2012年01月05日

2月 阿佐ヶ谷 気功教室 スケジュール表

阿佐ヶ谷 気功教室のスケジュールをお知らせします!

「阿佐ヶ谷気功クラブ」

2月 6日(月) 阿(第二和室)朝10時-11時半
  13日(月) 阿(第二和室)朝10時-11時半
  20日(月) 阿(第二和室)朝10時-11時半
  27日(月) 阿(第二和室)朝10時-11時半

会場
   阿…阿佐ヶ谷地域区民センター
      杉並区阿佐ヶ谷1-47-17

   産…産業商工会館
      杉並区阿佐谷南3-2-19

また、携帯上でも、閲覧できます。
お出かけの際に、お気軽にご覧くださいませ。

http://reimeiken.com/MT/keitai/mt4i.cgi?id=2

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2月 東銀座 気功教室 スケジュール表

東銀座 気功教室のスケジュールをお知らせします!

「健康気功エクササイズ」

2月 7日(火) 3階 第三和室 19時-20時半
  14日(火) 3階 第三和室 19時-20時半
  21日(火) 3階 第三和室 19時-20時半
  28日(火) 3階 第三和室 19時-20時半(坐禅の会)

会場…築地社会教育会館

      中央区築地4-15-1

また、携帯上でも、閲覧できます。
お出かけの際に、お気軽にご覧くださいませ。

http://reimeiken.com/MT/keitai/mt4i.cgi?id=2

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2011年12月02日

1月 阿佐ヶ谷 気功教室 スケジュール表

阿佐ヶ谷 気功教室のスケジュールをお知らせします!

「阿佐ヶ谷気功クラブ」

1月 2日(月) お休み
  9日(月) 祭日のため、お休み
  16日(月) 産 (第1集会室)       朝10時-11時半
  23日(月) 阿 (2レクリエーション室) 朝10時-11時半
  30日(月) 阿 (2レクリエーション室) 朝10時-11時半

※1月5日現在
 :以前のスケジュールより
  変更になっているところがありますのでご注意ください。
 

会場
   阿…阿佐ヶ谷地域区民センター
      杉並区阿佐ヶ谷1-47-17

   産…産業商工会館
      杉並区阿佐谷南3-2-19

1月 東銀座 気功教室 スケジュール表

東銀座 気功教室のスケジュールをお知らせします!

「健康気功エクササイズ」

1月 3日(火) お休み
  10日(火) 3階 第三和室 19時-20時半
  17日(火) 3階 第三和室 19時-20時半
  24日(火) 3階 第三和室 19時-20時半
  31日(火) 3階 第三和室 19時-20時半(坐禅の会)


会場…築地社会教育会館

      中央区築地4-15-1

2011年04月14日

中央エフエムの収録

中央区で活動されている中央エフエムさんから、
ラジオ収録の依頼がきました。

2011年4月7日に放送されました。

その模様が、中央エフエムさんのブログで、
掲載されていましたので、ご紹介いたします。

http://fm840.jp/blog/hello/2011/04/07/8311

収録内容がCDで送られてきましたので、
個人的にご興味のある方は、お貸しすることも可能です。

お知らせくださいませ。


                日響 娃

2011年04月06日

ラジオに KOEIが出ます

今日は、お知らせさせて頂きます。

気功教室の先生であるKOEIが、
中央エフエムというラジオ番組に出ます。

このラジオ局は、
中央区防災関連情報や、
中央区観光特派員による区内の観光情報の紹介などをしています。

【周波数】
 FM84.0MHz(中央エフエム・ラジオシティ)

【可聴範囲】
 東京都中央区及び千代田区・港区・台東区・文京区
    新宿区・江東区・墨田区・江戸川区の一部

【放送月日】
 明日4月7日(木)

【放送番組名とナビゲーター】
 Hell! Radio City
 福留 由夏さん

【放送時間】
 正午~午後1時までの番組
 『サークルなう』というコーナー
  インタビュー時間は、12時8~28分頃を予定しています。

お昼時間ですが、もし、番組を聴けそうな方は、
どうぞ、お聴きくださいませ。

日響娃

2010年05月31日

合同稽古(指圧教室) その3

(4)エネルギーを入れる

  1.患者を仰向けに寝かせる。
    施術者は右脇、腰の辺りに位置する。
    左の手のひらを胸腺に沿ってあて、
    右の手のひらを臍下(臍下丹田)にあてて、エネルギーを入れる。(3分)

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  2.患者は仰向けのまま、施術者も同じ位置(右脇、腰の辺りの位置)。
    右の手のひらを肝臓(肋骨に沿って)あて、
    その下側の背中側に左の手のひらを差し込んで、
    左右の手で肝臓を挟みこむようにして、エネルギーを入れる。(3分)

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(5)アキレス腱を伸ばす

  1.施術者は、患者の左脚の下に(ひざの上辺り)に左脚ひざを置き、
    左脚を支える。

    次に右手で患者のひざ下辺りを押さえ(支え)、
    次に左手で患者の足の踵を抱え込み、
    腕で(肘の下辺り)指の部分を固定し、
    ゆっくりと重心を頭の方に移動させる。(3回繰り返す)

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  2.右足についても同様に行う。

2010年05月27日

合同稽古(指圧教室) その2

(2)腰を緩める

  1.患者はうつ伏せのまま、足首の下に座布団を入れる。
    (足を圧すときに、足首に負担が掛からないようにするため)

  2.左手の拇指宮に右手の拇指宮を添え、
    右脚の二等筋の割れ目(筋孔)を
    脚の付け根からひざの上まで垂直に圧していく。
    ひざ裏の部分は避けて、続いてひざの下から足首まで垂直に圧していく。

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  3.足首に到達したら、両手のひらで足首を包み込み、
    5秒間持続圧を加える。(3回繰り返す)

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  4.左側についても同様に行う。




(3)下半身を緩める

  1.患者はうつ伏せのまま、
    施術者は患者の右ひざの辺りに位置する。
    患者の両ひざを開き加減にし、
    右手の親指と人差し指でU字形を作り、
    そのままひざ裏に差込み、
    患者の足首を持ち、ひざから足首部分を頭の方に倒す。
    (圧したままの状態を5秒間キープ)(3回繰り返す。)

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  2.施術者は患者の脚を90度ひざから折り、
    足首を両手で(多少足首と手のひらの間に隙間を造って)挟み込んで持ち、
    バイブレーションをかけるように軽く前後にゆする。(30回程)

