聲明をとり行うには、
先週お話をしました、壹超(イチコツ)から始まり、
上無(カミム)に至る12律が必要になります。
つまり鐘(リン)は、
今で言う音叉(オンサ)の役割を果たします。
従って、調律された鐘(リン)は、厳密にいうと12個必要になるということです。
天台の法要では、特にその法要の導師のことを、
調聲(チョウセイ)と呼び、最も重要な地位を与えられています。
法要の成否は、
調聲の振るうタクト、
発音(ホットン:調聲が発する最初の調律された音)によって、
様々なお経や聲明、鳴り物(木魚・ドラ・妙鉢(シンバルのようなもの)類によって、
えもいわれぬ混然一体となった世界を作り出していきます。
近頃では、聲明の音楽性は、お寺を飛び出して、宮内庁の雅楽と協演したり、
国立劇場での公演やヨーロッパに渡っての公演、
またグレゴリオ聖歌とのコラボレーションといった形でも、
一般の方の前に披露されるようになりました。
これもひとえに、音と音階というものを忠実に守り続けてきた先人のお蔭です。
聲明は、秘曲と呼ばれるものを除いては、
CDでも聞けるようになりました。
時代と共に、佛教音楽もそれなりに発達を遂げてきたのですね。
一度機会がありましたら、是非お聞きになってください。
皆さんが、仏壇の前に座り、チーンと鐘(リン)を鳴らす。
その音は、ご先祖さまと皆さんをつなぐ音としての役割と共に、
いにしえより堅く守り続けられた厳格さというものが、存在したのです。
(蛇足)三千院の南の坂道を辿ると、来迎院に至ります。
さらに奥に進むと、2つの川が流れています。
来迎院の前を流れている川を「呂川」、
本堂勝林院に向かう川を「律川」といい、
この2つは、聲明のゆったりした流れ「呂曲」、
テンポ良く流れる「律曲」とを、2つの川の流れに見立てたものです。
この2つの曲を使い分けられないお坊さんのことを、
呂律の区別がつかない、つまり音痴と小バカにした言葉が、
いつの間にか、お酒を飲んで何をしゃべっているのか、
聞きづらい人という意味で、今では、「ろりつ」→「ろれつ」が回らないと
変化してきたようです。
意味を知って、チーンという鐘(リン)の音に耳を傾けてみると、
平安の頃より続く音色に、
奥深い先人の叡智を垣間見る思いがいたします。


