに普段は地元でもめったに見ることのできない、
伊豆半島の天城山まで、この日は、見渡すことができました。

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(真ん中の富士山のような形の山は、大室山です)

そうこうしているうちに、
矢谷さんや昨日ワークに参加してくださった方々も、
何人か散歩がてら私たちの輪の中に入ってきました。

ぶらぶらと海岸を散歩していると
下見の際に目にした、
海に突き出した岩場の上のとても小さな神社が見えてきました。

ここは相当に波が引いていないと上陸できない場所にあります。

前回の下見では、波が満ちていたので、お参りできませんでしたが、
今日は、波が引いていて、何とかお参りできそうな気配。

波をよけながら、岩の上に登り、神社にお参りをしました。

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昨日のトリニティメソッドの成功と、葉山の皆さんのご縁に感謝し、
トリニティメソッドの光を奉納したところ、中からこんな声が聞こえてきます。

「あなた方、拝む所を間違っているよ。
 私ではなく、海の向こうに向かって、そのことを願いなさい。
 わたしはいつも、この景色を眺め、満足している。
 あなた方が、今行おうとしていることを広めたいのであれば、
 目の前に広がる景色のように、広く視野を持ちなさい。
 広い視野で物事を眺められるようになれば、
 あなた方のその行いは、広く世の中の人々の知ることとなるでしょう。」

「ありがとうございました。」
この葉山の地、神様も、とてもおおらかなのですね。

最後に、森戸神社にもお参りをしました。

その海沿いの一角に、またまた小さなお社を発見。

山へと続く細い小道を登っていくと、山頂に石造りの祠(ほこら)があります。

その神前で、トリニティメソッドの光を奉納すると、
中から「感じてみなさい」という声が聞こえます。

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「感じてみなさい。
耳をすますのです。何が聞こえますか。

 風を感じなさい。風と一体になるのです。

 光を浴びなさい。温かみを感じるのです。

 どうですか。
 心はひと時、肉体を離れ、あなた方は、自由になりました。
 これが、肉体があるものと、ないものの違いです。

 あなた方は今、肉体を忘れ、ひと時、自然と一体になりましたね。
 この体験を思い出したくなった時、また、ここにいらっしゃい。」

神さまの言葉を仲間に伝えると、
一瞬だけど、そう感じたと皆が言います。

「いつも自然と一体になりたいと思って、何かをするのではなく、
風が心地よい、太陽の光が温かいと感じたその瞬間、
心は肉体を離れ、自然と一体になっている。
心はいつも自由なんだよ。」
ということを教えられたように感じます。

葉山には、すごいパワースポットがあるのですね。

日々の喧騒の中で、本来の自分を忘れてしまった人は、
この場所に立ち寄ってみることをオススメします。

素晴らしい葉山での体験、本当にありがとうございました。

海の幸 山の幸
皆の笑顔
大地に根をおろすと人とつながっていることを感じる。

そのことを、体験した2日間でした。

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ワークショップをお手伝いしてくださった方々
懇親会でのお食事を担当・お手伝いしてくださった方々
神さまへの祈りの舞を踊ってくださったサジンさん
本当にありがとうございました。

また、次の回でも、お会いしたいですね。

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日響娃

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