
お地蔵さまは、いつもニコニコした顔で、ハハハと笑っている。
数ある菩薩の中でも、庶民派の代表格と言えば、お地蔵さまではなかろうか。
東京では、巣鴨のとげぬき地蔵が特に有名である。
それ以外では、
体中をぐるぐる巻きにされた縛られ地蔵、
薬ツボを持った薬師地蔵、
子安地蔵に身代わり地蔵、
六地蔵(預天賀地蔵、放光王地蔵、金剛源地蔵、金剛宝地蔵、金剛幢地蔵、金剛悲地蔵)
昔話にもよく出てくる傘子地蔵も、この六地蔵がモデルになっている。
関西では、夏の終りに地蔵盆と呼ばれる縁日が立つ。
日本全国津々浦々に至るまで、お地蔵さまはいらっしゃる。
お地蔵さまの御真言は、
「オン、カカカ、ビサマエイ、ソワカ」
(om ha-ha-ha vismaye svaha)
カ(ha:可)は、大笑いの声である。
ビサマエイ(vismaye)は、「不思議なる者」という意味があり、
直訳すると、「オン、ハハハ、不思議なる者よ、成就あれ」という意味になる。
ちなみに「地蔵」とは、
サンスクリット語の「クシティ・ガルバ」大地を蔵する者という意味。
お経には、意訳と、音訳があり、
サンスクリット語の意味を捉えて解釈したものと、
そのまま意味を捉えずに、音そのものを、漢字を当てはめたものがある。
たとえば、般若心経全体は、
サンスクリット語(凡語)を訳したものであるが、最後の
「ギャアテイ・ギャアテイ・ハラギャアテイ・ハラソウギャアテイ・ボージソワカ
羯諦 ・ 羯諦 ・ 波羅羯諦 ・ 波羅僧羯諦 ・ 菩提薩婆訶」
という一文は、音に漢字そのものを当てはめた音訳となる。
このようにお経や真言には、2訳あり、その時々で、使い分けをしている。
もっと簡単に言えば、
「オン カカカ ビサマエイ ソワカ」と言えば、ありがたく聞こえるが、
「お地蔵さまが ハハハと 大笑いした」とお坊さんが唱えても、
聞いている方は、ちっとも有難くないのである。
従って、なるべく一般の方には、有難く聞こえるように厳かに唱え、
意味や佛の素晴らしさは、法話という形で表すのが、今日のスタイルとなった。
さて菩薩さまは、佛さまになるための一歩手前の段階である。
菩薩さまが佛さまになるためには、誓いを立てなければならない。
その誓いが、成就された暁に、初めて佛さまになれるのだ。
さて、お地蔵さまも10の誓いを立てられた。
地蔵菩薩 10の誓願
1.土地が豊かで作物に恵まれますように
2.家の中が安泰でありますように
3.人が死んだ後は、必ず極楽に導きます
4.人が長く生きられますように
5.人々の色々な願いを叶えましょう(欲がなければ)
6.火や水の難から守りましょう
7.人々の過ちを取り除きましょう
8.悪い欲(欲望)にとらわれないようにしましょう
9.旅の安全を守りましょう
10.佛にお引き合わせいたしましょう
この誓いが成就されて始めて、
お地蔵さまは佛さまになることができる。
しかし、お地蔵さまは、不思議な方で、
願いを成就させているのに、一向に佛さまになる気配がない。
それよりも益々人々を救おうと旅の装束に身をまとい、地獄の底にも現れる。
皆さんの目に留まるように、いつも辻々に立って、
温かい目で私たちを見守ってくれている。
私たち1人ひとりが、
極楽に行くまでは、どうやらその活動はやめないご様子。
今風に言えば、一本筋の通った頑固者とも言える存在だ。
さて今回は、この素晴らしいお地蔵さまを想って、
スピリチュアルメッセージをお届けしてみよう。
『お地蔵さまを想って』
私は、そんなに尊い存在ではない。
あなたたち人間と、さほど変わりはない。
あなたたちが、街の辻々にいる私たちの前を通るとき、
私に少し会釈してくれたり、手を合わせたりしてくれるだけで、十分。
私は自分の存在を、そのとき誇らしげに思う。
「大事のないように、お行きなされ」
足早に通り過ぎる人たちに、思いを投げかける。
誰もが、自分の存在価値を見つけ出そうと必死になっているが、
こうして静かに座っている私でも、自分の存在価値を見つけられる。
あなたたちは、
思ったことを伝えることができ、
思ったことを行動することができる。
そんな素晴らしい肉体を持ち合わせながら、
躊躇して何もしないのに、首をかしげる。
「迷ったときは、私に会いにきなさい。
私は何も伝えることも、行動することもできないけど、
あなたの悩みを受け止めることは、できますよ。」
私が生まれ育った大阪では、
何の疑問もなく、街の辻々いたるところに、
お地蔵さんが祀られてある。
子供の頃、公園で遊んだ帰り道、
お地蔵さんの前に、摘んだ花や水をお供えしたり、
朝、前を通るときに、心の中でお辞儀をしたりしていたことがよみがえる。
「いってまいりまぁーす」
お地蔵さんが笑みを浮かべて、
ランドセルを背負ったその後姿を、いつも見守ってくれていた。
今、東京でも、大阪ほど多くはないが、
お地蔵さんが、街のちょっとしたところに祀られているのを見かける。
散歩するときなど、意識しながら歩いてみると、
微笑んでいるお地蔵さんに出会うことができるだろう。
「大事のないように、お行きなされ」
温かい目で、過ぎ行く人たちを、いつも見守っている。


