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佛教用語 アーカイブ

2009年02月25日

~佛教用語:南無(ナマステー)全託する~

南無の後には、色んな佛さまの名前がつくけれど、
人は、佛の前にすべてを投げ出し、一心にこの言葉を唱える。

  ・南無 阿弥陀仏
  ・南無 妙法蓮華経
  ・南無 観世音菩薩 etc

南無は、大空の佛と、あなたの内に存在する佛を結びつけ、
共鳴させる「言霊:ことだま」(真言・マントラ)。

自分の良いところ、悪いところをさらけ出し、
すべてを解放し、赤ん坊のような無抵抗な姿に戻ること。

社会生活を続けるためには、
自分というある程度の枠を取り繕わなければいけない世の中。

人は、内側と外側に壁を作り、微妙にコントロールしている。

他の誰にも、また自分自身までも、自分の内側を知らない。

どんな心を持ち、どんな願いを抱きながら、生まれてきたのか。

南無から始まる言霊(真言・マントラ)は、現在たくさん語られているが、
すべて、「自分を見てくれ」である。

それは、目の前にいるであろう佛さまに対してでもあるが、
自分の内側に存在する内なる佛に対してでもある。

人は、言霊(真言・マントラ)を発するとき、
自分の耳でその音を聞き、身体が反応していく。

本人の心は、知る由もないことだが、
魂は、何千年もの間それを培っていて、言霊(真言・マントラ)に対して身体が反応する。

この言霊(真言・マントラ)の意味はさておき、
音の響きとして、身体に染みこむとき、内側に存在する佛が動く。

それは、目の前にいる佛さまでなく、
内側に存在する佛に、自身が気づき、目覚めよというシグナルである。

昔から、当たり前のように、家に仏壇があり、
誰かが祈りの音を発し、子供の頃、それを日常的に聞いていた。

当たり前のことが、当たり前でなくなった今、
あえて、この南無を出していく必要が、出てきたのであろう。

南無は、あなたの心を震わす言霊(真言・マントラ)

唱えるとき、魂が反応し、身体が動く。

少しずつ声に出して、唱えてみよう。

2009年02月26日

~佛教用語:合掌~

人は、日常生活の中で、
何気なく手を合わすことがあるが、
その思いは、千差万別である。

日常生活以外でも、合掌は仏教的に用いられているが、
その形は、普通の合掌だけでなく、色々な形がある。

 「心前合掌:しんぜんがっしょう」・・・胸の前に組み合わせる

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 「己心合掌:こしんがっしょう」・・・手の中をたっぷり膨らませる

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 「ふ印合掌:ふいんがっしょう」・・・第一関節だけ組み合わせる

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 「金剛合掌:こんごうがっしょう」・・・指の根元まで組み合わせる

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 「外縛合掌:げばくがっしょう」・・・金剛合掌の指をしめる

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 「内縛合掌:ないばくがっしょう」・・・外縛合掌の指を内側に入れる

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 「蓮華合掌:れんげがっしょう」・・・手首、親指、小指をつなげる etc…

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いくつかの行為の意味を、一緒に思い出してみよう。

食す「いただきます、ご馳走さま」
お礼「ありがとう」
謝罪「すみません」
依頼「お願いします」
祈り「神佛にお参りするとき」

同じ形であっても、
意味が違うと、重々しさも違う。

なぜこんなに色んな形があるのか、
また、密教などでは、
なぜ、胸の前だけでなく、色んな場所と角度で、合掌をするのか。

それは、いにしえから伝わる密教の教え

三密(印・真言・意識)
 (1)「印:ムドラー(合掌もその1つ)と組む場所」
 (2)「真言:マントラ」
 (3)「意識」

この3つの要素が1つになったとき、人は佛となる。(現世成仏)

そのカギ穴に、1つだけ入る組み合わせがあり、
マッチングすると、身体が反応していく。

すべてを説明している本などが、
この世に存在するか否かは、不明だが、
今の世の中で、すべてを自分の身体でもって、説明できる人は、少ないだろう。

普段、何気なく手を合わせ、
日常生活で使っているが、
莫大なる力が、そこで働いている。

意識して手を合わせることで、
より大きなエネルギーが集まっては消え、
消えては集まっていることだろう。

あなたが目的を持って合掌し、お経を唱え、祈るとき、
あなたという合掌を伴った形(カギ)が、
佛という錠を通して、1つに融けあっていく。

後は、「南無」と、佛さまにお任せするのみである。

2009年02月27日

~佛教用語:地蔵菩薩(お地蔵さまは、可可可(ハハハ)と笑う)~

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お地蔵さまは、いつもニコニコした顔で、ハハハと笑っている。
数ある菩薩の中でも、庶民派の代表格と言えば、お地蔵さまではなかろうか。

東京では、巣鴨のとげぬき地蔵が特に有名である。

それ以外では、
体中をぐるぐる巻きにされた縛られ地蔵、
薬ツボを持った薬師地蔵、
子安地蔵に身代わり地蔵、
六地蔵(預天賀地蔵、放光王地蔵、金剛源地蔵、金剛宝地蔵、金剛幢地蔵、金剛悲地蔵)
昔話にもよく出てくる傘子地蔵も、この六地蔵がモデルになっている。

関西では、夏の終りに地蔵盆と呼ばれる縁日が立つ。
日本全国津々浦々に至るまで、お地蔵さまはいらっしゃる。

お地蔵さまの御真言は、
「オン、カカカ、ビサマエイ、ソワカ」
(om ha-ha-ha vismaye svaha)

カ(ha:可)は、大笑いの声である。
ビサマエイ(vismaye)は、「不思議なる者」という意味があり、
直訳すると、「オン、ハハハ、不思議なる者よ、成就あれ」という意味になる。

ちなみに「地蔵」とは、
サンスクリット語の「クシティ・ガルバ」大地を蔵する者という意味。

お経には、意訳と、音訳があり、
サンスクリット語の意味を捉えて解釈したものと、
そのまま意味を捉えずに、音そのものを、漢字を当てはめたものがある。

たとえば、般若心経全体は、
サンスクリット語(凡語)を訳したものであるが、最後の

「ギャアテイ・ギャアテイ・ハラギャアテイ・ハラソウギャアテイ・ボージソワカ 
羯諦 ・ 羯諦 ・ 波羅羯諦 ・ 波羅僧羯諦 ・ 菩提薩婆訶」
という一文は、音に漢字そのものを当てはめた音訳となる。
このようにお経や真言には、2訳あり、その時々で、使い分けをしている。

もっと簡単に言えば、
「オン カカカ ビサマエイ ソワカ」と言えば、ありがたく聞こえるが、
「お地蔵さまが ハハハと 大笑いした」とお坊さんが唱えても、
聞いている方は、ちっとも有難くないのである。

従って、なるべく一般の方には、有難く聞こえるように厳かに唱え、
意味や佛の素晴らしさは、法話という形で表すのが、今日のスタイルとなった。

さて菩薩さまは、佛さまになるための一歩手前の段階である。

菩薩さまが佛さまになるためには、誓いを立てなければならない。
その誓いが、成就された暁に、初めて佛さまになれるのだ。

さて、お地蔵さまも10の誓いを立てられた。

地蔵菩薩 10の誓願

  1.土地が豊かで作物に恵まれますように
  2.家の中が安泰でありますように
  3.人が死んだ後は、必ず極楽に導きます
  4.人が長く生きられますように
  5.人々の色々な願いを叶えましょう(欲がなければ)
  6.火や水の難から守りましょう
  7.人々の過ちを取り除きましょう
  8.悪い欲(欲望)にとらわれないようにしましょう
  9.旅の安全を守りましょう
 10.佛にお引き合わせいたしましょう


この誓いが成就されて始めて、
お地蔵さまは佛さまになることができる。

しかし、お地蔵さまは、不思議な方で、
願いを成就させているのに、一向に佛さまになる気配がない。

それよりも益々人々を救おうと旅の装束に身をまとい、地獄の底にも現れる。

皆さんの目に留まるように、いつも辻々に立って、
温かい目で私たちを見守ってくれている。

私たち1人ひとりが、
極楽に行くまでは、どうやらその活動はやめないご様子。

今風に言えば、一本筋の通った頑固者とも言える存在だ。

さて今回は、この素晴らしいお地蔵さまを想って、
スピリチュアルメッセージをお届けしてみよう。




『お地蔵さまを想って』

 私は、そんなに尊い存在ではない。

 あなたたち人間と、さほど変わりはない。

 あなたたちが、街の辻々にいる私たちの前を通るとき、
 私に少し会釈してくれたり、手を合わせたりしてくれるだけで、十分。

 私は自分の存在を、そのとき誇らしげに思う。

 「大事のないように、お行きなされ」
 足早に通り過ぎる人たちに、思いを投げかける。

 誰もが、自分の存在価値を見つけ出そうと必死になっているが、
 こうして静かに座っている私でも、自分の存在価値を見つけられる。

 あなたたちは、
 思ったことを伝えることができ、
 思ったことを行動することができる。

 そんな素晴らしい肉体を持ち合わせながら、
 躊躇して何もしないのに、首をかしげる。

 「迷ったときは、私に会いにきなさい。
  私は何も伝えることも、行動することもできないけど、
  あなたの悩みを受け止めることは、できますよ。」

 私が生まれ育った大阪では、
 何の疑問もなく、街の辻々いたるところに、
 お地蔵さんが祀られてある。

 子供の頃、公園で遊んだ帰り道、
 お地蔵さんの前に、摘んだ花や水をお供えしたり、
 朝、前を通るときに、心の中でお辞儀をしたりしていたことがよみがえる。

 「いってまいりまぁーす」
 お地蔵さんが笑みを浮かべて、
 ランドセルを背負ったその後姿を、いつも見守ってくれていた。

 今、東京でも、大阪ほど多くはないが、
 お地蔵さんが、街のちょっとしたところに祀られているのを見かける。

 散歩するときなど、意識しながら歩いてみると、
 微笑んでいるお地蔵さんに出会うことができるだろう。

 「大事のないように、お行きなされ」
 温かい目で、過ぎ行く人たちを、いつも見守っている。

2009年02月28日

~仏教用語:お数珠と2万2千788の秘密1~

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お葬式のときに、
私たちは必ずといっていいほど、
お数珠を持って、弔問に行きます。

そのほかにも、
法事や祈祷の折などにも、持っていくと思います。

皆さんが属する宗派によって、
持っていく数珠の形も多少異なってきます。

基本的には、108の数で、
そろばんに似たものから、
球になったものまで、様々です。

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一般的には、お数珠の原料になる木は、梅を用いますが、
中には高価な白檀、沈香、伽羅などの香木や、
変わったところでは、やしの木や紫檀、
黒檀、鉄刀木(たがやさん)といった木で出来たもの、
水晶、メノウ、ヒスイ、ラピスラズリといった鉱物までもが、
お数珠として、用いられます。