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  3.施術者は患者の左ひざの辺りに位置する。左側についても同様に行う。


             ~明日も続きます~

2010年05月26日

合同稽古(指圧教室) その1

三原先生との合同稽古も、16回を迎えました。
今回も、好評のうちに、終わりました。

その内容を、順次ご報告いたします。

まず、最初は、皆さんで、気功をしました。

身体の中に溜まっている要らないものを、
手のひらや指先から、出していくイメージで、
スワイショウをしました。

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その後、気のボールをイメージし、
伸ばしたり、縮めたり、回転させたりしながら、気を練っていき、
最後に、丹田に気を収めました。

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次は、三原先生の指圧教室です。

今回は、
背中を中心とした指圧で、腰痛を軽減し、
内臓の働きを活性化する指圧を教えていただきました。


(1)腸にエネルギーを入れる

  1.患者をうつ伏せに寝かせ、座布団2枚を胸にあてる。
    施術者は患者の腰部右側に位置する。
    (どちら側から行なっても良いが、今回は右側に位置したところを説明する)


  2.左手の親指を背骨の右際にあてて、
    その上に右手の拇指宮を添えて、(親指を圧すイメージで)垂直に圧す。
    これを大椎~腰骨まで圧していく。(3回繰り返す)
    この際に凝っている場所を覚えておく。
    この時の注意点は、左手の親指で圧さない。
    右の手のひらに自分の体重を乗せるようなイメージ。

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  3.左手の親指の上に右手の親指を重ねて、
    背骨の4番目の突起辺り(大腸愉のツボ)に当てて、
    そこから水平に体の脇まで垂直に圧していく。(3回繰り返す)

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  4.左手の親指の上に右手の親指を重ねて、
    仙骨の上の角に当てて、
    右の仙骨に沿って垂直に圧していく。(3回繰り返す)

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  5.右手の拇指宮をお尻の真ん中に当てて、
    ゆっくり持続圧をかけて(15秒程)圧し、
    ゆっくり(15秒程)戻す。(3回繰り返す)

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  6.次に施術者は患者の腰部左側に移動し、左側についても同様に行う。


             ~明日も続きます~

2009年11月26日

指圧教室~夏の疲れ・内蔵機能の回復~

三原先生の指圧教室も、盛況のうちに終わりました。

今回のテーマは、「温かい指圧で夏の疲れを取りましょう」でした。
内容をお知らせいたします。


1.内臓の疲れをとる

  1.患者を仰向けに寝かせ、施術者は患者の右脇に座る。

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  2.左手の上に右手を添えて(逆でも良い)、
    肋骨の下の中心=胃の辺り{鳩尾(きゅうび)}に両手を置く。

    添えた右手に圧を加えて垂直に数秒推し、
    ここから恥骨の所まで3~4回に分けて推していく。

    次に、恥骨の所から「の」の字を描くように、
    上行結腸(右腹)、横行結腸(上腹)、下行結腸(左腹)と推して行き、
    腸の流れを促進させるようにS字結腸から直腸へと推していく。
    便秘の人はS字結腸の辺りが固くなっているので、ここを多めに推して氣を入れる。
    これを5回繰り返す。

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2.内臓からの血液を脚の方に流す1

  1.施術者は患者の右脚の付け根部辺りに移動する。
    左手の人差し指から薬指までの3本を揃え、
    それに同じ右手の3本の指を添えて、
    腸骨陵(ちょうこつりょう)の上に置き圧を加えて数秒推し、
    中心部に向かい3、4回に分けて推す。これを3~5回繰り返す。

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  2.次に腸骨陵の下(骨を境にして)に降りて、
    鼠径動脈(大腿動脈)の上に両手を置き、圧を加えて数秒推し、
    中心部に向かい2箇所ほど推す。これを3~5回繰り返す。

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  3.施術者は患者の左脇に移動し、1・2と同様の施術を患者の左側について行う。


3.内臓からの血液を脚の方に流す2

  1.施術者は患者の右脚膝の辺りに移動し、
    自分の右脚の上に患者の右脚を乗せる。

    右手の掌を内転筋(脚の内側の中心線辺り)の恥骨辺りに置き、
    左手をその下(脚の外側)に沿え、右手の掌で垂直に圧を加えて推し、
    膝の辺りまで暫時推していく。
    これを3~5回繰り返す。

   20091108-05.JPG


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  2.次に施術者は患者の左脚膝の辺りに移動し、1と同様の施術を患者の左脚について行う。


4.脚の凝りを緩める

  1.仰向けに寝ている患者の両足首間を20~30cmほど離して置く。
    施術者は、患者の右脇(膝の横辺り)に位置し、
    右脚の下に(膝の下辺り)に左膝を置き、右脚を支える。

  2.左手を患者の膝の上辺りに置き(支え)、次に右手で患者の足の踵を抱え込み、
    腕で(肘の下辺り)患者の足指の部分を固定し、ゆっくりと重心を頭の方に移動させる。
    これを3~5回繰り返す。

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  3.次に反対の左脚について同様のことを行う。


5.内臓を緩める

  1.患者を仰向けに寝かせ、施術者は患者の右脇に座り、
    両手・親指以外の4本の指を添えて(親指同士は重ねて)、
    胃の辺り(鳩尾の左側)に両手を置く。

  2.添えた両手の指先を内臓に賭けて手前(肝臓の辺りまで)に引いてくる。
    そして今度は、手の付け根つまり手首(掌根)を推しつけて胃の辺りまで推していく。
    (船の櫓を漕ぐ要領で行う。)
    この動作を膀胱の上辺りまで繰り返していく。

  3.1.2の動作を3~5回繰り返す。

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6.肩の痛みをとる

  1.患者を座らせ、施術者は患者の後ろに立ち、
    両手の親指の拇指宮を首の付け根(僧帽筋の脇)に差込み、
    他の4本の指は前に置き、親指に圧をかけて推す(一呼吸)。
    暫時、鎖骨と肩の付け根まで4,5回に分けて推していく。

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  2.次に肩甲骨の上角を結んだ辺りに両手を移動し、両手の親指の拇指宮を差込み、
    他の4本の指は前に置き、親指に圧をかけて推す(一呼吸)。
    暫時、肩甲骨の上角辺りまで3,4回に分けて推していく。

