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座禅止観教室:その1

今月8月22日(金)より、
月1回のペースで座禅止観の会を始めることになりました。

   20080822-1.JPG


さて、今回座禅を体験されてどうだったでしょうか。
皆さんが座禅に興味を持たれたのには、各々理由があると思います。

いにしえの賢人より伝えられしディヤーナ(禅)は、
インドより少しずつ形を変えながら、この日本にやってきました。

初めは、僧の修行の一環として行なわれていたものが、
公家、武士階級へと広まり、
やがては一般の人々にも受け入れられることとなりました。

足を組み合わせ、定印をくみ、心を静めて己の内側へと向き合う。
暫くは、足の痛みや雑念との戦い…。

一点に集中して禅を味わうといった境地には
とても達することはできませんが、
8分ごとに訪れるイナ(座禅の導き手)の放つカイシャク(拍子木)の音に、
我に返りつつ呼吸を深めていく…。

皆さんの期待通りの禅行であったかどうかは、分かりませんが、
禅を体験した、この体験こそ、貴さがあるのではないでしょうか。


お寺で行なわれるような
伝統的な止観行には至らなかったと思いますが、
なるべく座禅止観の形態を壊さないように、現代風にアレンジしてみました。

9月19日(金)中目黒スクエアで行なわれる2回目にも、ご参加いただければ幸いです。


次に、座禅止観のあらましと、意味について簡単に述べたいと思います。

私は、九州の大分にある仙寿院というお寺の住職も
只今務めさせていただいております。

私の代で、十四代を数えることになります。

普通、お寺の形式は、檀家寺か信者寺かの2つに大別されます。

私の生まれた育った寺は、不動明王をお祀りする祈祷寺(信者寺)であり、
檀家さんは一軒もありません。
今は私の叔父に実家の寺の面倒を見ていただいております。

よって今現在、東京で
気功や太極拳を始めとする気の勉強をさせていただいております。

私の属しております宗旨は、天台宗です。

京都と滋賀県にまたがる比叡山が本山であり、
私が習った「禅」のことを、比叡山では「止観」と呼んでいます。

禅の思想の発展は、
達磨禅(禅宗)と天台の止観とが二大潮流であり、
本質は変わることはありませんが、
その表現方法には、各々特長があります。

禅宗においては、不立文字、教外別伝を標榜しています。
(禅の思想においての理論的な説明は行なわない。)

達磨大師は、六世紀の初頭、
インドから中国に渡り、禅を伝えられました。

天台の始祖天台大師(538~597)は、
その後の生まれではありますが、
達磨禅とは、一線を隠し、摩訶止観十巻を中心とした禅書を著し、
仏教のあらゆる禅行法を座禅の行に統一されました。

次回は、止観と座禅の関係について、述べたいと思います。

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2008年08月29日 13:03に投稿されたエントリーのページです。

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