現代の若い人のファッションとしても、
パワーストーン(ヒーリングストーンともいう)と
呼ばれる石をふんだんに配したブレスレット型のお数珠も
よく見かけるようになりました。

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 水晶・・・・・・・・・・・・・・ 生命を育み、繁栄させる
 紫水晶(アメジスト)・・・真実の愛を守る
 タイガーアイ・・・・・・・・ 富や財産を増やす
 ターコイズ・・・・・・・・・ 仕事運をアップさせる
 ムーンストーン・・・・・・ 恋人たちの石と呼ばれ、幸運を招く
 トルクマリン・・・・・・・・ 人間関係を円滑にさせる
 カーネリアン・・・・・・・・ 勇気を与えてくれる
 ヘマタイト・・・・・・・・・・ 体調を整え、ストレスを解消する

皆さんも、お手元に、もしくは、家庭に
1つや2つぐらいは、置いてあるのではないでしょうか。

さて、なぜお坊さんや私たちは、
様々な法事の折に、このようなお数珠を持って行かねばならないのでしょうか。

皆さん、疑問に思ったことはありませんか。
そして、お数珠とは、一体何のために必要なものなのでしょうか。

数珠には、様々な大きさがあり、
葬式や大きな法事に用いる装束念数、
行者が行に用いる一般のものよりは大振りな行者念数、
百万遍念佛に用いられる大人のこぶしほどのものまで、あります。

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法事や護摩のときなど、
お坊さんがする数珠の音には、荘厳さと何やら有難さが入り混じり、
何ともいえない乾いた音が、響きわたります。

さて、お寺の法要も、2時間や数時間かけて行なうものから、
長くは、1週間を通して行なわれるものまで、様々あります。

例えば、比叡山では、春4月1日より1週間をかけて、
根本中堂において、御衣加持御修法(ギョイカジミシホウ)という
加持祈祷が行なわれます。

これは、玉体加持といって、
天皇陛下が1年間お召しになる御衣(ギョイ)を
1週間かけて、祈祷するものです。

比叡山は、鎮護国家の道場として、
伝教大師最澄さんによって、(788~822年)開かれました。

しかし、比叡山のどこを探しても、延暦寺というお寺は存在しません。
山、そのものをお寺と見立てているため、
延暦寺というお寺はないのです。

延暦寺(延暦七年(788年))に創建。

少々わき道に逸れましたが、
その当時天皇陛下イコール国家そのものであった時代、
神社仏閣はともに国家の安泰を祈り、
天皇陛下の1年の安泰を祈ることは、
日本国の1年の安泰と繁栄を祈ることと同じでありました。

この国家安泰を祈る修法は、現代の今上陛下に至るまで、
脈々と引き継がれています。

皇室といえば、すぐに
皇祖天照大御神を祀る伊勢神宮を始めとする神社を
思い浮かべられる方が多いと思いますが、
大きなお寺などでは、同じように国家の祈願も行なわれているのです。

さて、その他にも、多くの修法(朝・昼・夕の3座)があり、
長い時間をかけて、祈祷を行なうため、
僧侶は、食事もしなければなりませんし、
お風呂にも、トイレにも行かなければなりません。

そのため、座を一時中断し、また朝から晩まで、この修法は続いていきます。

ましてやその時に唱えられるお経の数々の膨大なことと言ったら、
この上ありません。

前号にも書きましたが、そのとき、真言も唱えます。

その真言なども、数多くの佛さまの名とともに、
回数も決められておりますので、途中で中座すると、
自分がいったいどこまで真言を唱えたのか、覚えておくことも大変です。

そこで、数珠の出番になるのです。
さて、数珠には、どんな役割があるのか。
来週は、「お数珠と2万2千788の秘密2」をお伝えしたいと思います。

2009年03月07日

~仏教用語:お数珠と2万2千788の秘密2~

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数珠には、大玉と小玉によって、
百八の数があります。

その下に、球状のものが10個、
そろばん状のものが20個ほど、ついています。

そして、親玉(数珠の中心)より数えて、
7つ目と21個目のところに
小さな数珠玉(小玉)が配置されています。

真言は、主に7偏、21偏、108偏唱えることになっています。

ちなみに、不動真言(天台よみ)
「ナマ、サマンダ、バサラナン、センダ、マカロシヤナ、ソワタヤ、ウンタラタ、カンマン」など、
108偏唱えようとすると、1時間近くかかります。

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例えば、観音様の真言「オン アロリキャ ソワカ」を唱えるとします。

そうすると、1つ真言を唱えるたびに、
1つ内側に向かって、数珠を動かします。

7偏目になると、小さな玉の切れ目に差し掛かるので、
真言を唱える僧は、考えなくても、7偏唱えたということがわかり、
真言そのものに集中することができるのです。

「オン アロリキャ ソアカ」
108偏繰り終わると、下の房の丸い玉を1つ上げます。

下の房の丸い玉の1つは、百の単位を表します。
これを全部上げ終わると、1080偏の真言を唱えたことになります。

1080偏の真言を唱え終わると、
そろばん玉状の1つを繰り上げます。

この玉は、20個ついています。

1つひとつが千の単位でありますので、すべての数珠玉を使い切ると、
そろばん状の玉(1080×20=21,600)と
丸い玉(1,080)と数珠本体(108)を足して、22,788
 
2万2千788偏の数を、記録することができるのです。

早い話が、
お数珠とは、数を正確に記録するためのものだったのですね。

その数珠が、いつの間にか、一般の方々に用いられるようになり、
108の半分である54の形になり、
今、皆さんの左手に持たれるようになったのです。

主に、右手は修法の際、忙しく動き回るため、
数珠は左手で持ちます。
(不動真言や諸尊の真言を唱えるときは、両手でも行ないます。)

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お坊さんというプロが持つ際には、
このような意味で用いますが、
今、数珠といえば、一般的には意味は知らなくとも、
信仰や法事のときにも持つし、
現代人のファッションとしても、
その地位を確立したようです。

意味を知ってしまえば、
有り難くもあり、有り難くもなし。

しかし、いまやお数珠は、
法事やお遍路、七福神参り等の霊場巡りに出かける私たちには、
なくてはならないものの1つになりました。

その他にも、
現代に合った色や形に進化し、
信仰の対象となっていたものが、
ファッション性にも優れたものとして、
また、独特な風水の理論ともあいまって、
運気が上がるアイテムとしても、
受け入れられるようになってきました。

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お数珠の一つひとつの玉には、
皆さんのお経や真言、願い、
その時折々の思い出が染み渡っています。

お数珠は、佛さまと皆さんをつなぐ、大事な法具の一つでもあります。

大切にお使いになってください。

2009年03月14日

~仏教用語:縁 幸せの方角1~

「ああ!」

テレビを見ながら、大声を張り上げる。

人は、本当に驚いたときには、
声を失うものである。

そこには、盗難にあった佛像が、テレビに映っていた。

健仁寺で盗まれた佛像が見つかり、
犯人が逮捕されたというニュースでの場面である。

そこには私*1が、10代より4年半の時を過ごした、
毘沙門天の像(一木造り、高さ60センチ)が映っていたのだ。

本尊:毘沙門天は、秘佛のため、一般には公開されていない。
ここでいう、像とは、毘沙門天のお前立ちのことである。

*1:私
   koei:日響娃の夫であり、僧籍を持つ。
   日響娃と共に、この仏教用語のコラムを担当している。
   これからも時々出てくるので、お見知りおきください。
   尚、月に一度、第3金曜日、中目黒にて、坐禅の会を催しています。
   詳しくは、このブログ『真帆片帆』をご覧ください。
 
しかも盗難にあったのは、2008年10月のことだという。

他にも、21体という有名無名の佛さま方のお姿。
一体この佛像を盗んだ人は、
どうやってこのように佛像を盗み出すことが出来たのだろう。

新聞報道によると、逮捕されたのは、三重県在住の男性。
盗難にあったのは、佛像は21体、掛け軸3本。

この男性は、防犯カメラにより、
駐車場にあった車のナンバーから、身元が割れ、
運悪く逮捕されてしまったわけであるが、
お寺さんの方としても、
まさかお参りにきた方を、犯罪者と思って接するはずもなく、
そこには、必然的に性善説に基づいた対応がなされていたはず。

結果、そのことが多くの佛像の盗難という、
近年まれに見る事件へと発展してしまった。
誠に残念な事件が起きてしまったものだ。

毘沙門堂*2で過ごした4年半という月日の中、
日々お茶やお佛飯を献じ、
お経や、毘沙門天*3のご真言
「オン ベイ シラマナヤ ソワカ」をあげてお仕えしていた佛さまと、
まさかこのような形で、お目にかかろうとは…。

今年、不思議なことに、『毘沙門堂』という言葉をよく耳にした。

私は、気功教室を都内で開いているのだが、
ここ数年、賀状のやり取りぐらいしかしていなかった、
昔の生徒さんより、連絡があった。

その方を、仮に、『鈴木さん』としておこう。

鈴木さんとお会いして、昔話などをしていた折に、
今は自身の仕事のほかに、
心遍路というNPO法人の仕事にも携わっており、
その中の、『心遍路おとなの学校』に参加されている方に対して、
気功体験教室をやってくれないかという提案を頂き、
私も快諾して、2度ほど中目黒の方で、気功の体験教室を行なうことになった。

そこで、そのNPO法人 心遍路の代表である福本さんを紹介された。
(NPO法人 心遍路に関しては、心遍路のHPを参照してください。)
   http://www.kokorohenro.org/

氏は、このNPO法人を通じて、目や身体の不自由な方と共に、
秩父の霊場巡りをされている。

気功体験教室は、
そこに関係するスタッフの方や、
心遍路の思想に理解を示された旅行会社(トラベルサポーター)の方に対するものだった。

おかげさまで、気功の体験教室も無事終わり、
参加された方には、気功の面白さが少しは伝えられたと思う。


*2:毘沙門堂
   比叡山を開いた伝教大師最澄が、
   比叡山根本中堂のご本尊:薬師瑠璃光如来の残材で、
   2寸2分という小さな毘沙門さまのお姿を刻まれた。

   その毘沙門さまを桓武天皇に献上され、
   帝の冠の中に納めて、肌守りとされたのが、起源とされている。

   たびたびの戦乱を経て、江戸時代、天海大僧正によって、
   現在、山科の地に、復興された。


*3:毘沙門天
   四天王のお1人:多聞天
    ・四天王とは、持国天(じこくてん):東の守護神
    ・増長天(ぞうちょうてん):南の守護神
    ・広目天(こうもくてん):西の守護神
    ・多聞天(たもんてん):北の守護神
   単体で呼ぶ場合には、毘沙門天(びしゃもんてん)、
   鎮将夜叉(ちんじょうやしゃ)とも呼ばれている。)