  3.1・2で推して痛みのあった箇所に両手の掌を重ね、
    痛みが消えるように真言を唱えて念じ、手当てする。

 *今回の合同稽古では、三原先生が参加者を手助けするために、
   手当てしている状態で氣を送り、痛みを解消してくれた。

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7.眼精疲労の解消

  1.患者を仰向けに寝かせ、施術者は患者の頭の上方に座り、
    患者の目の部分に手ぬぐいをかけ、両手の掌を軽く両目の上に被せて置き、
    真言を唱えて念じ、手当てする。(20~30秒)

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  2.次に、施術者は患者の右脇に移動して座る。
    左手の掌を両目の上に軽く被せ、右手の掌は膀胱に置き、
    真言を唱えて念じ、手当てする。(20~30秒)

  *何故、眼と膀胱を何ですか?の質問に対して、
    「眼からは涙、膀胱からはお小水を出すように、
    お互いに水を出すので繋がっているからです。」との三原先生の回答がありました。

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8.腰痛:腰椎・仙椎の指圧

  1.患者を横向きに寝かせ(この場合には右が上の状態であるがどちらからでも良い。)、
    施術者は患者の後ろ、腰の辺りに立つ。

  2.背骨と腸骨陵の交点の脇(腸骨陵のくぼみ=図-1参照)を探し、
    その箇所を推して痛みを出す。
    (*腰の痛い人はここを押されるともの凄く痛い。
      ここの痛みを出してやらないと、腰痛が治らない。)

  3.患者の痛みを引き出したら、左手の掌を腸骨陵のくぼみに当て、
    右手の掌をお腹側の相対する位置に両手で挟みこむように当てて、
    真言を唱えて念じ、手当てする。(20~30秒)

  4.患者の左を上にして横向きに寝かせ、2・3とついて同様のことを行う。


9.腰痛:腰椎・仙椎のストレッチ

  1.患者の右を上にして両足を軽く曲げて横向きに寝かせ、
    施術者は患者の臀部後ろに位置する。

  2.右手の掌を恥骨に当て抱え込むように引き、
    左手の掌を腸骨陵のくぼみの上辺りに当てて推し込み(数秒)、緩めていく。
    これを暫時(3~5回)繰り返して肩甲骨の下辺りまで行う。

  3.患者の左を上にして横向きに寝かせ、2・3とついて同様のことを行う。

2009年07月11日

~佛教用語:慈愛2(あの暑い1日を忘れない) by koei~

あれから何年経ったのだろう。

電車のつり革につかまりながら、
漠然と広告に目をやっていた折、
目に飛び込んできた、週刊文春の広告。

御巣鷹山墜落、坂本九、遺族が涙する「24年目のメッセージ」

「ああ、あれから24年も経つのか。
 あの日は本当に暑かったなあ。
 読んでみるかなあ。」

早速購入し、まず真っ先にそこから読んでみた。

ここからは、文春の記事を参照させていただく。



昭和60年8月12日 JAL123便が群馬県御巣鷹山に墜落
520名の尊い命が失われた。
その中に、坂本九さんがおられた。

私の年代では、実際に九さんの歌っている「上を向いて歩こう」や、
「見上げてごらん」をテレビやラジオで聞いていた。

透明で、ハスキーなあの歌声、
聞くものの心に染み通る、懐かしい昭和を代表する名曲である。

さて、九さんのご遺族である柏木由紀子さん、
小学6年生と3年生になる娘さんを連れて現場に向かい、旅館にて待機。
ご遺体が発見されたのは、それから1週間後のことであった。

3人がその後、事故の話を出来るようになったのは、
娘さんたちが、20歳を過ぎてから、
ようやくその話が出来るようになったという。

人が死を受け入れること、
それが、突然いなくなってしまったのだ。
愛する人の場合は尚更のこと、
時が癒してくれるのを待つしか、方法はないのだろうか。

さて、3人でパリに旅行したとき、ムーランルージュに入ると、
3人を日本人と感じた楽団の方が、「上を向いて歩こう」を演奏し始めた。

親子3人は、「アッ」と顔を見合わせた。

ヨーロッパに行った際も、レストランに入ると、
バイオリン弾きが、偶然「上を向いて歩こう」を弾いてくれる。

九さんは、もうこの世にいない。
しかし世界中で、九さんの歌は、演奏されている。
そして彼女の元に、
数年前から中学生より相次いで手紙が届くようになった。

「『心の瞳』を歌いました」という内容。
九さんは、事故の3ヶ月前に、
最後のシングル『懐かしき Love-song』を発表された。
そのB面に収められている曲が、
愛とは何かをテーマにした『心の瞳』であった。

テレビで歌われたことがないので、
私も初めてそのような曲が存在していることを知った。

この曲は、全国の中高生が、今、合唱曲として歌っているそうである。
一度聞いてみたいものだ。

学校の「道徳」の時間に、坂本九さんのことも、教えられていると聞く。

『上を向いて歩こう』がヒットしている頃、
北海道で、小児麻痺が急増したことを知った九さんは、
長年北海道でチャリティー番組の司会を続けておられたことや、
とても家族思いだったこと、
九さんの活動が、学校の授業で教えられていること、
『心の瞳』という曲が、全国の合唱団で歌われていること、
当の柏木さんご自身が、まったく知らずに、
色々な方からの手紙でお知りになった。

柏木さんが、ある学校に呼ばれたとき、
『心の瞳』の合唱の指揮をした男の子が、演奏後に、
「あの事故のことを知り、僕は飛行機の整備士になろうと思いました」
この言葉を聞いたとき、事故の後に生まれた子供たちのそんな言葉に、
自然と涙が溢れ出てきた。



そんな柏木さんの体験談が、文春に掲載されていました。
(この体験談の多くは、週刊文春よりの記事を掲載させていただいております)

私も文春に載せられてあった九さんと柏木さんご一家の記事を読んだとき、
胸がとても熱くなりました。

人の死は、悲しいものですが、
墜落機に乗っておられた方々のお1人おひとりにも、
たぶんこのような物語があるのでしょう。

死して後にも、
人々に感動を与え続けてくださる。

お亡くなりになった方々の物語は、これからも続いていきます。

あの夏の暑い日より、
この胸に突き刺さったままになっていた私のトゲも、
柏木さんや九さんの生き方に感動を覚えた今、
やっと抜け落ちてくれたようです。

人の生きることの素晴らしさと共に、
その方々が生きた証が、今でもこの世に感動を与え続けていてくれる。

そんな「慈愛に満ちた物語」に接することが出来たことに、感謝すると共に、
御巣鷹山にて、散って逝かれた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