        ~以下、来週の21日(土)へつづく~

2009年03月21日

~仏教用語:縁 幸せの方角2~

さて、昔から私と付き合いのある鈴木さん、
最近は、中目黒で月1回行なわれている坐禅の会に顔を出される。

「年が明けたら、谷中の七福神巡り(田端を出発して上野の弁天様まで歩く)を
 福本さんが企画しているので、今度ご一緒しませんか。」

坐禅の会の帰り道、お誘いを頂き、
私も谷中方面は初めてだったので、喜んで参加させていただいた。

「福本さんが、懇意にされている方の中に、
 作詞家の石坂まさを先生がいらっしゃり、
 その方の手がけている女の子(歌手:渡部やえさん)が、
 今度『ハイよろこんで七福神』という歌を出すんですよ。
 七福神を巡りながら、三箇所ぐらい歌の奉納をさせていただく予定になっています。」
と、鈴木さん。

「はあそうですか、楽しみですね。」


七福神巡りをしている途中、
歩きながら、福本さんとよもや話をしていると、

「『ハイよろこんで七福神』の歌詞を書いている石坂まさを先生は、
 比叡山の行者、赤山禅院の叡南(えなみ)さんと懇意にしているのですよ。
 一度京都に会いに行ってみないかと、石坂先生に、誘われているんです。」

「叡南さんは、今、
 京都の山科の毘沙門堂の御門主をされている方ですよね。
 実は、私も学生の頃、
 そのお寺で修行させていただいたんですよ、奇遇ですね~。
 今年の正月2日、テレビ東京で、
 仲間由紀恵主演の『寧々~おんな太閤記(ねね おんなたいこうき)』の中で、
 北政所が出家された高台寺の場面、
 あれも毘沙門堂の敷地が使われていましたよ。
 今年は何か毘沙門さんと縁のある年になりそうです。」

などと、話をしていたのが、つい2ヶ月ほど前のこと。

そこで、あの佛像の盗難事件のニュースを目の当たりにし、
驚天動地、晴天のへきれき。

毘沙門さんを介した、人と人との縁、
こういうことを合縁奇縁*4というのかな。
毘沙門さんを介して、何かの力が動いているんだなあ。


ところで、「縁」という言葉をよく耳にする。

「縁起を担ぐ」とか「縁起が悪い」など、
一般的に使われているが、

「縁起」とは、正確には「因縁生起」といい、
あらゆる物事や存在は、互いに影響し合っているという意味である。

「因縁」とは、因(結果を生じさせる「力)と、
縁(それを受けて助ける力)のことを言う。

因縁というと、心因的なものとして使われることが多く、
あまり良い意味で用いられない場合がある。

「因縁をつける」とか、
仏教の根本原理である本来の目的を逸脱した使い方をされる場合も、
多々見受けられる。

あらゆるものは、因縁によって起こり、
そして結末(結果)を迎える。

生があれば、死があるが如し。
その理を素直に受け入れることが、
佛教ではとても大切なこととされている。

その当たり前のことに、あらがうが故、
そこに苦悩が生まれる。

縁なき衆生は、度し難し。
人の忠告に耳を貸さないものは、救いようがない。

因縁をあるがままに受け入れた上で、
分をわきまえ、精進する。

このあるがままに受け入れ、
縁の持つ本来の力に身をゆだねたときに、
縁は思わぬ形で、私たちにそれはこういうことなのだよと、教えてくれる。

病になるには、原因があり、
それは、あなたの日常生活から起きたもの。

そして、病を克服できたのは、
あなたが今までの生活を改めて、その原因を取り除いたため。

心の悩みも、同じこと。

悩んでいる自分を、嘆くより、
その悩む自分も、自分であると認め、
あらがうことをやめれば、
本来の等身大の自分が見えてくる。

悩み苦しむことも、今の自分には、必要だったのだと、
認めることができたときに、
やっと心が軽くなる。


*4:合縁奇縁
   人と人との気心が、合う合わないということは、
   すべてこの世の中に存在する因縁による。


        ~以下、来週の28日(土)へつづく~

2009年03月28日

~仏教用語:縁 幸せの方角3~

振り返ると、毘沙門堂でお仕えした、
私の師匠(比叡山、延暦寺一山長老、前 龍王院住職 生田考憲氏)が、
よく言っておられた。

「幸せは、方角に表わすことができる。
 お前、その方角を知っているか。
 東西南北、この中に、幸せは宿っている。」

ああ!毘沙門さんの縁は、
この師匠の言葉に、見事につながっていく。

『幸せは、西にもあらず、
 東にもあらず、
 北みち捜せ、
 南にぞある。』

「本当の幸せとは、
 未来にあるのではなく、
 歩いてきた歩み、そのものの中。

 つまり、南(身の中)にこそ、
 詰まっているのだよ。

 幸せは、
 他に求めるものではない。

 他と比ぶるものでもない。

 隣の芝生は、青く見え、
 欲を出したら、切がない。

 幸せを感じることができるのは、
 お前自身。

 お前の幸せを羨むものはいても、
 お前の幸せは、お前しか感じることはできない。

 だから、今、
 この瞬間に存在する生き方そのものが、大事なのだ。

 これからの幸せを願い、創造し、
 導いてくれるのは、お前自身であることを忘れてはいけない。」

師の言葉がよみがえる。

幸せの見つけ方とは、
「今まであなたが生きてこれたことに感謝し、
 そして、あなたを見守り、励ましてくれた家族や友人、知人、
 そして佛の不可思の力に感謝する。」

それが、私が師から授かった幸せの見つけ方だ。
このことを今、思い出した。

師匠は、16年前にお亡くなりになられたが、
今こうして毘沙門天さまのご縁を通じて、
この言葉を思い出すことができた。

毘沙門天さまと、私のお師匠さまの縁に、
感謝申し上げます。

そして、このコラムを通じて、
師の言葉が、皆さまの目に触れることができたことを喜びとし、
この縁がどこまでも続いていきますように、心よりご祈念申し上げます。

                          koei

2009年04月04日

~仏教用語:鐘(リン)の話1~

さて、皆さんの自宅に置かれている仏壇の中には、
ご位牌と共に、先祖伝来の佛さまもお祀りされていると思います。

昔はとてもきらびやかで、装飾にも凝ったものが多くありました。

現代では、きらびやかさを少し押さえ目にした、
唐木仏壇が主流のようです。

近江の国、今の滋賀県の一部地方では、
今でも家を新築する際には、
仏壇の位置を決め、そこから設計図を起こして、
家の方位やら、形を決めていくというのが、普通に行なわれている所があります。

現代では、家も小さくなり、
ましてやマンションなどに住んでいると、
そのスペースにも限りがあります。

従って、仏壇も小さくなっていくのも道理でしょう。

その代わり、見た目も優れたスタイル性抜群のデザインのものが、
現代仏壇として、登場してきました。

時代が変われば、ご先祖さまのお住まいも、
今風になっていくようです。

さて、仏壇の中には、必ず置いてあるものの中に、
ローソク(お灯り)、線香と共に、
チ―ンと音を発する鐘(リン)が置いてあります。

さて、鐘(リン)は一体何の目的で、
仏壇の中に収められているのでしょうか。

お寺で法事やお葬式などがあるとき、
お坊さんがお経の合間合間に、
ゴーンという音を出すケイスを鳴らしたり、
板状のもの:磬(ケイ)をチーンと叩いたりします。

お経の区切り区切りに音を入れるのであれば、
木の音でも構わないはずですが、
なぜか、金属音を発する音を用います。

はて、何のために?

実は、お経は、厳格に音階が定められているのです。
その代表格といえば、天台宗と真言宗の聲明(しょうみょう)でしょう。

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聲明にも、ドレミファソラシドに相当する音階があります。

宮(キュウ)・商(ショウ)・角(カク)・微(チ)・羽(ウ)が、
これに当ります。

そのほかに、洋楽の平均調律に相当する、
壹越(イチコツ)D・断金(タンギン)#b・平調(ヒョウジョウ)E・
勝絶(ショウゼツ)F・下無(シモム)#b・双調(ソウジョウ)G・
キュウ鐘(キュウショウ)#b・黄鐘(オウショウ)A・バン鐘(バンショウ)#b・
盤渉(バンショウ)B・神仙(シンセン)C・上無(カミム)#b

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これらの組み合わせによって、聲明は成り立っています。

つまり聲明は、厳格な音によって、管理されているのです。

そして、日本の伝統的な浄瑠璃や文楽、能など、
様々な伝統芸能に色濃く影響を与えています。

天台では、大原の三千院の中にある勝林院がこの音、聲明の聖地とされています。

三千院を中心とする一帯を、「魚山(ギョザン)」と呼びます。

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魏の陳思王曹植の時代、ある日、陳思王が魚山に出掛けた折に、
空中より響くえもいわれぬ梵天の声に聞き入り、
たちまち妙意を得、詩句(唄)を作ったとの故事にちなんで、
聲明の聖地のことを「魚山」と呼びます。

実際には、慈覚大師(円仁)によってもたらされた五曲が、
聖応大師(良忍)によって、大原の地で、体系的に整理され、
魚山聲明と呼ばれるようになりました。
(五曲:長音供養文、独行懺法、凡綱戒品、引声念佛、長音九条錫杖)


そこで、この聲明の法要を厳密にとり行うには、
調律された音が必要だったのです。

そこで、チーンというあの鐘(リン)の音が必要になるのです。

        ~以下、来週の11日(土)へつづく~

2009年04月11日

~仏教用語:鐘(リン)の話2~

聲明をとり行うには、
先週お話をしました、壹超(イチコツ)から始まり、
上無(カミム)に至る12律が必要になります。

つまり鐘(リン)は、
今で言う音叉(オンサ)の役割を果たします。
従って、調律された鐘(リン)は、厳密にいうと12個必要になるということです。

天台の法要では、特にその法要の導師のことを、
調聲(チョウセイ)と呼び、最も重要な地位を与えられています。

法要の成否は、
調聲の振るうタクト、
発音(ホットン:調聲が発する最初の調律された音)によって、
様々なお経や聲明、鳴り物(木魚・ドラ・妙鉢(シンバルのようなもの)類によって、
えもいわれぬ混然一体となった世界を作り出していきます。

近頃では、聲明の音楽性は、お寺を飛び出して、宮内庁の雅楽と協演したり、
国立劇場での公演やヨーロッパに渡っての公演、
またグレゴリオ聖歌とのコラボレーションといった形でも、
一般の方の前に披露されるようになりました。

これもひとえに、音と音階というものを忠実に守り続けてきた先人のお蔭です。

聲明は、秘曲と呼ばれるものを除いては、
CDでも聞けるようになりました。

時代と共に、佛教音楽もそれなりに発達を遂げてきたのですね。

一度機会がありましたら、是非お聞きになってください。

皆さんが、仏壇の前に座り、チーンと鐘(リン)を鳴らす。

その音は、ご先祖さまと皆さんをつなぐ音としての役割と共に、
いにしえより堅く守り続けられた厳格さというものが、存在したのです。

(蛇足)三千院の南の坂道を辿ると、来迎院に至ります。
    さらに奥に進むと、2つの川が流れています。

    来迎院の前を流れている川を「呂川」、
    本堂勝林院に向かう川を「律川」といい、
    この2つは、聲明のゆったりした流れ「呂曲」、
    テンポ良く流れる「律曲」とを、2つの川の流れに見立てたものです。

    この2つの曲を使い分けられないお坊さんのことを、
    呂律の区別がつかない、つまり音痴と小バカにした言葉が、
    いつの間にか、お酒を飲んで何をしゃべっているのか、
    聞きづらい人という意味で、今では、「ろりつ」→「ろれつ」が回らないと
    変化してきたようです。

意味を知って、チーンという鐘(リン)の音に耳を傾けてみると、
平安の頃より続く音色に、
奥深い先人の叡智を垣間見る思いがいたします。

2009年04月18日

~佛教用語:お香の話1~

お数珠、鐘(リン)と続いて、
私たちの身近にある佛具の中では、お香もその1つですね。

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ローソクに火を灯し、お香に火をつける。
スーッと白い糸のような煙が立ち上り、辺りを荘厳な景色へと、変化させていく。

香りの不思議。

今ではお線香に限らず、
天然の素材より抽出したアロマオイルと呼ばれる、
香のエッセンスを楽しむ方が増えています。

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私も先日アロマポットに加湿機能がついたものをいただきました。

電源を入れると、細やかなミストと共に、
ほのかなユーカリの香りが、部屋一杯に広がっていきます。

何とも言えない鼻筋から頭に抜けていくようなスッキリした香り、
七色に変化するライトの光とあいまって、
いつの間にか、心地よい眠りにいざなってくれます。

その昔、インドのバラモン(お坊さん)は、
旅をするときに、香りの良い葉や花、木の実などを拾い、乾燥させ、火に投じ、
佛に祈りを捧げる儀式に用いたのが佛教のお香の始まりではないか、と言われています。

その後人々は、お香の原料になる様々な香木を発見していきます。
代表的なところでは、白檀、沈香、伽羅などを原料として、
そのまま用いたり、練って線香の形にして、使いやすくしたりと、
様々な工夫を加え、今日に至っています。

  白檀
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  沈香
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  伽羅
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珍しいお香の材料としては、抹香(マッコウ)が挙げられます。

これはまさに、マッコウクジラのフンであり、
めったなことでは手に入らない原料の1つです。

よく、お坊さん抹香臭いなどとも、言われますね。

またお経を唱える際に用いる塗香(ズコウ)、
これは主にお坊さんがお堂に入る前に洒水(シャスイ)で身を清めた後に、
粉になったお香を右手の人差し指と中指につけて、
まず、額と口を清め、手をこすり合わせて、手を清め、
後、身体に塗りつけるような作法を行い、お堂の中に入って行きます。

また珍しいところでは、
時香炉(ジコウロウ)というものがあります。

大きな四角形の形をした香炉の中に、
平らに灰を敷き詰めて、形を押します。

ちょうど四角い迷路のようにつながったもの
(蚊取り線香の四角版というようにイメージしてください)を、
四通りつなげる、1辺は、約6時間かけて燃えるため、
およそ24時間燃え続けるというものです。

その他にも、
茶道にもあい通ずる香道が発達し、
今日にも、その伝統は受け継がれています。

人の飽くなき探究心は、
香りを楽しむということを文化の域にまで、昇華してしまいました。

浅草の観音様や、善光寺等の大寺の前には、
大きな香炉が置かれており、始終線香の香りが立ち込めています。

本来、お寺でお香が焚かれるのは、
その場所を清め、自身の身を清め、
香の香りを佛さまに献上するために、行なわれる行為が、
今は少し御利益信仰に走りすぎるきらいがあるようです。

佛さまに献じた芳香や煙を手で手繰り寄せ、
頭にこすりつけたり、身体につけたりと、
ついついしてしまいがちです。

この香の効用は、
一休さんも、香の十徳という形で、
後世に伝えています。

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香の十徳
  1.感は鬼神に格る(いたる)(鬼も感動する)
  2.心身を清浄にする
 3.よく汚穢(おわい)を除く(汚れを取り除く)
  4.よく睡眠を覚ます
 5.静中に友をつくる
  6.塵裡(じんり)に閑を偸む(ぬすむ)(仕事場でも一息つける)
 7.多くても飽きない
  8.すくなくても足りる
 9.久しく蔵めておいても朽ちない
10.常に用いても障りがない


佛教には、諸々な作法にも意味があり、
滝行や食事作法、トイレに至るまで、
決め事やそのとき唱えなければならないお経が定められているのです。

        ~以下、来週の25日(土)へつづく~

2009年04月25日

~佛教用語:お香の話2~

前回に引き続き、
今回は、お焼香するときの経文についてのお話をいたします。

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焼香偈(ショウコウゲ)

    がんしこうげうん   へんまんじっぽうかい
  1.願此香華雲     遍満十法界

    むへんぶつどちゅう むりょうこうしょうごん
  2.無遍佛土中     無量香荘厳

    ぐそくぼさつどう   じょうじゅにょらいこう
  3.具足菩薩道     成就如来香


これは、お焼香するときに用いる焼香偈(ショウコウゲ)という偈文(ゲモン)です。

お坊さんは、お経を唱える前に、
お香を佛さまにお供えし、その場所を香りで清め、(道場荘厳)
佛さまを供養するための諸々の作法に入ります。

そのときに、この偈文を唱えながら、
お焼香を行ないます。(3回、微音で行なう)

一般的に私たちがこれを知っておいて、役立てる機会があるとすれば、
主に、お葬式や法事などのときでしょう。

また、霊場巡りで訪れたお寺や、
旅の途中で立ち寄った名刹、古刹等の寺、
家の中では、仏壇の中のご先祖さまに、
お灯りや経文、供物をお供えするときなどにも、
お使いいただけると思います。


例1:お寺や霊場巡りで用いる場合


  いっしんちょうらい じっぽうほうかい じょうじゅうさんぼう
  一 心 頂 礼     十 方 法 界    常 住 三 宝     と、3回唱える。


  そのとき、1回目、2回目、3回目と唱えるときに、以下のように念じる。

  1. 一心に佛に深く帰依し、奉る。
  2. 一心に法に深く帰依し、奉る。
  3. 一心に僧に深く帰依し、奉る。


  また、時間のないときは、
  偈文を一度に、微音にて、3回唱え、
  佛・法・僧に深く帰依し、奉ると念じる。


例2:お葬式や法事のときなどに用いる場合


  この頃は、時間の制限もあるため、
  お焼香の時間も短縮され、「1回にしてください」とよく言われます。

  また、お宗旨によっては、
  「1度で充分ですよ」と言われるところもありますので、
  厳密に3回行なわなくても、良いようです。

  まず、焼香台の前に至りましたら、
  合掌し、一礼
  右手でお香を一つまみし、その下に左手を添える。
  そして額の高さにうやうやしく持ち上げた後に、香炉に投ずる。

  1投目
    がんしこうげうん   へんまんじっぽうかい
    願此香華雲     遍満十法界

    お亡くなりになられた故人を慰霊する意味を込めて。

  次いで、2投目

    むへんぶつどちゅう むりょうこうしょうごん
    無遍佛土中     無量香荘厳

    お亡くなりになられた故人のご家族に対して、弔意を表わす。

  3投目

    ぐそくぼさつどう   じょうじゅにょらいこう
    具足菩薩道     成就如来香

    故人がお世話になった方々や地域社会に対してお礼の意味を込めて行なう。


  このお焼香を、1~3投目まで行ないましたら、
  両手を合わせ、合掌し一礼、
  最後に、故人やご家族、ご親戚の方々に一礼して、その場を退きます。


  人の死を悼むこと、
  ましてや、それが身内であり、友人であった場合は、とても辛いことです。

  せめて、私たちができることは、
  お亡くなりになられた方のために、
  安らかにお浄土へ旅立たれることを、心より祈ることぐらいです。

  このように、お焼香は、意味を知って行なえば、
  1投でも良いし、時間が許せば、3投行なっても良いということになります。

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お香には、
その場を荘厳し、身を清めるという意味や、
香りを楽しむという意味、
人の死を悼むという意味まで、
今では広く用いられるようになりました。

人は時々に応じて、
様々な使い分けを行なっています。

どうぞ、皆さまも、お香を焚く折には、
この焼香偈の偈文などを、思い出していただいて、お役立てください。

立ち上る白い煙と、芳香の中に、
今日の1日の幸せを願い、
佛さま、ご先祖さまに、感謝の念を捧げる。

この香に、すべてを託して。

2009年05月02日

~佛教用語:般若湯(お酒)と3つの修行~by koei

4月25日朝、ニュースを見ようとテレビをつけると、
SMAPの草薙くんが、謝罪会見を行なっていた。

相変わらず、ほぼ全チャンネル横並び、
私もお酒はたしなむというより、かなり好きな方である。

度が過ぎることも、度々あり、
二日酔いでというよりは、反省という意味合いで、
頭を抱えることの方が多い。

今回の事件、やはり有名人ということもあり、
報道の加熱もすさまじい。

私が酔っ払って大声を上げ、
周り近所の方に、ご迷惑を掛けても、
これほどのことにはならないし、
お巡りさんからも、「さっさと服を着て家に帰りなさい」と、
お叱りを受ける程度。

もしくは、トラ箱(留置場)に一晩留め置かれ、
お小言を頂戴するのが、関の山。

しかし報道によると、草薙くん、
お巡りさんと少々もめ、
ビニールシートでぐるぐる巻きにされ、
御用となったようだ。

社会人としての自覚に欠け、
周り近所の方に、ご迷惑をかけたことについては、
私も少々どうかなと思うこともあるが、
薬物検査を行なわれ、家の家宅捜査まで行なわれるとは、
怖い世の中になったものだと思う。