注:慈愛…苦しみや悲しみを取り除く見返りを求めない仏の深い思いやりや慈しむ心を指す

2009年07月04日

~佛教用語:慈愛1(あの暑い1日を忘れない) by koei~

何気ない日常、
いつものように地下鉄に乗り、つり革につかまる。

いつものクセで、
車内の中吊り広告に目をやる。

週刊文春の中吊り広告にふと目が留まる。

何気なく追いかけていくと、
御巣鷹山墜落 坂本九遺族が涙する「24年目のメッセージ」という
タイトルが目に留まった。

あの日は、暑かったなあ、
あの日のむせ返るような暑さがよみがえる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは、夏の暑い1日だった。
学生の頃、大阪の四天王寺に、
春と秋のお彼岸と、夏のお盆の頃、
学費を稼ぐためにバイトに出かけていた。

私の担当は、四天王寺内にある北鐘堂での回向、
5~6人のお坊さんが、
1日中交代で朝から晩まで、お経を上げ、
薄い杉の板(塔婆)に書かれた戒名の束を、
一心不乱に、読み上げる。

四天王寺は大阪の仏壇と呼ばれるぐらい大きく、
お彼岸、お盆、弘法大師の縁日である毎月21日などは、
どこからか人が湧いてくるのかというぐらい、人々でごった返している。

その人々が、手に経木を持ち、
金堂、亀井堂、北鐘、南鐘、等々の全伽藍で、
回向が一斉に行なわれる。

一週間もぶっ続けでお経を上げ続けると、
さすがにお坊さん方も、声がかれてくる。

信者さんとお寺、お坊さん、
立ち上る線香の煙と、
境内に生えている木という木に、鈴なりになったクマゼミの声、
それらが渾然一体となって、
それはもう賑やかな喧騒に満ち溢れた空間が、そこにはある。

さて、夏の暑い暑い、あの日のことは、
今でも覚えている。

日航ジャンボ機が、行方不明になったというニュースが、
ラジオから流れてきた。

所在は、今もって不明。

皆で無事なら良いのだがと、心配していたところ、
数時間置きに、未だ不明、所在はつかめないまま、
私もお経を上げながら、吹き出る汗とむせ返るような線香のにおいの中で、
無事に見つかることを祈るばかり。

夕方のニュースであろうか。
どうやら、日航機は、墜落した模様、
人命については、未だにつかめず、
しかし、皆が心配している最悪の事態になってしまった。

翌朝のニュースで、
生存者4人が見つかったというのが、
何よりの救いであった。

その事件のことは、
今でも、あの暑さと共に、
今でも鮮明によみがえってくる。
人の命の儚さと、
そこに乗り合わせた人々の、
なぜその機に偶然にも乗ってしまったのだろう
これは運としか言いようのないことなのか。

仏教では、正しく諦めるということも学んでいくが、
若い見習い僧としては、
やはりショックは大きい。

今でこそ、バカの壁の作家:「養老孟司:ようろう たけし」ではないが、
人が生まれれば死ぬのは、必定、
致死率100%との存在として人は生を受ける。

人は年を重ねながら、
色々なことを学び、
死というものに、一歩一歩近づき、
それを受け入れる準備をしていく。

それが、突然520人という方々の命が消えてしまう。

戦争を体験していない現代人として、
その衝撃は計り知れない。

私も少々年を重ねるうちに、
湾岸戦争や阪神大震災、
オウム事件、
日比谷線脱線事故等を、新聞やテレビを通じて目にし、
その後遺族の方の話などが紹介され、
少しずつ人々が、悲しみを背負いながらも立ち上っていく過程を、
見聞きすることによって、受け入れてこれたが、
日航の事故だけは、
若い理想に燃える修行時代ということもあり、
ほろ苦く、心の中に突き刺さったままの1本のトゲのようなものであった。


        ~以下、来週の7月11日(土)へつづく~

2009年06月27日

~佛教用語:阿修羅像(心の映し鏡)~

東京に阿修羅像がやってきたのは、57年ぶりのことである。
3月31日(火)より、6月7日(日)までの61日間に、
延べ人数にして(94万6172人)の方が、上野東京博物館を訪れた。

阿修羅とは、サンスクリット語では、
「a」が不定の接頭語となり、
「sura」が天を表すため、非天と訳され、
帝釈天との戦いを通じて、悪神として扱われるようになったため、
修羅界という人間界より一段低い地位が与えられた。

阿修羅王は、お釈迦さまを守る天龍八部宗の1人に数えられている。

仏教では、たくさんの土着の神々を受け入れ、仏教化していった。
阿修羅王もその1人。

阿修羅王は、帝釈天との戦いに敗れた後、
お釈迦さまの教えを聞き入れ、教化されたため、
今は、釈尊を守る守護神となっている。

天龍八部衆とは、

・天(てん)
  サンスクリット語で「ディーヴァ」と訳し、意味は輝くもの、
  天上界を護るすべての神々を指している。

・龍(りゅう)
  「ナーガ」といい、意味はキングコブラを神格化したもの。
  八大龍王の総称でもある。

・夜叉(やしゃ)
  「ヤクシャ」、「羅刹:ラセツ」とも言う。
  森に住んで、人々に危害を加える鬼神を指す。十二神将などが有名。

・乾闥婆(けんだつば)
  「ガンダルヴァ」といい、帝釈天に歌舞音曲を持って仕える。

・阿修羅(あしゅら)
  「アスラ」といい、天部にあらざる者、非天と訳され、
  度重なる帝釈天との戦いに敗れ、後にお釈迦さまに帰依し、仏法守護神となる。

・迦楼羅(かるら)
  「ガルーダ」といい、悪龍を食べる鳥を神格化したもの。

・緊那羅(きんなら)
  「キンナラ」といい、美しい鳴き声の鳥を神格化したもの。
  歌舞で、毘沙門天に仕える。

・摩睺羅迦(まこらが)
  「マホーラガ」といい、地を這う大蛇を神格化したもの。
  音楽の神とされ、踊る姿や横笛を吹く姿で、現される。

以上、天龍八部衆は、「法華経」の「比喩品:ひゆほん」や「観音経」の中に登場する。
(天台ブックレットNO.53 「ほとけさまのサイン」浦井正明氏 参照)


東京国立博物館(平成館)では、
1日1万人以上の方が、阿修羅像の見学に訪れていた。

来月7月14日(火)~9月27日(日)まで、
福岡県の九州国立博物館にて、阿修羅像展が開催される。

人々を引き付けて止まないその魅力とは、一体どのようなものなのだろう。

普通、仏像というと、仏頂面と呼ばれるように、顔の表情に喜怒哀楽がなく、
あまり良い表現では用いられないが、
感情を抑えて、作られているゆえに、仏さまを拝む人々の心を映す。

ある人にとっては、微笑んでいるようにも、笑っているようにも見えるし、
また、ある人にとっては、恐ろしくもあり、怒っているようにも感じる。

興福寺の阿修羅像は、三面六臂のお姿をされている。

聖武天皇の后、光明皇后(生母:橘三千代(たちばなみちよ)の一周忌の供養のため)によって、
734年に制作された。

麻布を漆で何層にも塗り重ねられた『脱活乾漆造:だっかつかんしつぞう』という技法が
用いられている。

これは、鋳造や木像とは違う古い技法である。

その当時、漆というとても高価なものを用いて作られていたため、普及せず、
その技法は、今伝承されていない。

興福寺も幾度ともなく、戦乱大火に見舞われているが、
この漆塗りの技法のおかげで、153センチながら、15キロと軽く、
持ち出しやすかったため、その大火を何度も逃れおおせた。

さて、この阿修羅像、見れば見るほど、
不思議なお顔をされている。

少年のようにも、少女のようにも見える。
明らかに、大人とは違う、その体系。
幼児期から、青年期にかけてのシャープな体つき。
正面のお顔は、何かを見通すような遠い目をしておられる。

今回の展示では、360度の方角から、
お姿を拝見することができる。

向かって左側のお顔は、唇をかみ締め、少年特有の反抗期のようにも見え、
右側のお顔は、眉間にしわを寄せて、青年期の内なる苦悩を表現しているようにも見える。

魅入る人々の心の中そのものが、
阿修羅像の顔を千変万化させるのであろう。

今から1300年もの昔、
天平の頃、大らかな都の様子が、万葉集にたくさん収められているが、
その反面、世の中は、飢きんや地震という天変地異に見舞われ、
政情も長屋王の変などもあり、戦火の絶えない時代であった。

そんな時代背景とあいまって、
この世のものとは思われぬ美しき阿修羅像は、生み出された。

光明皇后の深き祈りと、
苦悩が、この阿修羅像には、込められているのであろうか。

時を越えて、今の時代、世界大戦というべき戦争は、起こらないかもしれないが、
イラクやアフガニスタンでは、未だに戦いは終わっていない。

ソマリア沖では、時代の遺物と思われていた海賊が、未だに跋扈している。

地球温暖化の現象は、
各地で異常現象を引き起こし、
大洪水や干ばつを、我々人類にもたらし、
世界的には、今、新型インフルエンザという、厄災が、大問題になっている。

日本でも、初めは関西を中心に、
今は、全国で、インフルエンザの災いが、広がりを見せている。

苦悩する阿修羅像が、物語っているのは、
まさに、この世そのもの。

今、阿修羅像が、現代人に熱狂的に受け入れられているのは、
その優美な美しさとあいまって、
何かにすがりつかずにはおられない、私たちの心そのものに、あるのだろう。

阿修羅像の2本の天に突き上げられた腕が、
中段に下がり、正面で合掌となる。

我々の内なる修羅も、
エゴでは、争いはなくならないことを悟ることができたとき、
やがて治まっていくのであろうか。

皆さんには、阿修羅の顔はどのように見えますか。

怒っている?
微笑んでいる?
泣いている?
苦悩している…?

それは、皆さんの心そのものなのです。

光明皇后の平穏への祈りは、
時代を超えて、未だに続いている。

2009年06月20日

~佛教用語:坐禅のススメ~

5月30日に、東銀座で、坐禅の体験イベントを行ないました。
今回は、そのときの写真と体験記事をご覧頂きたいと思います。

尚、このときの模様は、
6月18日(木)のスポーツ報知に掲載されております。




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今、坐禅が静かなブームを呼んでいる。

ヨガ・気功・太極拳・ピラティス等、
様々な癒しやリラクゼーションといったものが、流行ってきたが、
今、禅が老若男女を問わず、カルチャーの一部として受け入れられている。

アロマテラピーやエステマッサージといったものが、
都会に住む我々に癒しと安らぎを与えてくれるが、
今やその中に忽然と禅の空間が出現している。

間接光に照らし出された薄明かりの中、浮かび上がる畳と障子、
かすかに香る線香の匂い、水の流れる音、
純日本風の庭園にも似た和の佇まいの中で、静かに足を組む人々。

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何と言うことはないビルの一室の中に、
坐禅を求めて、仕事帰りの会社員が、足を運んでいる。
このような光景は、朝出勤前にも見受けることが出来る。

書店に行けば、禅に関するコーナーが設けられているぐらい、
今、禅は静かに人々に受け入れられている。

坐禅と言えば、
都会を少し離れた静かな山の中に佇むお寺の中で、
精神を鍛えることを目的とした人が、真剣に己と向き合う…、
そんな風景が目に浮かぶ。

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しかしながら、一般の方が、足を運ぶには、敷居が高く、
またどこに行けば体験することが出来るのか分からない。

  ・初心者は受け入れてくれるのか。
  ・一体何時間坐らされるのだろう。
  ・少し動くと、お坊さんに木の棒のようなもの(警策:きょうさく・禅杖)で、
   バシっと打ち据えられるし、お坊さんも怖そう。
  ・動いてはいけない。
  ・足がしびれる。
  ・怒られる。
  ・心を鍛えるにはいいのだが、取っ付きにくい。

私たちが、坐禅というと頭に浮かぶイメージではないだろうか。

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禅は、鎌倉時代に、道元禅師や栄西禅師という二大巨頭によって、
武士階級の間に広まっていき、時代もその精神性を受け入れ、今日に至っている。

禅とは、正式には禅定(ぜんじょう)と言い、
サンスクリット語のディヤーナ(禅)の音写と、
その意訳としての(定:心を一点に定めること・静めること)
この2つを組み合わせてできたものが、「禅定」という言葉である。