草薙くんは、今、言葉を1つひとつ選びながら、
ゆっくりとしゃべっている。

これから彼は、社会的な責任を、負っていかねばならない。

いつ復帰できるかどうかは、わからないが、
きっとプレッシャーに打ち勝ち、
もとの自分を取り戻していってくれることだろう。

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さて、佛教用語の隠語の中に、
般若湯というものがある。

いわずも知れた、お酒のことである。

お坊さんは、得度のときに、
戒を授けられ、お酒は禁止されているが、
なぜこうも堂々とたしなまれているのであろうか。

しかも、お坊さんが、お酒をたしなむことなど、
今や公然の秘密などではなく、
誰でもが知っていること。

まあ仕方がないと、半場呆れられているのが現状だ。

佛教用語で、般若といえば、
真実を見抜き、悟りへ導くための知恵という意味である。

今、佛教の流れの中には、2つの潮流がある。

1つは小乗佛教、1つは大乗佛教。

小乗佛教は、南方佛教とも呼ばれ、
タイ・ミャンマー・ラオス等を中心に栄え、
250の戒律を持つ。

大乗佛教は、北方佛教と呼ばれ、
中国・韓国・日本などに今伝わっており、
48の戒律を持っている。

小乗・大乗のお話は、いずれしたいと思いますので、
ここでは、割愛させていただきます。

いずれにしても、250戒、48教戒の立場をとる小乗佛教・大乗佛教といえども、
修行の妨げとなるお酒は、かたく禁じられています。

「不許葷酒山門」

葷酒(くんしゅ)山門(さんもん)に入(い)るを許(ゆる)さず

お酒だけではなく、
臭いが強く、精力がつくもの。

にんにく、ネギ、ニラ等も、禁止されています。

お経を読み、作務を行なえる程度の体力さえあれば、
修行には十分というのがその考え方です。

私の師も、結構お酒は好きな方でした。
よくお酒を飲みながら、私を含めた小僧たちに、

「いいか、修行には、3つの行がある。

 1つは、世の中の人が、修めるのが業である。
 従って、わざ(業)を修めると書いて、修業という。
 我々僧侶が、修めなくてはならないのが、行いであるがゆえに、修行と書く。

 もう1つは、世の中と僧とがよく交わり、
 広く佛の教えを広めるために、酒の行もまた、必要なのじゃ。ハ・ハ・ハ」と笑われる。

結局、仏典・経典・戒・律、どこをどう探しても、
お酒は禁止と書かれてあっても、
飲んでよしとは、書かれていない。

小乗佛教は、絶対に飲んではいけないが、
大乗佛教なら、少々は許される。

そんなわけはないのである。

般若湯の言い訳は、
古来より取り繕われてはいるが、
なかなか佛教界にとっても、悟りと同じように、遠く、
その解を見出すことはできない。

お酒は、ほどほどに。

そして楽しくたしなむ程度が、
今のところ、一番の解決法なのかもしれない。


注(1)般若湯:はんにゃとう
    お酒は快楽を得るために飲むのではなく、薬と捉え、
    智恵の湧き出ずるお湯という解釈に基づき、
    「般若湯」と呼ばれるようになった。

 (2)五戒:ごかい
    佛教徒が守るべき規則

   1.不殺生戒:ふせっしょうかい
      むやみには、殺してはいけない。

   2.不偸盗戒:ふちゅうとうかい
      盗んではいけない。

   3.不邪淫戒:ふじゃいんかい
      姦通を働いてはいけない。

   4.不妄語戒:ふもうごかい
      ウソをついては、いけない。

   5.不飲酒戒:ふいんしゅかい
      お酒を飲んではいけない。

2009年05月09日

~佛教用語:佛縁「ある法事の出来事1」~by koei

4月18日、よく晴れた清々しい日、
八重桜は今が満開、ソメヨシノとはまた違った艶やかさで、
私たちの目を楽しませてくれている。

今日は泊りがけで、
私の友人の奥さまのお父上の三回忌の法事に、
伊豆高原へと、出掛けている。

私の友人は、平等寺という、少し変わった名字の持ち主である。
実家は代々お寺さんの家系であるそうだ。

彼の父親が、本来お寺を継ぐはずのところ、
次男さんにお寺を譲り、自分は別の仕事に就いたため、
名字は、平等寺という有難いものを持ってはいるが、
まったく佛事には、縁遠く、お経を読むことすらしたことがない。

しかも、今回お弔いをする奥さまのお父上も無宗教、
戒名もつけていないので、普通のお寺さんには相談しにくいという事情もあり、
私に白羽の矢が立ち、一周忌、三回忌と、お弔いを引き受けることになった。

このお亡くなりになったお父上、もとは九州のお生まれで、
山口県の海運関連のお仕事に就かれており、
何よりも海に生き、海を愛した海の男であったそうだ。

そして、ご遺言は、
「私が亡くなった後は、その骨を海にまいてほしい」とのことで、
そのご意志に従い、今でも珍しい海上での散骨が行なわれた。

散骨といっても、海辺で行なうわけにも行かないので、
かなり遠くまで舟を頼み、色々と苦労して行なわれたそうである。

今回は、そこまでのことは出来ないので、
小田原のとある海岸より、海に向けて弔いのお経を上げ、
花をたむけるといった一風変わった法事を執り行った。

よく晴れた海風の、心地よい穏やかな海を眺めながら、
しばし故人の徳を偲び、
その足で、伊豆高原へと向かった。

友人の意向で、そこで1泊し、
宿の部屋にて、友人ご夫妻とそのお母上、私と妻の娃の5人で、
もう一度お経を上げ、無事に三回忌の法要を済ませることができた。

さて、ここから不思議な話が始まることとなる。

その前に、皆さんは、ネーミングライツという言葉を、
耳にしたことがおありだろうか。

例えば、ソフトバンクホークスの本拠地である福岡ドームに、
ヤフーが名前をつけて、今は、「ヤフードーム」と呼ばれている。

このように、企業が名前をつける権利のことを、
ネーミングライツと呼ぶ。

私の妻の娃は、『日響娃:ひびき あい』という名前で、
スピリチュアルメッセージというものに携わっている。

テレビ朝日の番組で、「オーラの泉」というのをやっているが、
三輪明宏さんの相方の江原啓之さんの行なっているようなことだと思っていただければ、
理解しやすいと思う。

妻は、hpも出しており、
そのタイトルを『れいめい拳』という少し変わった名前で、活動を行なっている。
(詳しくは、れいめい拳のhpを参照してください)
   www.reimeiken.com

このほど、九州にある、平成筑豊鉄道という会社が、
この春より社内のシステムを若干変更し、
それに伴って、「行橋:ゆくはし」より「直方:のおがた」に延びている路線の各駅に、
ネーミングライツを募集していることを、報道番組で知り、早速応募してみたところ、
運よく「崎山」という無人駅に名前をつける権利を得ることが出来た。

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本来は、その土地に根ざした企業や商店、学校などが対象となることになっているのだが、
とにかく、一番最初に申し込んだのが、妻であったらしく、
先方も気をよくされ、親切にもこの「崎山」という駅を薦めていただいた。

平成筑豊鉄道も、この不況のご時勢、
少しでも会社が良くなればと、あれやこれやと知恵を絞って、孤軍奮闘している。

そんな報道を見てのことであり、
私たち2人も、何か応援できたらいいねと、申し込んだ次第である。

そのようなわけで、
4月1日付で、この駅の名前には、
『れいめい拳.com崎山』という駅名が誕生した。

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早速、友人らにこのことを話したり、メールをしたところ、
エイプリルフールということもあり、
「またまた~ウソばっかり」という反応が大半であった。

(この話は、4月1日の『心星キラリ』のブログに出ておりますので、
 宜しければ、ご覧ください。 傑作なコメントも入っております。)
   http://www.reimeiken.com/blog/2009/04/com.html


「ま、しょうがないよね」
それに併せて、私の名刺の裏に、
『げんじいの森 ← れいめい拳.com崎山 → 犀川:さいがわ』というのを入れてみた。
ほんの遊び心のつもりである。

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        ~以下、来週の16日(土)へつづく~

2009年05月16日

~佛教用語:佛縁「ある法事の出来事2」~by koei

話を本筋に戻そう。

法事も無事終わり、
故人の海が好きだった話や人となりを偲び、ひと段落したところで、
「このほど名刺を新しくしたので、お渡しします。」ということで、
友人ご夫妻とそのお母上に、名刺を渡し、少し驚かせてやろうという思いもあり、
「表は前のと同じです。是非裏を見てください」と勧めたところ、

裏側を見るなり、友人の奥さまとお母上が、
「崎山、懐かしいわね~。ここの景色はキレイでね。」といきなり話を始める。

「この路線は、行橋から直方に出ているのよ。
この崎山には、お母さんのいとこが嫁いでね。」

何のことかわからず、「あれ、何で知っているの?」と尋ねると、

「だって、今日拝んでいただいた父は、崎山の隣の犀川(さいがわ)の生まれよ。
 私は行橋で生まれて、母もその近くの出身。
 親戚は、今もそこで暮らしているし、知っているってもんじゃないわよ。
 ところで、koeiさんこそ、何でこの駅にわざわざ名前をつけたの?
 行ったこと、あるの?」と奥さま。

「いいえ、まったくありませんし、崎山という駅も先方の方に薦められただけで、
 私たちは、どの駅でも良かったのです。
 (ここで先のネーミングライツのお話をご披露した。)
 ところで、平等寺さんは、お父さんがここの出身って、ご存知でしたか?」

「いいや、僕も始めて知りました。 でもそう言えば、何か言っていたような…」

全員で顔を見合わせて、
「うそ、こんな偶然あるの?狐につままれるとは、このこと。
 本当にお父さんが導いてくれたのかね~」
お母上は、しみじみと言う。

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本当に驚くばかり、
別々であった、法事と駅名という、
絶対に結びつかないように見えたものが、
何かの力に引き寄せられるように、結びついていく。

えにしの不思議さ。
これを不思議と捉えてはいけないのかも、しれない。

佛は私たちに、これでもか、これでもかと、
人の縁の大切さを、身をもってわからせてくれる。

私たちはつい、
生きているということは、
自分自身が頑張っているから、
その努力によって今の仕事につき、
地位を得、社会的な信用を獲得していると思い込んでいる。

そして、それも事実であろう。
しかしながら、見えざる力に導かれ、
人は人を助け、そして助けられている。

そのことを佛さまは、色々な出来事やご縁を通して、
私たちに語りかけてくれている。

「あなたは、1人ではないよ、
いつも佛が見守っているのだからね。」と。

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法事の後、話は私たちの知らない筑豊の町の様子や、
そこに住む人々の暮らしぶり、
気質や風土といったものにまでおよび、
私の知らない駅の周りの様子を、
そこにいるが如く、教えてくれた。

お父上を供養したつもりが、
逆に佛さまの導くえにしの深遠さを気付かされ、
互いが遠く離れているように見えても、
『えにし』という切っても切れないものによって、
人はしっかりとつながっている。

「もうそろそろ気付きなさいよ」と
教えていただいているような気がする。

故人のご家族にとっても、
そして、私たちにとっても、
本当に思い出に残るいい法事が出来た。

見えざる力に合掌し、
佛縁に、ただただ感謝する。

生かし、生かされ、気付かされ、
佛縁の深きに感嘆し、
今日も気付けば手を合わせ、
「南無」と佛の名を唱える。
意味は知らずとも。

※ここで登場していただいた友人と法事に関しては、
 ニュアンスを少し変えて、お話させていただきました。

2009年05月23日

~佛教用語:坐禅1(自己観察のススメ)by koei~

今、静かに禅のブームが起きている。
禅を組むというと、お寺に赴き、和尚さんの説教を聞きながら、
しばしの間、浮世を忘れ、修行に勤しむ。

そんな風景が、目に浮かぶ。

実際いいなとは思いつつも、
どことなく、敷居が高く、
一般的ではない様に捉えてしまう。

しかし今や禅は、
禅寺の枠を飛び越えて、
カルチャーとして受け入れらようとしている。

ヨーガ・瞑想・気功・太極拳・アロマテラピー、ピラティス、
エステ、マッサージ、癒し、リラクゼーションといったものと、
遜色のないぐらい、私たちの生活の中にとけ込んできている。