静かに坐し、心を安定させ、統一された状態へと導いていく。
あわただしく日常を送らなければならない現代人にとって、
時間を確保することは、並大抵のことではない。

そんな忙しい現代人向けに、今回の坐禅体験イベントは、企画された。

深山幽谷の地で、静かに禅を楽しむということはできないが、
いにしえより伝えられた禅の作法に則り、お経を唱え、
数息観(すうそくかん)という伝統的な観法を用い、一心に呼吸を行なう。

数息観…1で吸って、1で吐く。これを1~100まで繰り返す。
      およそ7分50秒~8分、これを3回繰り返す。
      時間が来るごとに、維那(イナ:禅の進行を取り仕切る導師)より音が入れられる。

3回目が終わると、維那が背中を軽くトントンと叩いてくれる。
(今回は、警策を使わずに、手でその代わりとなす)

動いてはいけないというプレッシャーから、やっと開放されホッと一息つく。
その後、全員で般若心経をお唱えし、今回の坐禅体験イベントは終了。

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すっきりと気持ちよく坐禅を組めた方もいらしただろうが、
大半の方は、足のしびれと、動いてはいけないという重圧との戦いの中で、
心を落ち着けることなど出来なかったのではなかろうか。

それでも、今回禅に触れ合った方々には、
自分なりの何かをしっかりと感じ取っていただけたと思う。

お釈迦さまの時代から、今日に至るまで、人の悩みは尽きることはない。
その解決法も、昔と何ら変わることもない。

人は心を落ち着けるために、静かに足を組み、
心の一点に意識を集中し、心を悩ませている原因を探る内観の法を発達させてきた。

その1つの形態が「禅」であるならば、
その中には、昔の賢人の智慧がたくさん詰まっている。

時間は掛かっても、いい。
すぐに解決に至らなくても、良いではないか。

ゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。それでいいんだよ。
これが昔の人たちの悩みの解決法。

今日は、「禅」を体験した方の意識の中に、
少しでも「禅っていいもんだなあ」と思ってくれる方がいらしたら、
この体験イベントもお役に立てたのではないかと思います。

ありがとうございました。

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2009年06月17日

明日のスポーツ報知新聞に記事が出ます!

こんにちは、日響娃です。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。

先月30日に、報知新聞後援の坐禅体験イベントを、
開催いたしました。

その体験記事が、明日のスポーツ報知に出ます。
21面の「ナビゲーション」の辺りです。

宜しければ、ご覧くださいませ。


                 日響娃

2009年06月13日

~佛教用語:坐禅4(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまの時代、カースト制度はもっと厳しく、
その中で、お釈迦さまは、人の絶対的平等を説かれた。

お釈迦さまの教団の中には、身分の低いカーストの方々もおられ、
その高弟の中にも、何人かこのようなカーストの方を登用されている。

私たちが日々の暮らしの中で、迷い・苦しむことといっても、
時代が違うとはいえ、ここまでのことはないが、
お釈迦さまの提唱された仏教が、
このような背景の中から生まれてきたことを知るだけでも、価値のあること。

しかし、いくら教を読み、仏教を修行しても、
心の中に残る虚脱感・虚しさ、そういったものは、未だ解決されてはいない。

おそらく、この後の人々にとっても、
その悩みは同じこと。

人によって、悩みも苦しみも、
その度合いはすべて違う。

その救いもまた然り。

己を救い、その苦しみから解き放つことの出来る存在は、
己でしかない。

仏教を学び、
禅を組んでも、
その中にある本質を見出していくのは、
教えを説く人でも、仏様でもない。

あなた自身なのだ。

静かに、足を組み、
己が呼吸にすべてを託し、
雑念と足のしびれと戦い、
ひと時、自身と向き合ってみる。

世の苦しみ・苛立ち・虚脱感・虚しさ、
このようなひきこもごものことを、
足を組み、瞑想をしても、
何も、誰も、解決してはくれない。

誰もが、何もしてくれないが故に、
叫びとは言わない叫び、嗚咽を正直に表わし、
苦しい・寂しい・悲しい・何をしていいか分からないと、
その姿をさらけ出してみるのも、禅のあり方である。

その在り様に、正しきものはない。

ただ、そのような己の姿に、
禅を通して接してみたとき、
己を正しく見定めて欲しい。

禅は、正しきものにあらず。
己が真実を映すのみ。

禅は、私たちの悩みをすべて解決してくれるわけではありませんが、
深く己を見つめようとする手助けには、なります。

そこに禅の意義と価値があるのです。

その価値に気がついたいにしえの賢人たちが、
長く守り伝え、手を加え、禅は体系化され、
今日のスタイルになったのです。

今や禅は、お寺に行かなくても、
坐禅のサークルやカルチャーセンターなどでも、
手軽に体験できるようになってきました。

一度機会がありましたら、是非ご体験ください。

皆さん、苦しくったって、いいじゃありませんか。

佛は、しっかりと見ていますよ。

そんな素直なあなたが、佛は好きなんです。


5月30日(土)に、報知新聞後援で、
坐禅体験イベントが、東銀座にて、開催され、
盛況のうちに終えることができました。

来週の18日(木)のスポーツ報知に、
記事が掲載されます。

もしご興味がございましたら、
ご覧くださいませ。

来週の20日(土)は、坐禅体験イベントの報告記事等を
お届けしたいと思います。

2009年06月06日

~佛教用語:坐禅3(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまも、私たち凡人も、苦の原因はまったく同じ。

苦の種類:四苦八苦

四苦  (1)生苦:しょうく…生まれる苦しみ
     (2)老苦:ろうく・・・・老いる苦しみ
     (3)病苦:びょうく…病の苦しみ
     (4)死苦:しく………死の苦しみ

八苦  (5)愛別離苦:あいべつりく…愛するものと別れる苦しみ
     (6)怨憎会苦:おんぞうえく…嫌な人とも会わなければならない苦しみ
     (7)求不得苦:ぐふとっく……求めても得られない苦しみ
     (8)五蘊盛苦:ごうんじょうく…生きていること自体が苦しみ

※注:煩悩に3つ 貪欲(むさぼり)・頬憲(いかり)・愚痴(おろかさ)
    涅槃:ねはん(ニルバーナ)…煩悩の消え去った状態・悟りの境地

お釈迦さまも、苦の原因を探るために、
菩提樹の下で、同じように足を組み、
一生懸命に苦の原因と向き合われ、その解決法を見出された。

その教えが、仏教として、今日に至っているものだ。

さて、お釈迦さまは、何を見出されたのだろう。

それは、四諦八正道という考え方の中に、集約されている。

四諦八正道:したいはっしょうどう

  四諦  ・苦諦:くたい
          人は生まれながらにして、4つの苦、生老病死を背負っている。
          この苦は必然であり、誰も逃れることはできない。

       ・集諦:じったい
          苦には煩悩という原因がある。

       ・滅諦:めったい
          煩悩が滅して、苦のなくなった状態。悟りの境地。

       ・道諦:どうたい
          苦を滅して、悟りの境地に至る道が、八正道である。

  八正道 ・正見:しょうけん…正しい見方

        ・正思:しょうし……正しい思考

        ・正語:しょうご……正しい言葉遣い

        ・正業:しょうごう…正しい行為

        ・正命:しょうみょう…正しい生活

        ・正精進:しょうしょうじん…正しい努力

        ・正念:しょうねん……正しい記憶

        ・正定:しょうじょう…正しい精神統一


お釈迦さまの生きた時代、
もちろん現在のインドもそうだが、
カーストという厳しい身分制度があり、
人の下にも人がおり、それが当然とされた時代であった。

そのカーストは、
現代においても完全になくなったとはいえない。

現在のインドでは、
ヒンドゥー教が、大多数を占めているが、
イスラム教・仏教もその痕跡をとどめている。

今、そのインド仏教が、身分制度撤廃という見地から見直され、
人々の関心を少しずつ広げている。

私の学生時代の先輩も、まさにその渦中にいる。
(インド生まれの方で、中・高・大学を日本で過ごす。)

またの機会に、インドの仏教事情について、
お話をさせていただくとする。

さて、日本仏教会が、
インド仏教会と交流を深めようと、
お坊さん数人を布教目的で、インドに派遣している。

その時のエピソードをご紹介したい。

我々、修行僧は、修行の為に、
仏事以外の作務ということも大事な修行であると捉えているため、
掃除・洗濯・調理など一通りのことは、何でもできるように師より鍛えられている。

しかしながら、インドにおいて、
民衆の前でほうきを持って掃除しているところを、見られると、
お坊さんの説教は、見向きもされなくなる。

ほうきを持って掃除するというカーストがあり、
お坊さんが、掃除をしてしまうと、
そのカーストの人間という風に、見られてしまうため、
掃除をすることなど許されないのだ。

こんな調子だから、
トイレ掃除などしているところを見られようなものなら、
お坊さんは、もう終わりだ。

誰も話を聞いてくれることは、ないだろう。

従って、説教をする以外のことは、何も出来ず、
ただニコニコしているほかないということなのだ。

また、カーストの凄まじさは、
私たちの度肝をぬくことがある。

あるとき、言葉は悪いが、乞食の方の子供たちに、
手のない子や、目の見えない子供たちが、たくさんおり、
不思議に思った僧が、
「これは遺伝的なものがあるのか、
 それとも、病気にかかっても医者にいけない為に、
 身体に損傷をきたしたのか」と、尋ねたところ、

通訳の方が、
「いいえ、あれはわざと親がやっているんですよ」

「何てことだ!警察は何をやっているんだ」と、
憤慨したところ、通訳の方いわく、

「いいえ、違うのです。
 あれは親の深い愛情から、
 手や足を切り取り、目をつぶしているのです。」

「そんな馬鹿な!」

「カースト制度では、乞食の子は大人になっても乞食。
 普通の身体をしていては、人から物を恵んではもらえないのです。
 生きていくために、ああして子供を傷つけているのです。」

あまりの凄まじいその現状に、言葉を失ったと言う。

この話は、昭和も終わりに近づいた頃、
私が修行時代、インド帰りの僧より聞いた話だ。

その僧は、
「カーストの前で、我々僧侶は、あまりに無力。
 絶望的な思いで、逃げるように日本に帰ってきた」とのことだった。

※注 この文章の中で、乞食という言葉を使っています。
    差別的な言葉であることは承知しております。
    カースト制度というものをありのままの姿として伝えるため、
    敢えて使わせていただきました。
    もちろん、そのような方々を見下して使用しているわけではありません。
    そのことをお断りいたしておきます。


        ~以下、来週の13日(土)へつづく~

2009年05月30日

~佛教用語:坐禅2(自己観察のススメ)by koei~

さて、先週、私の属している天台では、
坐禅のことを、止観と呼ぶということを述べた。

そこで少し、この止観のお話をすることにしよう。
(これから先は、
 私のブログ 気功教室『真帆片帆』に載せたものを一部転載いたします。)
 http://www.reimeiken.com/kikou/cat17/

禅の思想の発展は、
達磨禅(禅宗)と天台の止観とが二大潮流であり、
本質は変わらないが、その表現方法には、各々特長がある。

禅宗においては、不立文字、教外別伝を標榜している。
(禅の思想においての理論的な説明は行なわない。)

達磨大師は、六世紀の初頭、
インドから中国に渡り、禅を伝えられた。

天台の始祖天台大師(538~597)は、その後の生まれだが、
達磨禅とは、一線を画くし、摩訶止観十巻を中心とした禅書を著し、
仏教のあらゆる禅行法を座禅の行に統一された。

日本天台は、伝教大師最澄(766~822)によって創始され、
その教学を中国天台より伝承した。

そもそも止観とは、
 止(念を法界につなげること)
 観(念を法界と1つにすること)と定義されている。
少しラフにいうと、「心を留めて真理を観察すること」という意味。

そして、止観の実践として、禅定を組む。

禅定(ぜんじょう)とは、
サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのままの漢字に当てはめる)と
その意訳(意味を解釈し、意味にあった漢字を当てはめる)の定を合成してできた言葉である。

つまり智慧と真理に至るための教義を止観法門といい、
その実践を坐禅という。

止観と坐禅は、表裏一体であり、
優れた止観の実践方法を坐禅と位置づけている。

さて、比叡山を開かれた最澄さんは、
この止観という概念を教義の中心におき、
最初の堂を建てられた折には、
一垂止観院(いちじょうしかんいん)と名付けられた。

そしてまず始めに、その教義を止観業と遮那業の2つに大別し、
止観業:しかんごう(法華経を中心とした学科)、
遮那業:しゃなごう(大日経を中心とした密教学科)とされていた。

密教には、独特の修行法がある。 (ここでは、割愛いたします)