かく言う私(koei)も、
月1回、中目黒において、(第三金曜日の夜7時~8時30分)
坐禅の会を催している。

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今月の30日、東銀座の築地社会教育会館にて、
坐禅の体験イベントを行なう。

 ・主催・・・PAC
 ・後援・・・報知新聞(スポーツ報知)
 ・講師・・・三代公映

私の属している宗旨は、天台宗であり、
本山は、比叡山延暦寺、
天台では、禅のことを「止観:しかん」と呼んでいる。

これは、中国天台より、比叡山を開かれた最澄さんが、
入唐の際に、伝えられたものである。

この止観の話は、来週に述べることにする。

私は現在、
気功や、太極拳といったものと、
少々の佛事を、広める仕事に携わっている。

気功の教室にて、
「先生、禅はやったことありますか」という質問を受けた。

「はい、私の宗旨では、
 禅も、密教も、念仏も、法華経も、すべての修行を行ないますので、
 禅も学んでおりますし、修行時代の京都のお寺では、
 日曜日の朝6時に、毎週行なっておりました。」

「そうですか、私も前々から、
 坐禅には、興味があったのですが、
 お寺さんは、ちょっと敷居が高くて、
 どこか学べる所がないかと捜していたのです。」

「ほおー、坐禅ですか。
 禅も、調身、調息、調心。
 気功も、調身、調息、調心を基礎としています。
 では、坐禅の体験会を、1度催してみましょう。」

ということになり、
昨年の8月より、中目黒にて始めてみたところ、好評を得、
『中目黒(禅)止観クラブ』という名称で、今日に至っている。

そこに来ていらっしゃる方の中に、
メディア関係の方がおられ、
今回、スポーツ報知後援、講師が私(koei)ということで、
東銀座での初心者向け坐禅体験イベントを、
させていただくこととなった。

生徒さんの発した「一度坐禅をやってみたい」という言葉が、
またこのような広がりになるとは、想像もつかなかったが、
それだけ、潜在的に坐禅に興味がある人たちがいるのだということにも驚いた。

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さて、坐禅というが、
正式には、禅定:ぜんじょう(ディヤーナ:dhyaana)という。

 「禅」…サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのまま漢字に当てはめること)

 「定」…その意訳(意味を解釈して漢字に当てはめること)
      心を一点に「定めること」、心を「静めること」。
      「定まった状態・静まった状態」という意味。

音写である「禅」と、
意訳である「定」をそれぞれ組み合わせてできたものが、この「禅定」という言葉である。

心を安定統一させ、心静かな内観を、
坐禅によって心身が深く統一された状態を導いていく禅定。

私たちは、さらにこの言葉を略して、禅とのみ呼ぶ。


        ~以下、来週の30日(土)へつづく~

2009年05月30日

~佛教用語:坐禅2(自己観察のススメ)by koei~

さて、先週、私の属している天台では、
坐禅のことを、止観と呼ぶということを述べた。

そこで少し、この止観のお話をすることにしよう。
(これから先は、
 私のブログ 気功教室『真帆片帆』に載せたものを一部転載いたします。)
 http://www.reimeiken.com/kikou/cat17/

禅の思想の発展は、
達磨禅(禅宗)と天台の止観とが二大潮流であり、
本質は変わらないが、その表現方法には、各々特長がある。

禅宗においては、不立文字、教外別伝を標榜している。
(禅の思想においての理論的な説明は行なわない。)

達磨大師は、六世紀の初頭、
インドから中国に渡り、禅を伝えられた。

天台の始祖天台大師(538~597)は、その後の生まれだが、
達磨禅とは、一線を画くし、摩訶止観十巻を中心とした禅書を著し、
仏教のあらゆる禅行法を座禅の行に統一された。

日本天台は、伝教大師最澄(766~822)によって創始され、
その教学を中国天台より伝承した。

そもそも止観とは、
 止(念を法界につなげること)
 観(念を法界と1つにすること)と定義されている。
少しラフにいうと、「心を留めて真理を観察すること」という意味。

そして、止観の実践として、禅定を組む。

禅定(ぜんじょう)とは、
サンスクリット語のディヤーナの音写(音をそのままの漢字に当てはめる)と
その意訳(意味を解釈し、意味にあった漢字を当てはめる)の定を合成してできた言葉である。

つまり智慧と真理に至るための教義を止観法門といい、
その実践を坐禅という。

止観と坐禅は、表裏一体であり、
優れた止観の実践方法を坐禅と位置づけている。

さて、比叡山を開かれた最澄さんは、
この止観という概念を教義の中心におき、
最初の堂を建てられた折には、
一垂止観院(いちじょうしかんいん)と名付けられた。

そしてまず始めに、その教義を止観業と遮那業の2つに大別し、
止観業:しかんごう(法華経を中心とした学科)、
遮那業:しゃなごう(大日経を中心とした密教学科)とされていた。

密教には、独特の修行法がある。 (ここでは、割愛いたします)

止観業では、
法華経を理解するにせよ、
他の天台教学を学ぶにせよ、
この止観を用いて学ぶべきであると考えられたのだ。

前置きは、随分と長くなったが、
比叡山における修行の中心に、この止観という考え方が重要視されていたのだ。

そこで中目黒において、坐禅の会に、止観クラブと名づけたのである。

少々話は硬くなったが、一般の方には、
「自分の内から沸き起こってくる苦しみや悲しみ、辛さの原因を、
心を静めて、観る。観察することですよ。」と申し上げている。


        ~以下、来週の6月6日(土)へつづく~

2009年06月06日

~佛教用語:坐禅3(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまも、私たち凡人も、苦の原因はまったく同じ。

苦の種類:四苦八苦

四苦  (1)生苦:しょうく…生まれる苦しみ
     (2)老苦:ろうく・・・・老いる苦しみ
     (3)病苦:びょうく…病の苦しみ
     (4)死苦:しく………死の苦しみ

八苦  (5)愛別離苦:あいべつりく…愛するものと別れる苦しみ
     (6)怨憎会苦:おんぞうえく…嫌な人とも会わなければならない苦しみ
     (7)求不得苦:ぐふとっく……求めても得られない苦しみ
     (8)五蘊盛苦:ごうんじょうく…生きていること自体が苦しみ

※注:煩悩に3つ 貪欲(むさぼり)・頬憲(いかり)・愚痴(おろかさ)
    涅槃:ねはん(ニルバーナ)…煩悩の消え去った状態・悟りの境地

お釈迦さまも、苦の原因を探るために、
菩提樹の下で、同じように足を組み、
一生懸命に苦の原因と向き合われ、その解決法を見出された。

その教えが、仏教として、今日に至っているものだ。

さて、お釈迦さまは、何を見出されたのだろう。

それは、四諦八正道という考え方の中に、集約されている。

四諦八正道:したいはっしょうどう

  四諦  ・苦諦:くたい
          人は生まれながらにして、4つの苦、生老病死を背負っている。
          この苦は必然であり、誰も逃れることはできない。

       ・集諦:じったい
          苦には煩悩という原因がある。

       ・滅諦:めったい
          煩悩が滅して、苦のなくなった状態。悟りの境地。

       ・道諦:どうたい
          苦を滅して、悟りの境地に至る道が、八正道である。

  八正道 ・正見:しょうけん…正しい見方

        ・正思:しょうし……正しい思考

        ・正語:しょうご……正しい言葉遣い

        ・正業:しょうごう…正しい行為

        ・正命:しょうみょう…正しい生活

        ・正精進:しょうしょうじん…正しい努力

        ・正念:しょうねん……正しい記憶

        ・正定:しょうじょう…正しい精神統一


お釈迦さまの生きた時代、
もちろん現在のインドもそうだが、
カーストという厳しい身分制度があり、
人の下にも人がおり、それが当然とされた時代であった。

そのカーストは、
現代においても完全になくなったとはいえない。

現在のインドでは、
ヒンドゥー教が、大多数を占めているが、
イスラム教・仏教もその痕跡をとどめている。

今、そのインド仏教が、身分制度撤廃という見地から見直され、
人々の関心を少しずつ広げている。

私の学生時代の先輩も、まさにその渦中にいる。
(インド生まれの方で、中・高・大学を日本で過ごす。)

またの機会に、インドの仏教事情について、
お話をさせていただくとする。

さて、日本仏教会が、
インド仏教会と交流を深めようと、
お坊さん数人を布教目的で、インドに派遣している。

その時のエピソードをご紹介したい。

我々、修行僧は、修行の為に、
仏事以外の作務ということも大事な修行であると捉えているため、
掃除・洗濯・調理など一通りのことは、何でもできるように師より鍛えられている。

しかしながら、インドにおいて、
民衆の前でほうきを持って掃除しているところを、見られると、
お坊さんの説教は、見向きもされなくなる。

ほうきを持って掃除するというカーストがあり、
お坊さんが、掃除をしてしまうと、
そのカーストの人間という風に、見られてしまうため、
掃除をすることなど許されないのだ。

こんな調子だから、
トイレ掃除などしているところを見られようなものなら、
お坊さんは、もう終わりだ。

誰も話を聞いてくれることは、ないだろう。

従って、説教をする以外のことは、何も出来ず、
ただニコニコしているほかないということなのだ。

また、カーストの凄まじさは、
私たちの度肝をぬくことがある。

あるとき、言葉は悪いが、乞食の方の子供たちに、
手のない子や、目の見えない子供たちが、たくさんおり、
不思議に思った僧が、
「これは遺伝的なものがあるのか、
 それとも、病気にかかっても医者にいけない為に、
 身体に損傷をきたしたのか」と、尋ねたところ、

通訳の方が、
「いいえ、あれはわざと親がやっているんですよ」

「何てことだ!警察は何をやっているんだ」と、
憤慨したところ、通訳の方いわく、

「いいえ、違うのです。
 あれは親の深い愛情から、
 手や足を切り取り、目をつぶしているのです。」

「そんな馬鹿な!」

「カースト制度では、乞食の子は大人になっても乞食。
 普通の身体をしていては、人から物を恵んではもらえないのです。
 生きていくために、ああして子供を傷つけているのです。」

あまりの凄まじいその現状に、言葉を失ったと言う。

この話は、昭和も終わりに近づいた頃、
私が修行時代、インド帰りの僧より聞いた話だ。

その僧は、
「カーストの前で、我々僧侶は、あまりに無力。
 絶望的な思いで、逃げるように日本に帰ってきた」とのことだった。

※注 この文章の中で、乞食という言葉を使っています。
    差別的な言葉であることは承知しております。
    カースト制度というものをありのままの姿として伝えるため、
    敢えて使わせていただきました。
    もちろん、そのような方々を見下して使用しているわけではありません。
    そのことをお断りいたしておきます。


        ~以下、来週の13日(土)へつづく~

2009年06月13日

~佛教用語:坐禅4(自己観察のススメ)by koei~

お釈迦さまの時代、カースト制度はもっと厳しく、
その中で、お釈迦さまは、人の絶対的平等を説かれた。

お釈迦さまの教団の中には、身分の低いカーストの方々もおられ、
その高弟の中にも、何人かこのようなカーストの方を登用されている。

私たちが日々の暮らしの中で、迷い・苦しむことといっても、
時代が違うとはいえ、ここまでのことはないが、
お釈迦さまの提唱された仏教が、
このような背景の中から生まれてきたことを知るだけでも、価値のあること。

しかし、いくら教を読み、仏教を修行しても、
心の中に残る虚脱感・虚しさ、そういったものは、未だ解決されてはいない。

おそらく、この後の人々にとっても、
その悩みは同じこと。

人によって、悩みも苦しみも、
その度合いはすべて違う。

その救いもまた然り。

己を救い、その苦しみから解き放つことの出来る存在は、
己でしかない。

仏教を学び、
禅を組んでも、
その中にある本質を見出していくのは、
教えを説く人でも、仏様でもない。

あなた自身なのだ。

静かに、足を組み、
己が呼吸にすべてを託し、
雑念と足のしびれと戦い、
ひと時、自身と向き合ってみる。

世の苦しみ・苛立ち・虚脱感・虚しさ、
このようなひきこもごものことを、
足を組み、瞑想をしても、
何も、誰も、解決してはくれない。

誰もが、何もしてくれないが故に、
叫びとは言わない叫び、嗚咽を正直に表わし、
苦しい・寂しい・悲しい・何をしていいか分からないと、
その姿をさらけ出してみるのも、禅のあり方である。

その在り様に、正しきものはない。

ただ、そのような己の姿に、
禅を通して接してみたとき、
己を正しく見定めて欲しい。

禅は、正しきものにあらず。
己が真実を映すのみ。

禅は、私たちの悩みをすべて解決してくれるわけではありませんが、
深く己を見つめようとする手助けには、なります。

そこに禅の意義と価値があるのです。

その価値に気がついたいにしえの賢人たちが、
長く守り伝え、手を加え、禅は体系化され、
今日のスタイルになったのです。

今や禅は、お寺に行かなくても、
坐禅のサークルやカルチャーセンターなどでも、
手軽に体験できるようになってきました。

一度機会がありましたら、是非ご体験ください。

皆さん、苦しくったって、いいじゃありませんか。

佛は、しっかりと見ていますよ。

そんな素直なあなたが、佛は好きなんです。


5月30日(土)に、報知新聞後援で、
坐禅体験イベントが、東銀座にて、開催され、
盛況のうちに終えることができました。

来週の18日(木)のスポーツ報知に、
記事が掲載されます。

もしご興味がございましたら、
ご覧くださいませ。

来週の20日(土)は、坐禅体験イベントの報告記事等を
お届けしたいと思います。

2009年06月20日

~佛教用語:坐禅のススメ~

5月30日に、東銀座で、坐禅の体験イベントを行ないました。
今回は、そのときの写真と体験記事をご覧頂きたいと思います。

尚、このときの模様は、
6月18日(木)のスポーツ報知に掲載されております。




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今、坐禅が静かなブームを呼んでいる。

ヨガ・気功・太極拳・ピラティス等、
様々な癒しやリラクゼーションといったものが、流行ってきたが、
今、禅が老若男女を問わず、カルチャーの一部として受け入れられている。

アロマテラピーやエステマッサージといったものが、
都会に住む我々に癒しと安らぎを与えてくれるが、
今やその中に忽然と禅の空間が出現している。

間接光に照らし出された薄明かりの中、浮かび上がる畳と障子、
かすかに香る線香の匂い、水の流れる音、
純日本風の庭園にも似た和の佇まいの中で、静かに足を組む人々。

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何と言うことはないビルの一室の中に、
坐禅を求めて、仕事帰りの会社員が、足を運んでいる。
このような光景は、朝出勤前にも見受けることが出来る。

書店に行けば、禅に関するコーナーが設けられているぐらい、
今、禅は静かに人々に受け入れられている。

坐禅と言えば、
都会を少し離れた静かな山の中に佇むお寺の中で、
精神を鍛えることを目的とした人が、真剣に己と向き合う…、
そんな風景が目に浮かぶ。

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しかしながら、一般の方が、足を運ぶには、敷居が高く、
またどこに行けば体験することが出来るのか分からない。

  ・初心者は受け入れてくれるのか。
  ・一体何時間坐らされるのだろう。
  ・少し動くと、お坊さんに木の棒のようなもの(警策:きょうさく・禅杖)で、
   バシっと打ち据えられるし、お坊さんも怖そう。
  ・動いてはいけない。
  ・足がしびれる。
  ・怒られる。
  ・心を鍛えるにはいいのだが、取っ付きにくい。

私たちが、坐禅というと頭に浮かぶイメージではないだろうか。

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禅は、鎌倉時代に、道元禅師や栄西禅師という二大巨頭によって、
武士階級の間に広まっていき、時代もその精神性を受け入れ、今日に至っている。

禅とは、正式には禅定(ぜんじょう)と言い、
サンスクリット語のディヤーナ(禅)の音写と、
その意訳としての(定:心を一点に定めること・静めること)
この2つを組み合わせてできたものが、「禅定」という言葉である。

静かに坐し、心を安定させ、統一された状態へと導いていく。
あわただしく日常を送らなければならない現代人にとって、
時間を確保することは、並大抵のことではない。

そんな忙しい現代人向けに、今回の坐禅体験イベントは、企画された。

深山幽谷の地で、静かに禅を楽しむということはできないが、
いにしえより伝えられた禅の作法に則り、お経を唱え、
数息観(すうそくかん)という伝統的な観法を用い、一心に呼吸を行なう。

数息観…1で吸って、1で吐く。これを1~100まで繰り返す。
      およそ7分50秒~8分、これを3回繰り返す。
      時間が来るごとに、維那(イナ:禅の進行を取り仕切る導師)より音が入れられる。

3回目が終わると、維那が背中を軽くトントンと叩いてくれる。
(今回は、警策を使わずに、手でその代わりとなす)

動いてはいけないというプレッシャーから、やっと開放されホッと一息つく。
その後、全員で般若心経をお唱えし、今回の坐禅体験イベントは終了。

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すっきりと気持ちよく坐禅を組めた方もいらしただろうが、
大半の方は、足のしびれと、動いてはいけないという重圧との戦いの中で、
心を落ち着けることなど出来なかったのではなかろうか。

それでも、今回禅に触れ合った方々には、
自分なりの何かをしっかりと感じ取っていただけたと思う。

お釈迦さまの時代から、今日に至るまで、人の悩みは尽きることはない。
その解決法も、昔と何ら変わることもない。

人は心を落ち着けるために、静かに足を組み、
心の一点に意識を集中し、心を悩ませている原因を探る内観の法を発達させてきた。

その1つの形態が「禅」であるならば、
その中には、昔の賢人の智慧がたくさん詰まっている。

時間は掛かっても、いい。
すぐに解決に至らなくても、良いではないか。

ゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。それでいいんだよ。
これが昔の人たちの悩みの解決法。

今日は、「禅」を体験した方の意識の中に、
少しでも「禅っていいもんだなあ」と思ってくれる方がいらしたら、
この体験イベントもお役に立てたのではないかと思います。

ありがとうございました。

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2009年06月27日

~佛教用語:阿修羅像(心の映し鏡)~

東京に阿修羅像がやってきたのは、57年ぶりのことである。
3月31日(火)より、6月7日(日)までの61日間に、
延べ人数にして(94万6172人)の方が、上野東京博物館を訪れた。

阿修羅とは、サンスクリット語では、
「a」が不定の接頭語となり、
「sura」が天を表すため、非天と訳され、
帝釈天との戦いを通じて、悪神として扱われるようになったため、
修羅界という人間界より一段低い地位が与えられた。

阿修羅王は、お釈迦さまを守る天龍八部宗の1人に数えられている。

仏教では、たくさんの土着の神々を受け入れ、仏教化していった。
阿修羅王もその1人。

阿修羅王は、帝釈天との戦いに敗れた後、
お釈迦さまの教えを聞き入れ、教化されたため、
今は、釈尊を守る守護神となっている。

天龍八部衆とは、

・天(てん)
  サンスクリット語で「ディーヴァ」と訳し、意味は輝くもの、
  天上界を護るすべての神々を指している。

・龍(りゅう)
  「ナーガ」といい、意味はキングコブラを神格化したもの。
  八大龍王の総称でもある。

・夜叉(やしゃ)
  「ヤクシャ」、「羅刹:ラセツ」とも言う。
  森に住んで、人々に危害を加える鬼神を指す。十二神将などが有名。

・乾闥婆(けんだつば)
  「ガンダルヴァ」といい、帝釈天に歌舞音曲を持って仕える。

・阿修羅(あしゅら)
  「アスラ」といい、天部にあらざる者、非天と訳され、
  度重なる帝釈天との戦いに敗れ、後にお釈迦さまに帰依し、仏法守護神となる。

・迦楼羅(かるら)
  「ガルーダ」といい、悪龍を食べる鳥を神格化したもの。

・緊那羅(きんなら)
  「キンナラ」といい、美しい鳴き声の鳥を神格化したもの。
  歌舞で、毘沙門天に仕える。

・摩睺羅迦(まこらが)
  「マホーラガ」といい、地を這う大蛇を神格化したもの。
  音楽の神とされ、踊る姿や横笛を吹く姿で、現される。

以上、天龍八部衆は、「法華経」の「比喩品:ひゆほん」や「観音経」の中に登場する。
(天台ブックレットNO.53 「ほとけさまのサイン」浦井正明氏 参照)


東京国立博物館(平成館)では、
1日1万人以上の方が、阿修羅像の見学に訪れていた。

来月7月14日(火)~9月27日(日)まで、
福岡県の九州国立博物館にて、阿修羅像展が開催される。

人々を引き付けて止まないその魅力とは、一体どのようなものなのだろう。

普通、仏像というと、仏頂面と呼ばれるように、顔の表情に喜怒哀楽がなく、
あまり良い表現では用いられないが、
感情を抑えて、作られているゆえに、仏さまを拝む人々の心を映す。