止観業では、
法華経を理解するにせよ、
他の天台教学を学ぶにせよ、
この止観を用いて学ぶべきであると考えられたのだ。

前置きは、随分と長くなったが、
比叡山における修行の中心に、この止観という考え方が重要視されていたのだ。

そこで中目黒において、坐禅の会に、止観クラブと名づけたのである。

少々話は硬くなったが、一般の方には、
「自分の内から沸き起こってくる苦しみや悲しみ、辛さの原因を、
心を静めて、観る。観察することですよ。」と申し上げている。


        ~以下、来週の6月6日(土)へつづく~

2009年05月23日

~佛教用語:坐禅1(自己観察のススメ)by koei~

今、静かに禅のブームが起きている。
禅を組むというと、お寺に赴き、和尚さんの説教を聞きながら、
しばしの間、浮世を忘れ、修行に勤しむ。

そんな風景が、目に浮かぶ。

実際いいなとは思いつつも、
どことなく、敷居が高く、
一般的ではない様に捉えてしまう。

しかし今や禅は、
禅寺の枠を飛び越えて、
カルチャーとして受け入れらようとしている。

ヨーガ・瞑想・気功・太極拳・アロマテラピー、ピラティス、
エステ、マッサージ、癒し、リラクゼーションといったものと、
遜色のないぐらい、私たちの生活の中にとけ込んできている。

かく言う私(koei)も、
月1回、中目黒において、(第三金曜日の夜7時~8時30分)
坐禅の会を催している。

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今月の30日、東銀座の築地社会教育会館にて、
坐禅の体験イベントを行なう。

 ・主催・・・PAC
 ・後援・・・報知新聞(スポーツ報知)
 ・講師・・・三代公映

私の属している宗旨は、天台宗であり、
本山は、比叡山延暦寺、
天台では、禅のことを「止観:しかん」と呼んでいる。

これは、中国天台より、比叡山を開かれた最澄さんが、
入唐の際に、伝えられたものである。

この止観の話は、来週に述べることにする。

私は現在、
気功や、太極拳といったものと、
少々の佛事を、広める仕事に携わっている。

気功の教室にて、
「先生、禅はやったことありますか」という質問を受けた。

「はい、私の宗旨では、
 禅も、密教も、念仏も、法華経も、すべての修行を行ないますので、
 禅も学んでおりますし、修行時代の京都のお寺では、
 日曜日の朝6時に、毎週行なっておりました。」

「そうですか、私も前々から、
 坐禅には、興味があったのですが、
 お寺さんは、ちょっと敷居が高くて、
 どこか学べる所がないかと捜していたのです。」

「ほおー、坐禅ですか。
 禅も、調身、調息、調心。
 気功も、調身、調息、調心を基礎としています。
 では、坐禅の体験会を、1度催してみましょう。」

ということになり、
昨年の8月より、中目黒にて始めてみたところ、好評を得、
『中目黒(禅)止観クラブ』という名称で、今日に至っている。

そこに来ていらっしゃる方の中に、
メディア関係の方がおられ、
今回、スポーツ報知後援、講師が私(koei)ということで、
東銀座での初心者向け坐禅体験イベントを、
させていただくこととなった。

生徒さんの発した「一度坐禅をやってみたい」という言葉が、
またこのような広がりになるとは、想像もつかなかったが、
それだけ、潜在的に坐禅に興味がある人たちがいるのだということにも驚いた。

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さて、坐禅というが、
正式には、禅定:ぜんじょう(ディヤーナ:dhyaana)という。

 「禅」…サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのまま漢字に当てはめること)

 「定」…その意訳(意味を解釈して漢字に当てはめること)
      心を一点に「定めること」、心を「静めること」。
      「定まった状態・静まった状態」という意味。

音写である「禅」と、
意訳である「定」をそれぞれ組み合わせてできたものが、この「禅定」という言葉である。

心を安定統一させ、心静かな内観を、
坐禅によって心身が深く統一された状態を導いていく禅定。

私たちは、さらにこの言葉を略して、禅とのみ呼ぶ。


        ~以下、来週の30日(土)へつづく~

2009年05月21日

合同稽古(指圧教室:実践その5)

6・腕を緩める

   1.患者を仰向けに寝かせ、右腕を手のひら側を上にして横斜め下に伸ばし、
    その下に腕に添わせて座布団を置く。

   2.施術者は、患者の右横・胸の辺りに位置し、
    右腕の付け根辺りを両手の親指同士をくつけて沿え、親指と拇指宮で推す。
    暫時、手首の所まで腕の中心線に添って推して行く。
    くつけて沿え、親指と拇指宮で推す。暫時、手首の所まで腕の中心線に添って推して行く。

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   3.次に、左手を右肩に掌て、右手を右ての肘下に掌て、右手方から左手方に氣を送る。
    (4,5分程度。患者の右肩に暖かさが感じられる。)
    (この際に、三原先生から頂いた真言を唱えると尚効果的。)

   4.次に反対の左腕についても同様に行う。

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7・アキレス腱を伸ばす

   1.患者を仰向けに寝かせ、両足首間を20~30cmほど離して置く。

   2.施術者は、患者の右脇(膝の横辺り)に位置し、
    右脚の下に(膝の下辺り)に右脚膝を置き、右脚を支える。
    左手で患者の膝辺りを押さえ(支え)、次に左手で患者の足の踵を抱え込み、
    腕で(肘の下辺り)指の部分を固定し、ゆっくりと重心を頭の方に移動させる。
    (この動作を3回繰り返す)

   3.次に反対の左脚について同様のことを行う。

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8・腰、下半身のストレッチ

   1.患者を仰向けに寝かせ、両足首をそろえ膝を折り曲げて(90度程度)、立たせる。


   2.施術者は、患者の足下正面に位置し、両膝で患者の足首を固定する。
    両膝上から覆い被さるようにして、両手を骨盤の脇に掌てゆっくりと重心をかける。
    (3回繰り返す)

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   3.膝下に両手を添えて、両足首を付けたままの状態で膝を胸に推していく。(3回)

   4.膝下に両手を添えたまま、両脚を開き、膝を胸に推していく。(3回)

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   5.再び患者の両膝を閉じて、左右の床に両膝を交互に付けるように推す。(3回づつ)

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   6.次に施術者は、患者の右脇(胸の横辺り)に移動して座り、
    右手を肝臓の上(肋骨の下辺り)に掌て、
    右手の手のひらを印堂(眉毛と眉毛の間の中心よりやや上)に掌て、
    右手から左手に氣を送る。(7,8分)

   20090605-7.JPG


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