ある人にとっては、微笑んでいるようにも、笑っているようにも見えるし、
また、ある人にとっては、恐ろしくもあり、怒っているようにも感じる。

興福寺の阿修羅像は、三面六臂のお姿をされている。

聖武天皇の后、光明皇后(生母:橘三千代(たちばなみちよ)の一周忌の供養のため)によって、
734年に制作された。

麻布を漆で何層にも塗り重ねられた『脱活乾漆造:だっかつかんしつぞう』という技法が
用いられている。

これは、鋳造や木像とは違う古い技法である。

その当時、漆というとても高価なものを用いて作られていたため、普及せず、
その技法は、今伝承されていない。

興福寺も幾度ともなく、戦乱大火に見舞われているが、
この漆塗りの技法のおかげで、153センチながら、15キロと軽く、
持ち出しやすかったため、その大火を何度も逃れおおせた。

さて、この阿修羅像、見れば見るほど、
不思議なお顔をされている。

少年のようにも、少女のようにも見える。
明らかに、大人とは違う、その体系。
幼児期から、青年期にかけてのシャープな体つき。
正面のお顔は、何かを見通すような遠い目をしておられる。

今回の展示では、360度の方角から、
お姿を拝見することができる。

向かって左側のお顔は、唇をかみ締め、少年特有の反抗期のようにも見え、
右側のお顔は、眉間にしわを寄せて、青年期の内なる苦悩を表現しているようにも見える。

魅入る人々の心の中そのものが、
阿修羅像の顔を千変万化させるのであろう。

今から1300年もの昔、
天平の頃、大らかな都の様子が、万葉集にたくさん収められているが、
その反面、世の中は、飢きんや地震という天変地異に見舞われ、
政情も長屋王の変などもあり、戦火の絶えない時代であった。

そんな時代背景とあいまって、
この世のものとは思われぬ美しき阿修羅像は、生み出された。

光明皇后の深き祈りと、
苦悩が、この阿修羅像には、込められているのであろうか。

時を越えて、今の時代、世界大戦というべき戦争は、起こらないかもしれないが、
イラクやアフガニスタンでは、未だに戦いは終わっていない。

ソマリア沖では、時代の遺物と思われていた海賊が、未だに跋扈している。

地球温暖化の現象は、
各地で異常現象を引き起こし、
大洪水や干ばつを、我々人類にもたらし、
世界的には、今、新型インフルエンザという、厄災が、大問題になっている。

日本でも、初めは関西を中心に、
今は、全国で、インフルエンザの災いが、広がりを見せている。

苦悩する阿修羅像が、物語っているのは、
まさに、この世そのもの。

今、阿修羅像が、現代人に熱狂的に受け入れられているのは、
その優美な美しさとあいまって、
何かにすがりつかずにはおられない、私たちの心そのものに、あるのだろう。

阿修羅像の2本の天に突き上げられた腕が、
中段に下がり、正面で合掌となる。

我々の内なる修羅も、
エゴでは、争いはなくならないことを悟ることができたとき、
やがて治まっていくのであろうか。

皆さんには、阿修羅の顔はどのように見えますか。

怒っている?
微笑んでいる?
泣いている?
苦悩している…?

それは、皆さんの心そのものなのです。

光明皇后の平穏への祈りは、
時代を超えて、未だに続いている。

2009年07月04日

~佛教用語:慈愛1(あの暑い1日を忘れない) by koei~

何気ない日常、
いつものように地下鉄に乗り、つり革につかまる。

いつものクセで、
車内の中吊り広告に目をやる。

週刊文春の中吊り広告にふと目が留まる。

何気なく追いかけていくと、
御巣鷹山墜落 坂本九遺族が涙する「24年目のメッセージ」という
タイトルが目に留まった。

あの日は、暑かったなあ、
あの日のむせ返るような暑さがよみがえる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは、夏の暑い1日だった。
学生の頃、大阪の四天王寺に、
春と秋のお彼岸と、夏のお盆の頃、
学費を稼ぐためにバイトに出かけていた。

私の担当は、四天王寺内にある北鐘堂での回向、
5~6人のお坊さんが、
1日中交代で朝から晩まで、お経を上げ、
薄い杉の板(塔婆)に書かれた戒名の束を、
一心不乱に、読み上げる。

四天王寺は大阪の仏壇と呼ばれるぐらい大きく、
お彼岸、お盆、弘法大師の縁日である毎月21日などは、
どこからか人が湧いてくるのかというぐらい、人々でごった返している。

その人々が、手に経木を持ち、
金堂、亀井堂、北鐘、南鐘、等々の全伽藍で、
回向が一斉に行なわれる。

一週間もぶっ続けでお経を上げ続けると、
さすがにお坊さん方も、声がかれてくる。

信者さんとお寺、お坊さん、
立ち上る線香の煙と、
境内に生えている木という木に、鈴なりになったクマゼミの声、
それらが渾然一体となって、
それはもう賑やかな喧騒に満ち溢れた空間が、そこにはある。

さて、夏の暑い暑い、あの日のことは、
今でも覚えている。

日航ジャンボ機が、行方不明になったというニュースが、
ラジオから流れてきた。

所在は、今もって不明。

皆で無事なら良いのだがと、心配していたところ、
数時間置きに、未だ不明、所在はつかめないまま、
私もお経を上げながら、吹き出る汗とむせ返るような線香のにおいの中で、
無事に見つかることを祈るばかり。

夕方のニュースであろうか。
どうやら、日航機は、墜落した模様、
人命については、未だにつかめず、
しかし、皆が心配している最悪の事態になってしまった。

翌朝のニュースで、
生存者4人が見つかったというのが、
何よりの救いであった。

その事件のことは、
今でも、あの暑さと共に、
今でも鮮明によみがえってくる。
人の命の儚さと、
そこに乗り合わせた人々の、
なぜその機に偶然にも乗ってしまったのだろう
これは運としか言いようのないことなのか。

仏教では、正しく諦めるということも学んでいくが、
若い見習い僧としては、
やはりショックは大きい。

今でこそ、バカの壁の作家:「養老孟司:ようろう たけし」ではないが、
人が生まれれば死ぬのは、必定、
致死率100%との存在として人は生を受ける。

人は年を重ねながら、
色々なことを学び、
死というものに、一歩一歩近づき、
それを受け入れる準備をしていく。

それが、突然520人という方々の命が消えてしまう。

戦争を体験していない現代人として、
その衝撃は計り知れない。

私も少々年を重ねるうちに、
湾岸戦争や阪神大震災、
オウム事件、
日比谷線脱線事故等を、新聞やテレビを通じて目にし、
その後遺族の方の話などが紹介され、
少しずつ人々が、悲しみを背負いながらも立ち上っていく過程を、
見聞きすることによって、受け入れてこれたが、
日航の事故だけは、
若い理想に燃える修行時代ということもあり、
ほろ苦く、心の中に突き刺さったままの1本のトゲのようなものであった。


        ~以下、来週の7月11日(土)へつづく~

2009年07月11日

~佛教用語:慈愛2(あの暑い1日を忘れない) by koei~

あれから何年経ったのだろう。

電車のつり革につかまりながら、
漠然と広告に目をやっていた折、
目に飛び込んできた、週刊文春の広告。

御巣鷹山墜落、坂本九、遺族が涙する「24年目のメッセージ」

「ああ、あれから24年も経つのか。
 あの日は本当に暑かったなあ。
 読んでみるかなあ。」

早速購入し、まず真っ先にそこから読んでみた。

ここからは、文春の記事を参照させていただく。



昭和60年8月12日 JAL123便が群馬県御巣鷹山に墜落
520名の尊い命が失われた。
その中に、坂本九さんがおられた。

私の年代では、実際に九さんの歌っている「上を向いて歩こう」や、
「見上げてごらん」をテレビやラジオで聞いていた。

透明で、ハスキーなあの歌声、
聞くものの心に染み通る、懐かしい昭和を代表する名曲である。

さて、九さんのご遺族である柏木由紀子さん、
小学6年生と3年生になる娘さんを連れて現場に向かい、旅館にて待機。
ご遺体が発見されたのは、それから1週間後のことであった。

3人がその後、事故の話を出来るようになったのは、
娘さんたちが、20歳を過ぎてから、
ようやくその話が出来るようになったという。

人が死を受け入れること、
それが、突然いなくなってしまったのだ。
愛する人の場合は尚更のこと、
時が癒してくれるのを待つしか、方法はないのだろうか。

さて、3人でパリに旅行したとき、ムーランルージュに入ると、
3人を日本人と感じた楽団の方が、「上を向いて歩こう」を演奏し始めた。

親子3人は、「アッ」と顔を見合わせた。

ヨーロッパに行った際も、レストランに入ると、
バイオリン弾きが、偶然「上を向いて歩こう」を弾いてくれる。

九さんは、もうこの世にいない。
しかし世界中で、九さんの歌は、演奏されている。
そして彼女の元に、
数年前から中学生より相次いで手紙が届くようになった。

「『心の瞳』を歌いました」という内容。
九さんは、事故の3ヶ月前に、
最後のシングル『懐かしき Love-song』を発表された。
そのB面に収められている曲が、
愛とは何かをテーマにした『心の瞳』であった。

テレビで歌われたことがないので、
私も初めてそのような曲が存在していることを知った。

この曲は、全国の中高生が、今、合唱曲として歌っているそうである。
一度聞いてみたいものだ。

学校の「道徳」の時間に、坂本九さんのことも、教えられていると聞く。

『上を向いて歩こう』がヒットしている頃、
北海道で、小児麻痺が急増したことを知った九さんは、
長年北海道でチャリティー番組の司会を続けておられたことや、
とても家族思いだったこと、
九さんの活動が、学校の授業で教えられていること、
『心の瞳』という曲が、全国の合唱団で歌われていること、
当の柏木さんご自身が、まったく知らずに、
色々な方からの手紙でお知りになった。

柏木さんが、ある学校に呼ばれたとき、
『心の瞳』の合唱の指揮をした男の子が、演奏後に、
「あの事故のことを知り、僕は飛行機の整備士になろうと思いました」
この言葉を聞いたとき、事故の後に生まれた子供たちのそんな言葉に、
自然と涙が溢れ出てきた。



そんな柏木さんの体験談が、文春に掲載されていました。
(この体験談の多くは、週刊文春よりの記事を掲載させていただいております)

私も文春に載せられてあった九さんと柏木さんご一家の記事を読んだとき、
胸がとても熱くなりました。

人の死は、悲しいものですが、
墜落機に乗っておられた方々のお1人おひとりにも、
たぶんこのような物語があるのでしょう。

死して後にも、
人々に感動を与え続けてくださる。

お亡くなりになった方々の物語は、これからも続いていきます。

あの夏の暑い日より、
この胸に突き刺さったままになっていた私のトゲも、
柏木さんや九さんの生き方に感動を覚えた今、
やっと抜け落ちてくれたようです。

人の生きることの素晴らしさと共に、
その方々が生きた証が、今でもこの世に感動を与え続けていてくれる。

そんな「慈愛に満ちた物語」に接することが出来たことに、感謝すると共に、
御巣鷹山にて、散って逝かれた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

注:慈愛…苦しみや悲しみを取り除く見返りを求めない仏の深い思いやりや慈しむ心を指す

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